◇99
連日の雨。
空気が冷たい。
気温が低い。
闘技大会 会場の地、イフリー大陸で大会中断の声を聞き、愚痴る事もなく、立ち止まる事なく、バリアリバルを拠点とする冒険者達はデザリア...イフリー大陸からウンディー大陸、バリアリバルへと戻った。
ユニオンで冒険者、ギルド登録を済ませている者のフォンにはユニオンから緊急のメッセージが届けられていた。
魔女の事、レッドキャップの事をキューレはセツカへ軽く話していたからこそのメッセージだろう。
バリアリバルに戻る戻らないは個人の自由で強制している訳ではないが、ほとんどの冒険者が嫌な顔1つ見せずに戻った。理由は色々あるだろう。しかしこれでバリアリバルに冒険者達が集まった。
弱いが確かな雨粒が落ちるウンディー大陸。
イフリー大陸、ノムー大陸、シルキ大陸、ウンディー大陸。この四大陸で一番温度...気温が低いのはウンディー。年中雪が降る氷島ウィカルムがある大陸。
一番気温が高い大陸はイフリー。マグマ流れる火山がある大陸。
イフリーからウンディーへ、冷たい雨が降り落ちるバリアリバルへ冒険者達は入った。
天気も気温、そして闘技大会が不完全のまま幕を閉じた状況により冒険者達はどこか沈み、弱い雨音が響く珍しく静かなバリアリバル。
闘技大会中断から1日経った今日、 青髪の魔女の公開処刑が発表された。
確実な日時はまだ未定だが、捕獲された魔女のSS...写真が大々的に公開された新聞が全大陸に届けられた。
ホムンクルス捕獲用のビンに入る小さな魔女。
レッドキャップが持っていたハズの魔女入りのビンが、ドメイライト騎士団の手に。
セツカはすぐに、ユニオン会議を行う。とバリアリバルに声を響かせた。しんしんと降る雨を切り、ユニオン本部へ冒険者達が集まる。
大型ギルドは数名参加する形でユニオン本部に沢山の冒険者が訪れた。
伸びた赤髪を揺らし、揺れる事のない強い瞳で冒険者達の前に姿を見せたバリアリバルの女王で、ギルド マルチェのメンバーで、元ドメイライト王国の姫セツカ。
セツカがバリアリバルのトップに君臨してから、ウンディー大陸は国になり、他国との関係も積極的に持ち、冒険者と呼ばれる存在が世界的にも認められ始めたのは事実。
デザリアとの一件もセツカが後始末を上手く済ませ、イフリーとウンディーは初めていい関係を築けた。
そして今日、セツカが冒険者達を集めた理由はノムー...ドメイライト王国の件だ。
「私の呼び掛けに応じ、足を運んでいただいた事に感謝します」
最初にセツカは集まった冒険者達へお礼を言い頭を下げる。女王、ウンディー大陸で一番偉い立場に居るセツカだが、常に感謝を忘れず誰とでも対等の立場で接する。これは考え、狙い行っている事ではなく、セツカが無意識的にそうしてしまうからだ。
感謝を忘れず誰とでも対等に。この性格が冒険者達の心を少なからず変えたのだろう。
中にはセツカを否定し続ける冒険者も存在するが、それでも多くの冒険者がセツカを信頼していた。
深々と下げられた頭を上げ、再び冒険者達に見せる強い光を宿した瞳。
「本日集まっていただいた理由はエミリオ、魔女の件です」
全員予想していたが言葉で伝えられ、各々様々な反応を見せる。
魔女。
古くから人間とは不仲な存在で、人間と何ら変わらない姿を持つ人間ではない種族。
他族とは比べ物にならない程の魔力を持ち、魔術センスはずば抜けている種。戦闘力も高く、S2クラスのモンスターや悪魔と同じ、危険な種族と言われている。
この魔女が人間界で冒険者として、人間や他の種族に混ざり生活していた事実はあまりにも衝撃的。魔女が人間界の様子を調べる為ではないのか? 等の声も出ている。
魔女は同族の結束力等は無いに等しい。スパイとして送り込んだ魔女が殺されても敵討ち等考えない冷めた種族。ここはドメイライト騎士団に任せて、魔女を処刑してもらうのが一番いい選択。
そう思う人間は数多い。
しかしセツカは違う。
エミリオが魔女なのは紛れもない事実。セツカ自身、エミリオが魔女の力を使いヒロ隊長の腕を奪ったシーンを眼の前で見ている。しかし、魔女側が送り込んだスパイではないとセツカは思って疑わない。スパイならばなぜあの時、ノムーポートで人間のトラブルに割って入ってきたのか。
スパイではなく何らかの理由でこの人間界に来て、人間界で生活しているからこその行動ではないのか?
