◇137
───力を貸そうか?
知らない声が私に絡み付く。
暗くて怖くて、痛くて、怖い。翅も出せなくて、歩けなくて、静かな場所にただ落ちる様で。
───きっと貴女には私が必要。
また声が。でもさっきとは違う、この声は....
───私の事も必要でしょ?ほら、早く。
違う方向から同じ声が。
どこ?誰なの?
───私は貴女で、
───私も貴女。
───私は違う。お前達じゃない。
『ほら、早くあの子を殺そう』
声が重なって、私を揺らす。
私の声と私の声と、私のではない声。
あの子は誰?わからないけど
「貴女は誰?私と私と貴女は誰?早く速くハヤク。ほらほらほらホラ早く速く」
「....ッ」
光....?誰かが外にいる。誰?私はどこにいるの?助けて、ここから出して。
「....助けて」
「!?───うん、今ボクが助けてあげるからね」
◆
助けて。ひぃちゃんはそう言った。どこにいるのかわからない。でも、ひぃちゃんはどこかにいる。きっと。
どうすれば助けてあげられるのか.....ボクにはわからない。でも、きっと助ける方法はある。
ボクの力が暴れた時の事をエミちゃんに聞いた。あの時はボクの尻尾を斬ったって....なら今回はひぃちゃんの翅を。あの翅を上手く破壊する。
ごめんね、ひぃちゃん。ボク....この力をまだ使いきれてないんだ。だから手加減出来ないかも。
「我慢してね」
◆
薄く金色が混じる銀髪の魅狐プンプンは九本の尻尾で地面を叩き、奇妙な瞳を廻す半妖精へ突進する。周囲に浮遊する微粒子を雷で焼き消し、半妖精の前で再び尻尾を使い半妖精を飛び越え、翅を狙い長刀を振る。
薄いガラスが割れる音を響かせ、桃色の翅が1枚砕け散るも、半妖精は小さく笑い声を溢し、4つの瞳孔が魅狐を見た。
砕け、散っているエアリアルの破片が魅狐を的にし、投げナイフの様な攻撃を。しかし魅狐はそんなモノ気にする事なく、全身から薄く白金色の雷を拡散させ破片を文字通り粉々に消し、長刀を再び振るう。
「キャッってキかせテぇェ」
もう1枚の翅で長刀を受け、先程と同じように砕ける。砕けた直後、半妖精は身体をヌルリと動かし、魅狐の懐へ入り、黒赤の靄を放つ剣で魅狐を攻撃する。
剣術を使っていたワケではないため、魅狐は素早く長刀を引き戻し半妖精の剣撃を受け止めた。雷を纏う状態の魅狐相手に接近するのは危険な行為。接近しただけでも雷が肌を突き刺す。しかし半妖精の肌は傷付いてもすぐに傷が塞がる。まるでダメージがなく、麻痺も効果がない。
───ひぃちゃんのディアか。
魅狐が思う通り、半妖精は回復系ディア【デュアルリジェネ】を発動していた。デュアル───二重の効果を持つ、リジェネ───継続回復。
傷の治癒と状態異常の治癒を同時に行う回復系ディアが魅狐へ接近した時の雷ダメージとデバフを無効にしていた。
靄が一層濃くなる宝剣は徐々に重さを増し、形も変わる。その異変を近くで見ていた魅狐は全力で剣を弾き、逃げる様に距離を取る。
───何かがオカシイ。
魅狐は半妖精が同族喰いの結果で、今の様な姿になったと思っていたが、それだけではない気がした。翅───エアリアルの変化や瞳の変化は同族喰いの結果。しかしこの歪んだ精神は同族喰いではなく、半妖精が持つ【星霊の宝剣】が、半妖精の不安定に揺れた感情に反応し、覚醒し始めた結果。
