異世界人の立場
「今度来るバラクシンの使者が異世界人を連れてくるらしいよ」
「は?」
婚約騒動も落ち着き、私の部屋の完成祝い――簡易厨房付きのかなり広い部屋と寝室が白黒騎士連中の寮に用意されていました。私の仕事は寮の厨房のお手伝いだそうな――を食堂でやっていた時のこと。
魔王様の爆弾発言に時を止めたのは私と騎士sだけでした。
あ、騎士sは私の護衛という名の下僕として魔王様から貸し出されました。調理の手伝いをさせていたのがしっかり報告されていた模様。一般騎士のままだけど一応昇進扱いらしいよ?
ではなくて。
ええ!? 異世界人って結構この世界に居たりするの!?
稀にって聞いてたから驚きですよ!?
「三年くらい前にバラクシンに保護されたらしい。もっとも今はバラクシンの民だけどね」
「え?」
「結婚してるんだよ。だからもう異世界人って扱いじゃないんだ」
そういえば結婚すれば伴侶の国の民って扱いになるって言ってましたっけ。
あれ、でもその人は特に狙われなかったのかな。
「その人は狙われたりとかしなかったんですか?」
「ミヅキはかなり目を付けられてましたけど」
同じ疑問を持ったらしい騎士s……え、マジ? そこまで目を付けられてたの?
アルとクラウスを見ると無言で頷かれた。ああ、これがゼブレストと魔王様の加護、公爵家子息様の『特別』発言の理由かい。
直接聞いたことはないけど、白黒騎士達は実家とコネを駆使して色々とやってくれたらしい。その結果が、ここでの生活です。
ありがとねー、皆。それがどのくらいのものか判らないけど。一応頭を下げておこう。
言葉のない感謝に騎士達は杯を上げ応えてくれた。
「我々が欲しただけですので御気になさらず」
「これからも美味い食事を御願いします!」
「素晴らしい技術を期待しています!」
……素直で結構。私としても一方的に守られるよりも報いられる事がある方がありがたい。
本日のメニューはガーリックラスクと各種付け合わせ、お土産の腸詰、野菜のチーズ焼き、から揚げ、サラダといった居酒屋定番品。他にはサンドイッチとホットドッグ。これに各自持ち寄ったワイン。
こんなもので御礼になるなら安いものです、平穏は金では買えん。
私ができる数少ない事なので今後も期待してくださいな。そして私の手先となって広めておくれ。
「狙われる要素が無かったって言った方がいいかな」
「へ?」
「君は魔導師だろう? だからこそ異世界人じゃなくても価値があるんだ。しかも異世界人だからこの世界の事に疎い分、利用しやすいって思われたんじゃないかな?」
「「これを!? 無理でしょう!?」」
騎士s。双子だからってそこまでハモらんでもいい。まあ、私と接した誰もが思うことですな。
先生も頷いてるあたり否定する気は無いのだろう。
「ミヅキ、あのように言われてますよ?」
「今更です、我が事ながら物凄く正しいと思います」
「自覚があるのか」
「ゼブレストの宰相は私が誘拐された時に犯人を殺してないか心配してたらしいし」
「……アーヴィレン殿は随分とミヅキを評価していたのですね」
「保護者筆頭でした。問題児のお説教担当者でもあります」
「お前、随分と世話になったんだな」
「ええ」
宰相様には足を向けて寝られないくらい世話になりましたとも。胃薬の量を増やしたのは間違いなく私だ。
アルとクラウスも思い当たることが多々あるのか擁護はなし。
……理解のある婚約者様方で何よりですよ。
「クラウス達がいるからこその情報、もしくは本人と直接接しなければ知る由も無いだろう? まあ、今となっては我が国では無理だろうね。ミヅキには報復を推奨してるし、敵になる人間が多過ぎる」
「敵に回してはいけない人々を理解してるんですね」
「この国ではそれが判らないと生きていけないよ」
貴族階級は、ということでしょうね。民間人も同じだったら怖過ぎます。
「ってことは利用価値がなかった異世界人、ということですか」
「はっきり言えばそうだろうね。魔法も使えないし本当に保護されているだけ、という感じだったらしい」
「随分詳しいですね?」
「情報だけはね。だが、我が国が守護役を出さなかった時点で想像つくだろう?」
にこり、と魔王様は笑うと私の頭を撫でた。
えーと、それは『国が守るリスクを負うだけの価値が無かった』ということなのでしょうか。
私には将来有望な公爵子息様が二人ついてますよね?
セイルだって同じ立場の筈だ。あれ、中身を除けば物凄い豪華面子だったりする!?
「ミヅキ……お前は守護役以前にアルジェントに求婚されてるだろうが。セイルリート将軍も周囲の目も憚らず求婚したと聞いたぞ?」
「先生、アルはともかくセイルは嫌がらせです。しかも私だけじゃなく馬鹿女と王を含む諸事情をご存知の皆様の反応を見て笑ってました、あの野郎」
「そ、そうか。だが、事実ではあるのだろう? 守護役になった経緯を聞いても十分本気だと思うぞ? お前の場合は本当に婚約者として捉えた方がいいんじゃないか」
「戻れなかった時対策ですか?」
「……何故素直にもててると思わんのか、この娘は」
先生、溜息吐かないでくださいよ。アルも「是非!」とか嬉しそうに言うんじゃない!
そしてセイル……お前、何感動的な話に仕立て上げてんだ?