きっとそうだ。
セツカは自分に言い聞かせ、魔女エミリオを助け出す為に動こうとしていた。
「エミリオは魔女。これは間違いありません。しかし私を助けてくれた人物で、背中を押す様に私を送り出してくれた人物でもあります。魔女だからと言って処刑される友人を黙って見ている事は私には出来なくて...どうかエミリオを助ける為に力を貸していただきたいのです」
女王としてはあってはならない発言。
しかし今の言葉を言ったのは女王セツカではなく、冒険者セッカとしての言葉だろう。
「俺もそれは考えてた。魔女だったのは知らなかったけど、魔女だから何だ?少なくても俺や俺のギルドは魔女エミリオに絡んでマイナスになった記憶はないぞ」
ギルド赤い羽のマスター アクロスは瞬時にセッカの言葉へ反応し、賛成する声をあげた。
ギルド マルチェのマスター、セッカのギルドマスターであるジュジュはアクロスの言葉に頷く。
「うちのギルドも助ける前提でドメイライトへ向かう予定だったわ。まぁ私自身エミリオに借りがあるワケじゃないけど...ギルメンだけを行かせるワケにもいかないもの」
闘技大会でその存在を世界に見せつけたギルド フェアリーパンプキンのマスター半妖精のひぃたろはクールな意見をクチにした。ギルメンとはプンプン、ワタポ、クゥの事だろう。B+の超少数ながらその実力はA+クラスのギルド。
エアリアルを使ったり2つのディアを持つ事から人間ではないという答えに辿り着けるのだが、ひぃたろが半妖精だと知っている者は意外に少ない。
「俺様もドメイライトへは行くつもりやったわ。形だけでも助けに来たフリせんとな」
元デザリア軍で現冒険者のアスランは、バリアリバル襲撃事件の時エミリオと戦闘し、腰痛バトラーに苦しめられ負けを認めた。その後エミリオがユニオン本部までアスランを連れて行き、形はどうあれ結果エミリオに助けられる形になった。この件にアスランは恩...とまでは言わないが借りを感じている為、助けられなくても助けに行ったと言う事実を残そうとしているのか、本当に助けようと思っているのかは不明。
「俺達は行くニャ。聞いた話にゃとシケットの靄を消したにょは魔女達らしいニャ。困ってるにゃら助けたいニャ」
黄金色の鎧を装備したギルド R&Gのマスター、猫人族のりょくん が続く。確かにシケットの靄を消したのはエミリオ達のパーティ。ダンジョンの一件で貸し借りは無しになった様に思えるが、猫人族は気分屋に見えて気分屋ではなく、関係を持った相手には全力を出す種族。
「魔女ってだけで処刑対象だろ。助けるなんてあり得ない選択で相手はドメイライトだ。死にに行く様なものだろ。勝手にやってくれ」
傭兵ギルド ライオットのマスター サイダーが呆れた表情を浮かべ言い、ユニオン本部から去る。ギルド ライオットはお金さえ払えば確り仕事をこなす傭兵ギルドで、クエストよりも傭兵業を優先するA+のギルド。マスターのサイダーは本名ではないだろう。面白いネームセンスだが戦闘力は面白くない。大剣を使い敵を粉砕するSランク冒険者。ライオットのメンバーも血の気が多く、よく他の冒険者やギルドとトラブルになる。
サイダーの行動がセツカの言葉に不満を持った冒険者達の足を動かした。自分達もこればかりは賛成できない。と言いユニオン本部を後にする者達へセツカは「足を運んでいただきありがとうございました」と言い深く頭を下げると「こっちも力になれなくてごめん」等の言葉を言い立ち去る。
セツカの力になりたいと思っても今回の相手はドメイライト騎士団。争いになった時点で犯罪者になり、逮捕されれば終わりだ。他人よりも自分達の命を優先するのは当たり前の事で誰も恨まない。
それでも残ってくれた冒険者は数多い。
「残った冒険者達はエミリオを助けるって事でおけ?」
壁に背をつけ座っていた戦う鍛冶屋ビビが全員へ言う。