以前、十二正座の乙女座と半妖精は宝剣を賭けて勝負をした。乙女座もレア度が高い素材アイテムを賭け、全力で戦った理由は宝剣が欲しかったからではなく、宝剣に封印されているあの力の解放を恐れていたからだった。
その勝負に乙女座は敗北し、半妖精の手に宝剣があるまま時は過ぎ、今の最悪とも言える結果に結び付いてしまった。シンプルな形で綺麗だった剣は棘を持つ刃とイビツな装飾を持つ剣に変わり果て、剣先がギラつく。
翅を広げ、翅を砕き、半妖精は凄まじい速度で魅狐へ接近。靄を纏った剣を大きく振り下ろした。
魅狐の数歩前で垂直に振られた剣は触れてもいない地面を酷く抉り、防御体勢で構えていた長刀も靄の斬撃を受ける事は出来なかった。魅狐は耳の様な感知器官と一点集中で見切る狐の眼で反応していたが、距離、威力、靄、何もかもが予想外の状況を前に、魅狐はただ流される。
「なん....でっ」
靄の斬撃は長刀をすり抜ける様に進み、魅狐へ喰らい付く。防御したハズなのになぜ?と魅狐は思うも、掴む事も出来ない靄を受け止める事など不可能。ガードもパリィも出来ない斬撃が魅狐の胸へ。
纏っていた雷を無意識に強く放出し、靄を揺らし威力を弱める事には成功したものの、元々の威力が強大だったため、弱めた斬撃だったとしても、それを受けた魅狐は枯葉の様に宙へうち上がる。長刀を手放してしまった魅狐は激しい痛みに両眼を閉じてしまっている。このまま落下するだけ。魅狐自身もそう思っていたが、半妖精は不協和音の様な耳障りな声で短く笑い、翅を広げ、剣を走らせた。
6秒もの間、魅狐は空中で斬られ、酷い姿で激しく地面に落ちた。
半妖精は歪んだ笑顔のまま表情を固め、落下した魅狐を見つめる。すると魅狐がゆっくり立ち上がり、小さく息を吐いた。
「....これが、この尻尾が邪魔なんだよ」
魔女のエミリオも人間のワタポも見た事がない、魅狐プンプンが本気で怒る姿。攻撃された事に対して怒ったのではなく、助けると言ったにも関わらずやられそうになっている自分と、全てから逃げる様に歪んでいる半妖精に対して、魅狐はついに我慢する事をやめた。
扇状に広がる九本の尻尾を冷たい朱色───緋色の瞳で見る。眼尻も緋色に染まり、頬に浮かぶ髭の様な線は濃くハッキリとしたモノに。パチパチと白金色の雷を破裂させ、ゆっくり瞼を閉じ、パチッと小さな音を破裂させ、魅狐は消えた。
「キャッ!?」
半妖精は楽しげな声を出し、消えた事に驚くと同時に、眼球を動かし背後を見ようとする。一瞬時間が止まったかの様にも思える中で、背後に熱と痛みを感じ、時間が加速したかの様に今度は半妖精が地面に叩きつけられる。靄纏う宝剣が手を離れ、クルクルと回り落下する前に、魅狐は落雷とも思える速度と威力で半妖精へ追撃を。魅狐の左腕は半妖精の右肩付近を通り、地面まで貫通していた。弾ける様に舞った微粒子の中、畳んでいた九本の尻尾をゆっくりと広げ、魅狐は左腕を抜き、腕に付く血を振り払う。
「......」
魅狐は呆然と立ち、倒れている半妖精へ視線を送った瞬間、半妖精は消えた。起き上がったではなく、その場から消え、魅狐の背後に現れエアリアルを砕き飛ばす攻撃で魅狐を刺す。
───右肩は潰れてるのに....痛みは無いのか?