違うだろ? あれのどこか感動的な求婚だ?
あまりの意地の悪さに当事者達は内心絶叫してたんだぞ!?
でも、この世界における価値か……まあ無条件で保護っていうのは虫が良すぎるでしょうね。
私だって今のところ料理のみだけど何かあったら手助けしますよ?
勿論、『部外者が出来る範囲』ということが前提だけど。イルフェナとゼブレストならばそれ以上を求められる心配はなさそうだから安心していられるんだけどね。
「君はこの世界に来てからの自分を誇っていいんだよ? 知識を形にすることも結果を出すことも全て自分の価値なのだから」
「先生や村の人達が最初に色々教えてくれたからでは?」
「違うね。自分で現実を受け入れ行動することで君は味方を得た。……帰りたいと泣くことや守られるだけの生き方もあったのに」
「思い切ることが生きる為に重要だと思ったんです。生存本能と言ってもいい。誰かに縋ったまま生きられるなんて思いませんよ」
「君は本当に冷静に現実を見てるよね」
実際、冷めているともとれる考え方が必要なのだと思う。
魔法を作り出すことにしても同じこと。魔法を使う上でのリスクは先生から教えてもらったのだ、知った上で魔導師と名乗っているのだから後は自己責任。
「でね、君の情報を得たバラクシンは『異世界人同士交流しては』ってことで連れてくるらしいんだ」
「エル、その人物がミヅキと同じ世界から来ているとは限らないのでは?」
アルの疑問はご尤も! つか、それは誰だって思うんじゃないかな?
魔王様もそれは思ったらしく頷いている。
「うん、そうだよね。それどころかミヅキとは生き方が正反対だから会わせても仲良くなれるとは思わないんだ」
「そうだな、ミヅキは受身ではないしな」
「それだけではなく、この世界の事情も踏まえて行動できるからこそ評価されていると思いますし」
幼馴染三人組の言葉を総合するなら『百八十度性格や考え方が違う』ってことですな。
この人達の事だからそれ以上の情報を掴んでいて口にしないってことだろう。
いや、言えないというのが正しいか。その人はそれなりの立場の伴侶を得ているわけだし。
「会わなければいいんじゃないですかね?」
「それがね……向こうが面会を希望してるんだよ」
「ミヅキの価値を知って繋がりを持ちたいのですね?」
「それ以外に考えられんな」
ええ〜、何さそれ。利用してるだけじゃん、その人。
それで喧嘩になったら責任は向こうが取ってくれるのだろうか。
いや、この場合はイルフェナがもてなす側だから私が我慢しろってことですね。
空気は読める子ですよ、私。頑張って猫を被りますとも!
「ミヅキ、私やアル達も同席するから」
「大丈夫です! 無難に無能を演じるか言い負かして泣かせるかは向こうの出方次第で臨機応変に対処します!」
「うん、頼むね」
そんなわけで帰国早々に自分以外の異世界人と接触する機会を得たようです。
魔王様ー、今更ですが向こうを泣かせるかもしれないことに関してはOKなのですね?
実は嫌いなタイプですか? そういえばここは実力者の国でしたよね。
話を聞く限りバラクシンは私と繋がりを作る事ばかり考えているようですが。
実力者の国の皆様を怒らせる可能性がある人物ってバラクシンは理解してるのかなー?
※※※※※※
一方その頃、バラクシン城内の一室で。
「本当! 私も連れて行ってもらえるの!?」
「ああ。アリサと同じ異世界人らしい。会ってみてはどうかと陛下達が話をつけてくれたんだ」
「嬉しい……! ありがとう、エド」
緩やかな癖のついた髪の、ふんわりとした印象の少女が一人の青年に抱きついていた。
青年の名はエドワード。一年程前に宰相補佐に抜擢された青年だ。
抱きついている少女はアリサという彼の妻で異世界人である。何事にも一生懸命で可憐という言葉がぴったりな少女は年齢的には成人だ。だが、本人の性格と行動が彼女を幼く見せている。
「お友達になれるかしら?」
「さあ、どうだろうね? 噂では才女と評判だよ」
「凄いのねえ……守護役の人も優秀なんでしょうね」
青年は妻の言葉に微かに苦い笑みを浮かべた。
実力者の国イルフェナ。自分にも他者にも厳しいかの国は妻がこの世界に来た際、守護役を出そうとはしなかった。
理由は明白である。『価値がないから』だ。
守られるだけの無能者は存在を背負うに値しないと無言の意思表示をしてきたのである。
青年とて宰相補佐を務める身、妻に何らかの才を求めるような真似はしない。彼女は女性としては男性を惹きつけるだろうが、個人としてみた場合は考え方が幼過ぎる。幼さや無邪気さは政治では綺麗事でしかないからだ。
国としても保護するなら何らかの利益を期待するのは当然だろう。
そこで今回の同行となったわけだ。彼女は何も知らずに国に利用されるのだ。
「エド? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
イルフェナの異世界人は彼女の味方となってくれるだろうか。
彼女の元守護役達は友人という立場を守ってくれてはいるが、それ以上になろうとはしない。本当に『役割だけの関係』なのだろう。好意的に思っても自分を犠牲にする程ではないということだ。
「優しい人だといいな」
「うん!」
そう、優しい人であることを願うしかない。彼女の現状を哀れんで手を差し伸べてくれるような人であれば。
無邪気に笑う妻に一抹の不安を覚えながら彼はそう願った。




