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62:秘密兵器のライバル

「くっ……! 体が自由に動かないっ!」


 エナの意思とは裏腹に、マオの心臓へと照準を合わせてしまう。

 彼女の手は震え、冷や汗が額を伝う。


「エナっち!」


 調理室を散らかすわけにはいかない。

 マオは窓を開け放ち、身を乗り出す。

 夕暮れの風が彼女の髪を揺らす。


「マオさん! 避けてぇ!」


 マオは、エナの悲痛な声に反応して、風を切る音を聞いた瞬間に体を捻った。

 弾丸は太ももを掠め、鋭い痛みが走る。

 だが、痛みを気にする場合ではない。

 マオはすかさず外へ飛び出した。


 地面に着地し、上を見る。

 エナも同じく窓から地面へと飛び出していく姿が見えた。


「どうやって助ければいいの……?」


 聖剣を取り出して構えたはいいものの、今のマオにエナを救う方法が考えられない。

 彼女の心臓は激しく鼓動し、手は汗ばんでいる。


「エクスカリバーさんは何か知らない?」


『すまない。あの者は我にも分からぬのだ』


「――そっか。それならしょうがないよね」


 だが、何もしないという選択肢はない。

 マオは聖剣に力を込めた。

 聖剣は光り輝く。それは、相手を浄化させる攻撃だった。

 ヴァリアを救い、ギルドの人間たちを浄化させたこの攻撃であれば、効き目があるかもしれない。


 マオはこの方法しか、エナを傷つけることなく救える術を考えつかなかった。


「お願い……! 効いて!」


 窓から地面に落ちていくエナ。

 彼女はその隙に攻撃されないよう、銃を撃ち続けている。

 弾丸が空を裂く音が響き渡る。


 そんなエナを救うべく、マオは聖剣をエナへと振り上げた。

 聖剣の力である光に包まれるエナ。

 しかし、エナの行動は止むことはなかった。


「――ダメなの!?」


 同じく、アイミーも窓から地面へと着地する。

 彼女の動きは軽やかで、まるで猫のようだ。


「模擬戦、だっけ? あの時とは違う、本気の戦いが出来るよっ!! 今回は拳銃も調子良いみたいだし、どっちが勝つのかなぁー♪」


 彼女はその露悪的な微笑みを絶やさず、二人を見つめいていた。

 その目は獲物を捕らえた猛獣のように輝いている。


「マオさん! あなたを傷つけてしまう前に、私を動けなくしなさい!」


「出来ないよ! エナっちは親友だよ!?」


「それは私だって同じですわ!」


「――くっ!!」


 涙を堪えながら、マオは自分の力を使う。

 ドラシアと戦った時に使った力。


「ウェディアート・ルフトレグ!」


 自分自身に軽量化の魔法を適用する。

 マオは淡い光に包まれる。

 彼女は禁じ手を二度も破った。

 だが、エナの拳銃に対抗するにはこれしかない。


 エナの体が、勝手に照準をマオへ合わせる。

 必死に抵抗しても、脳内の『命令』が拒否する。

 今のエナは操り人形だった。


 マオは大地を踏みしめ、駆ける。

 エナが照準を合わせられないよう、不規則な進路で近づいていく。

 彼女の動きは風のように速く、目で追うのが難しいほどだ。


 素早く動くマオに対して、エナの体も激しく動かされる。

 しかし、銃の照準は体の反応を超えて移動するマオを捉えられない。


(いいですわ、マオさん!)