魅狐は苦い表情で腕や足に刺さる破片を抜く。エアリアルの破片を雷で粉々に消そうとしたがヒビ1つない事に気付き、更に表情は緊迫する。半妖精が肩付近の傷穴に手を飛ばすと無色の魔方陣が現れ、穴が塞がり他の傷もみるみる癒えてゆく。
「デュアルリジェネと....再生術か」
傷が治り、魔方陣が消えると同時に半妖精は翅を数回、強く扇いだ。翅から溢れる微粒子が複雑に舞い、2人を包む。魅狐は雷を広く拡散させ、その広さのまま保つ。
───ボクの雷に触れた微粒子は焼けて消える。これだけの微粒子を飛ばしたのに何もないって事はありえない。
魅狐が姿勢を低く構えた直後、眼を疑った。半妖精は点滅する様に消えては現れる謎の移動を見せ、現れた瞬間にエアリアルの破片を飛ばし、また消えては現れ破片を飛ばす。どこから飛んでくるかもわからない鋭利な破片の雨を魅狐は回避するも、一歩、二歩先へ半妖精は移動し翅を砕き続ける。
周囲の微粒子が無くなった頃、魅狐の身体中には破片が突き刺さり、半妖精表情を歪め苦しみ、その場で意識を失った。
何が起こったのか。
魅狐にも理解できないまま、倒れた。
◆
「....ウオ!?ヒットした!地界の森にあるよ!」
水着の様な服装の女性は水の入った壺を覗き言う。その声に壺を持つ男性が反応する。
「さすがスィーズだね。水を使った感知術の速度と正確さは頼りになるよ」
「ギョハ、褒められるとあたいハネちゃう」
水壺を覗き込んでいた女性は魚座のスィーズ。壺を持っていた男性が水瓶座のアクウェス。魚座と水瓶座が協力して何かを探し、それを発見したらしい。
「森か!いい丸太があったら持って帰るとするか!」
「わたしはポカポカした森でゆっくり眠りたいですー。むしろ今すぐ眠りたいですー」
丸太を求めているのが以前、闘技大会に出場していた、山羊座のカプリ。眠そうにノロノロしゃべっているのが牡羊座のアーリス。
「てゆーか、星霊王が正体不明のモブ共に剣あげたのが悪いんでしょ?私達まで働かされるとかやってられないんだけど」
「確かにそれはある。宝剣として扱われていたあの剣には破滅的な力がある。それを知っていて譲った王のミスだろう」
毒針でチクリと刺す様な言い方をした女性は蠍座のスコーピオ。同意見だった天秤座のリーブラも乗っかる様に言葉を並べる。
「俺は何でもいいけどな。その破壊的な力ってのも気になるし」
「自分より強い存在って気になるよな!その剣って大事に飾られてた宝剣だろ?アレって何なんだ?」
獅子座のリーオウと射手座のサジテスはどこか楽しそうに会話する。
「怖い怖い怖い怖い、考えただけでも....イーヤーああああばばばばば」
「おいおい、大丈夫か?とりあえず手に持ってるハサミを置け」
ビビり泡を吹きながらハサミをチョキチョキする女性は蟹座のキャン。その蟹座を心配する大男が牡牛座のトーラス。
「....キャン、また泡吹いてるね」
「だねだね!あばばばー!」
人見知りな双子座カトルとヤンチャな双子座ポルクはスターフルーツを頬張り蟹座を観察する。
「何がどうであろうと、宝剣は私達が回収する。王もそろそろ来るだろう。貴様らは少し黙れ」
十二星座で一番の強者であり、王の側近を勤める乙女座ヴァルアが、自由に会話する他の星座達へ鋭い視線を向ける。
「遅れて悪かった。全員集まったか?」
白金色の装備に身を包む長髪の男性が王座に腰掛け、不満そうに自分の髪や手を見て呟く。この男性が星霊界を仕切る星霊王。
「この姿は老けるから私は嫌なんだが....仕方ないか」
以前エミリオ達が会った星霊王は手のひらサイズの小さな子供。ドレスやティアラで女の子の様な格好をしていた男。しかし今は強者のオーラを纏う美形な男性の姿に。