ビビの横には音楽家 ユカと大空。
「助けよう。助けられなかった はもうイヤなんだよね」
闘技大会後に独特な雰囲気を強めた音楽家ユカが言った。レッドキャップのモモカに眼の前でラミーを奪われた事がユカの心に強く残り、もう何も失いたくない。と彼女は思い、エミリオの処刑を聞いた瞬間すぐに助けに行こうとしていた。
プンプンは複雑な気持ち...なんてレベルではないだろう。
大量生産された操り人形だったとしても、自分の妹が自分の友達から友達を奪ったのだから。
「うむうむ。理由はどうあれ、助けたい気持ちはみんな同じじゃの」
今まで頷く事もせず黙り、話を聞いていた情報屋のキューレがまとめる様にクチを開いた。
セツカの前まで移動し再びその年寄りくさい喋りを披露する。
「今回の件をよーく、考えてみたんじゃがのぉ。恐らく後ろにレッドキャップが居るじゃろな。最悪デザリアの二の舞じゃろ」
レッドキャップが関係している事は宿屋でビンを奪われた事を知る冒険者達は気付いていたが、デザリアの二の舞と言う言葉に全員表情が変わる。
「デザリアの王様ちゃんはレッドキャップに殺されとったじゃろ?レッドキャップには死体を操れる女がいるんじゃ。ドメイライト王を殺して操れば何でも出来そうじゃのぉ。そして騎士団長フィリグリーはレッドキャップメンバーじゃ。これでノムーはレッドキャップの手に落ちるワケじゃの!」
キューレはあっさり言ったが、これが事実ならば相当厄介な事になる。そしてキューレの情報は正確が売り。
騎士団長がレッドキャップメンバーで、ドメイライト王がレッドキャップの操り人形になればノムー大陸は事実上レッドキャップの大陸になる。そしてドメイライト騎士団もレッドキャップが自由使える強力な駒になる。
デザリア軍は以前の様に好戦的、独占的なスタイルではなく、助け合う事を強く持った。それは素晴らしい事だが同時に戦力が下がっている事にも繋がる。ここでレッドキャップがドメイライトを手に入れ、デザリアを襲えばデザリアは確実に落ちる。それだけではない。このバリアリバルに騎士を攻め込ませればウンディー大陸も危うい状態になる。
「ここからはウチの予想でしかないのじゃがのぉ...冒険者と騎士を争わせてその隙に王を人形にする。騎士に勝たせてその後すぐに王の言葉でバリアリバルを落とせと命じればどうなるかのぉ?」
どうなるか。
そんな事考える必要はない。
バリアリバルがドメイライトに落とされ、その後はデザリア...ウンディー大陸とイフリー大陸がノムー大陸のモノに、レッドキャップのモノになる。
そうなればもう終わりだ。
キューレの言葉を黙り聞き、何かを考えているセツカ。その姿を見てキューレは下がる。
「まだ処刑の日時は発表されていません...今日1日、時間をいただけませんか?明日には考えをまとめて皆様に伝えますのでどうか1日だけ」
セツカの言った様にまだ処刑の日時は発表されていない。まだ時間はある。処刑日は騎士達が邪魔する者が現れる前提で動く。この時王に隙が生まれる。レッドキャップが王を叩くならばこの瞬間が一番成功率が高まる。
エミリオの処刑も王...セツカの父親の命もまだ時間はある。
セツカのお願いに残っていた冒険者達は頷き、明日またユニオンに集まる事にし解散する事に。
感情に流されやすい点はあるが、頭のキレと思い切りもあるセツカ。今ある情報からレッドキャップの動きや騎士の動きを予想し、作戦を練る。
セツカ自身は小さく弱い力だが、セツカの武器は戦闘力ではなく戦術。規模が大きければ大きい程、その力が発揮される。
次の日、冒険者達にセツカは自分の考え伝えた。
そこから冒険者達も一緒に成功率を高める為の作戦会議なのか攻略会議なのかを行い、魔女処刑発表から3日が経過した今日、冒険者達はノムー大陸の 皇都ドメイライトへ到着した。