 悲痛な叫びとともに、マオはエナに向けて体当たりする。

 殺し合いの場合、剣で斬るのが最適解だろう。

 しかし、マオはエナと戦いたくない。

 彼女を救いたいだけだった。


 高速化したマオの体当たりで、エナはバランスを崩す。

 そのまま、校舎の壁に叩きつけられ、拳銃を落としてしまった。


 マオはその拳銃へ剣を振り下ろす。

 拳銃は真っ二つに割れ、破壊された。

 金属が砕ける音が響く。


「よし――グッ!?」


 限界を迎えた。

 マオはその場にうずくまり、激痛に耐える。

 ドラシアの時と同じく、脳みそに無数の針が突き刺さるような感覚。

 周囲の音もぐにゃりと歪むくらいの痛み。

 禁じ手を使った代償を、マオはその身で受けなければならない。


 動けないマオの元へ、アイミーが近づく。

 彼女は頭痛に悩むマオを嘲笑い、見下していた。


「痛そうだねぇ」


「うる……さい……!」


「マオちゃん。さっきエナお姉ちゃんに使ったのって、聖剣の力? それって人間や魔物にしか効かないよねぇ? 武器を浄化しても無駄無駄♪」


 エナをおかしくした人物の言葉。

 マオは一語一句漏らさないよう、真剣に耳を傾ける。

 頭痛に苛まれていようが、アイミーの言葉は重要だった。


「武器? エナっちは人間――」


 愛らしい表情は鳴りを潜め、アイミーは口元を歪ませる。

 その表情は、人形のように不自然で冷たいものだった。


「エナお姉ちゃんと私は人間じゃないよ。私たちは――『魔導人形』」


「魔導……人形?」


「ほら。魔物が少なくなって争いの無い平和な世界になってきたじゃない? でも、人間って争いを求めるんだよねぇ♪ 今度は発展のために領土が欲しくなって来ちゃった。魔物と均衡保ってた時は生き残りたいって欲望だったのにね♪」


 うずくまるマオの周りを、喜劇役者のように歩き回るアイミー。

 彼女の動きは、まるで糸で操られているかのように不自然だ。


「そんな国都合戦争に駆り出されるのは若い人材。でも、勿体ないじゃん。若い人材には国のために働いて子供作ってもらわないとさ。だから、私たちが生まれたってわけ♪ 魔導人形なら、人間を消費しないで戦争にだって勝てちゃう! 私たちは『喋る武器』なんだよ」


「喋る……武器」


 違う。

 マオは心の中で否定する。

 武器じゃない。エナは人間だ。

 いつも私と日常の下らなくも、かけがえのない会話をしてくれる。

 あの子はちゃんとした意思を持っている。


「そうだよ。私は9番目に作られ、3回の改修を加えられた魔導人形。優秀なんだよ、私って♪」


(私はマオさんやレイレイさんと違う存在……。人間じゃ、ない……)