星霊王は長い髪を結び、早速本題へ入る。
「以前ここに訪れた冒険者達に宝剣を授けた。使いこなせると思ったが....どうやらレーヴァが出てくる最悪の結果になってしまったらしい。私のミスだ」
「なるほど....レーヴァが。しかしその前に星座王。宝剣の事を説明されてはどうです?十二星座の全員が知っているワケではありませんし」
水瓶座のアクウェスは素早く星霊王の言葉に反応し、理想的な流れで会話を進められる様、誘導する。星霊王は頷き、星霊の宝剣について語った。
星霊界には地界、外界、天界全てと繋がっていて、全てと切り離されている世界。以前は天界に存在していた星霊界だがある星霊が原因で切り離されてしまった。その星霊は前星霊王を勤めていた【レーヴァ】という男。優しく、同族の平和を一番に考えていた様に見えたレーヴァだが、裏では十二星座と共に天界を奪う作戦を考えていた。
天界を奪う=天使達と戦争する。戦争になれば多くの星霊達も犠牲になるのは間違いない。しかしレーヴァは「星霊達の犠牲だけで天界を手に入れる事が出来るなら安い」と語っていた。
現星霊と現十二星座の数名がレーヴァの企みを知り止めようと考えるも、レーヴァには破壊的な能力───ディアがあり、簡単に止める事も出来ない。
レーヴァを止める理想的な手段が考え付く前に、レーヴァは動き始めてしまい、現星霊王達はやむを得ず “レーヴァを剣の中に封印する” 最終手段とも言える方法で戦争を回避した。
「で、そのアホが今剣から出てきそうってワケ?面倒くさ」
蠍座が溜め息混じりに言うと星霊王は頷き、今回十二星座を集めた理由を語った。
「私のディアは対象を物の中に封印する事が出来る。しかしこのディアは使えばその対象の封印が解けるまで使えない。封印が弱まってきたからと言って追加でディアを使えないワケだ」
星霊王は立ち上がり、十二星座達へ強い視線を送り言う。
「レーヴァをもう一度、今度は以前よりも強い力で封印しようと思う。その為に.....力を貸してほしい」
星霊王は十二星座達へ深く頭を下げ、お願いした。
王が頭を下げる行為はどの種族でもあり得ないレベルの行動。十二星座達は王のこの行動に驚く。
「私達は王の為に全力で力を貸しますので、頭を下げるなどやめてください」
乙女座ヴァルアは必死に王の頭を上げさせる。毒のある言葉を吐き出していた蠍座と天秤座も、泡を吹いていた蟹座や興味なかった双子座も、レーヴァ封印に協力的な姿勢を見せる。
「ありがとう。無能な王で申し訳ない」
やっと頭をあげた王に安心した星座達。ここで王が封印について語った。
「レーヴァが出てきたら殺すつもりで攻撃してくれ。弱った所で私の封印術を使う。純妖精や天使....他の種族がいれば二度と出てくる事ができない封印術を使う事が可能なのだが....星霊族は他族との繋がりがほとんどない....」
沈黙が王室を包み始めるも、その沈黙を打ち消す様に獅子座リーオウが野太い声を響かせた。
「いけるんじゃねーか?魅狐の仲間に色々いそうだし、そこから上手い事お願いすりゃ」
リーオウに続くように水瓶座アクウェスが言う。
「剣の近くにいるのが....この魔力がリーオウの言う魅狐ですかね?その他にも様々な魔力を感じます。とにかく星霊以外の存在も近くにいますよ。顔見知りならばお願いしてみるのもいいでしょう」
星霊王は黙り、考えがまとまった様子でクチを開いた。
「他種族への交渉は私がする。十二星座達はレーヴァの対応を頼む。全員....死ぬなよ」
星霊界から星霊王と十二星座が、地界へ。