 エナは壁に叩きつけられて、その場で倒れていた。

 反動が大きく、彼女の体は動くことができない。

 拳銃も破壊されたことで、エナは安堵していた。

 しかし、アイミーの言葉が彼女を襲う。

 自分は『魔導人形』という意識は一切無かった。


 唯一、涙だけはエナの意思で流すことが可能だった。

 その涙は、彼女の頬を伝い、地面に落ちていく。


 アイミーは、エナの元へ向かう。


「それに比べて、エナお姉ちゃんは5番目に作られ、7回もの改修を加えられたにも関わらず、この体たらく。落ちこぼれにもほどがあるよね」


「私は……アイミーとは違いますの……!」


「違わないよ」


「私には生まれた国も、学園に入るまでの過去も、全部ありますの! ちゃんとした記憶が――」


「――あ、その記憶偽り。人間社会に溶け込むために設定されたやつだから」


「そ……んな……」


「『記憶にある』なんて言ったことない? 実際に体験したわけじゃないから、そんな言い方になるんだよ」


 アイミーは結晶片をエナに見せる。

 くすんだ淡い空色の輝き。

 その欠片を見て、エナは目を見開く。

 見たことがある。いや『記憶にある』と言い換えればいいのか。


「私たちの記憶を司る欠片だよ。あなたは、これで私を『妹』って認識したんだねぇ」


「あなた……私の記憶を弄りましたのね!?」


「面白かったなぁ。姉妹ごっこ。いきなり記憶を挿入されて、あなたが変貌するところなんて爆笑ものだったよね♪」


「ふざけないでアイミー……! あなたは……人の記憶を何だと思ってますの!!」


「人間じゃないから関係ありませーん。じゃ、この記憶を入れてもう一度マオと戦ってもらおっか♪」


 エナはある言葉を思い起こした。


『相手の都合の良い様に操られて、記憶まで改ざんされて……哀れな存在ですこと』


 かつて、ヴァリアの兄が蘇らせた人物に投げかけた言葉。

 それが今、自分自身のことのように感じた。


 アイミーは、欠片をエナの頭に近づけ、挿入する。

 抵抗できないエナ。頭を抱えて頭痛に耐えるマオ。


 そして、エナは新たな『記憶』を会得した。マオは倒さなければならない相手。

 自分の親を傷つけ、アイミーをいじめていた。

 更に、マオは自分を馬鹿にし、蔑み、常に危害を加えようとしてくる。


 架空の記憶だと言い聞かせても、記憶はエナの感情を刺激する。

 倒したい。目の前のアイツを倒して、アイミーを守りたい。

 怒りの感情が彼女を奮い立たせてしまう。

 動けない体であっても、今この場で立ち上がって、マオを倒す。

 アイツは生きていてはいけない存在だ。

 私が彼女を倒して、自分たちを救わなければ。


 立ち上がるエナ。


「エナっち……?」


 マオは異変に気づく。

 エナの、マオを見る目が明らかに変わったからだ。

 自分を鋭く睨みつけている。憎しみに囚われ、拳も震えている。

 歯をむき出しにし、怒りをマオにぶつけている。


(アイミーが何かしたの!?)


「エナっち! どうしたの! しっかりして!」


「――黙ってよ。お……お前がいるから……私たちは不幸になりますのよ!!」


「な……何?」


「やっつける。お前をやっつけて……私とアイミーは幸せになるっ!! ならなきゃいけない! どうしていつも私たちばかり! お前のせいだ! お前がいるから、私たちは不幸になる!!」


 その言葉は偽りだろう。

 マオは直感でそう感じた。

 悲しみはない。彼女との友情は変わらない。

 だから、マオは努めて笑顔になった。


「――いいよ」


「……は?」


「いいよエナっち。もし、私をやっつけて本当に幸せになるなら、どうなっても構わない。だって、エナっちとは親友だもん」


(何を言ってますの?コイツは)


 違う。マオはいつもこういう人間だった。

 自分のことなんか顧みず、相手を優先する。

 エナはそんな彼女をバカにしつつも、心の奥底では尊敬していた。


(――ち、違う!! マオさ……ん! 私は……!!)


 その時、『記憶』とは違う感覚が彼女の脳内に広がった。


 レイレイを救うため、二人で学園を抜け出したあの日。

 友人といけないことするという背徳感の共有が嬉しかった。

 レイレイを助けて、みんなで喜びあった。


 ヴァリアがマオを騙して、攻撃した時。

 彼女に怒りを覚えた。


 ヴァリアの兄に操られた人々を見た時。

 助けてあげたい。

 哀しみの感情が芽生えた。


 模擬戦で、常に敗北続きだった日々。

 けど、充実感はあった。

 次は負けない。どんな手を使えば勝てるのか。

 試行錯誤するのが楽しかった。


 これらはエナが体験した本物だった。

 偽りの『記憶』ではない。

 彼女が動いて、彼女自身が体験した本物の『感情』だった。


 彼女の体験した感情に紐づいた記憶。

 そこには、マオに対する敵意など存在しない。

 彼女は自分の大切な友人で、ずっと一緒にいたい。


(――そう、でしたの。これが……私の本当の……)


「エナっち……」


 エナの表情が戻った。

 マオの頬に触れて、頭を優しく撫でる。

 その手の温もりに、マオは安堵の表情を浮かべる。


「お姉ちゃん。魔導人形だから知らないかもしれないんだけどさ、人間の頬を撫でても、人は死なないんだよ」


「――ええ。知ってますわ」


 エナはアイミーの方に振り向く。

 その目は、もはや混乱や恐れを感じさせない。

 強い意志に満ちていた。


「じゃあ、どうして殺さないのかな? マオは私たちの人生を奪った大罪人だよ?」


「それはあなたが勝手に入れてきた『記憶』でしょう? 私が体験した『記憶』には、そんなのありませんわよ?」


「はぁ?」


「マオさんは私の大事な親友。ちょっとお馬鹿さんですけど、そこが『愛らしい』んですの」


 エナは手をかざす。

 標的はアイミーだった。


「私がここで暮らして過ごした記憶だけが本物。あなたが勝手に付け加える『記憶』なんかにもう、振り回されませんわ」


 エナの声には力強さがあった。

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