54:新たな明日へ
この日、聖樹村に新しい墓標が立った。
墓標というには小さく、木の枝を十字に組んで盛り上がった土に挿しているだけの、簡易的な墓標。
しかし、これにはデサイスの犠牲になった者たちと、デサイス本人の弔いの意味を込めている。
墓標の前にしゃがんだヴァリアは、目を閉じて手を合わせる。
彼女のまぶたの裏に、デサイスの最期が映る。
微笑みながら、最期に救われた彼。
本当であれば、生きていてほしかった。
だが、多くの人を殺め、その死体を操ってしまっていた彼は、生きることを許されないだろう。
(兄様。勇者の肩書を気にせず生きろと言ってくれましたよね……)
兄の言葉を飲み込むヴァリア。
本当の意味で自由に生きて欲しい。
今まで、兄とヴァリアは勇者の肩書という重い枷を抱えながら生きていた。
それが家族の不和を生み、悲しき結末を迎えてしまった。
だが、ヴァリアは新たな決意を心に決める。
(でも、私はこの肩書を大事にしたいです。この肩書で生きていく意味が、必ずあるから)
世界はもう勇者を必要としない。
魔物は次第に数を減らし、人間たちの世界へと変わっていく。
ある意味では、親たちの判断の方が正しいかもしれない。
今の世代が傍若無人に振る舞い、栄化を極める。
それでもヴァリアは、自分の心に存在する兄という立派な先代勇者を誇りに生きていきたいと思う。
「……よし」
目を開けて、立ち上がるヴァリア。
彼女は墓標に背を向ける。
その先にはマオがいた。
「先輩、本当にこの場所でいいんですか? 勇者の家系なら、立派なお墓とかあるんじゃ」
「兄様は過ちを犯してしまった。他の歴史ある人々と同じ場所で眠るのは、兄様も望まないさ」
「そうですか……」
「私のことより、レイレイのことだろう? 元々は彼女の精霊魔法についての旅なんだから」
「あっ! そのことですけど!」
マオが言う前に、レイレイが現れる。
彼女の表情は朗らかで、自分の中の楔が無くなったかのような清々しさを醸し出していた。
「精霊魔法、使えるようになりました。これもみんなのおかげだよ。本当に……ありがとう」
「良かったね。レイレイ!」
マオはレイレイに抱きつく。
マオの変わらない姿に、レイレイも抱きしめ返して、彼女の頭を撫でる。
二人の仲睦まじい様子が、この場に温かな雰囲気を作り出していた。
「えへへー、やっぱりレイレイの側が落ち着くなぁー。何年かぶりのレイレイの抱き心地ー」
「もう、マオちゃんったら。そんなに経ってないよー」
マオとレイレイのじゃれ合いを微笑ましく見るヴァリア。
そんな二人のやり取りを、エナもジーッと見ていた。
「やれやれですわね。あれだけの戦いがあったのに相変わらずですこと」
「エナ。体調の方は大丈夫か?」
デサイスを倒した後、エナは地面に座り込んで呆然としていたところを発見された。
その後、聖樹村で療養していたのだった。
「ええ。この通り。心配かけましたわね」
「もちろんだ。君もマオにとって大事な人だからね」
「……ええ」
「エナっちも仲間になるぅ? 今ならレイレイの温もりを一緒に感じても文句言わないよー?」
「どうしてマオさんが主導権握ってますの? レイレイさんが嫌がって……はいませんけど」
「エナちゃん。こっちにおいでよ!」
「――!?」
レイレイの意外なる言葉に、エナも目を見開く。
他でもないレイレイの誘いならば、エナも呑むしかない。
「……レ、レイレイさんがそう言うなら、仕方ありませんわねっ!」
そう言って、エナはレイレイに飛びつく。
三人の少女が抱きつきあって喜びの音を奏でる。
まるで、長い間離れ離れだった姉妹が再会したかのような、温かく優しい光景だった。
そんな幸せな声色を聞きつけたのか、ドラシアがヴァリアの隣に並び立った。
「そろそろ旅立つのかの?」
「ドラシア……さん」
「さん付けはよせ。おぬしとはタメ口の方が気軽に話せる」
「ああ。分かった」
「レイレイの精霊魔法が使えるようになり、おぬしも新たな力と決意を手にした。これほどの成果はないじゃろ?」
「そうだな。ドラシアには色々と感謝してる」
ヴァリアを見て微笑み、そしてマオを見るドラシア。
彼女のマオを見る目は厳しかった。
「――マオのことだが、危険な兆候が見え隠れしておる」
「……魔王の力が目覚め始めているということか?」
「ワシもその一端を担ってしまったのは悪いと思っているんじゃが……」
頭をかきながら、苦い顔をするドラシア。
自分がもう少しだけ聡明であれば、マオが魔王の記憶を引き出す必要はなかった。
それだけは後悔が残っている。
「記憶を取り戻せば、魔王の力も、その自覚も増えていくだろうの。そして最後は……」
「マオは私が守る。そのための能力も自分に芽生えた」
「そうじゃな。それが懸命じゃ。おぬしの兄が所属していた組織。その組織は魔王を復活させるために、マオに様々な試練を課すだろうの」
「はい」
「本来ならワシも身近で見守ってやりたいんじゃが……昨今、人間以外の種族は日陰者でな。人前に姿を現すことは基本難しいのじゃ」
「どんなことがあっても、私が」
頷くヴァリア。
より一層、マオを守らなければならないという意思を固める。
「――よし! マオ! レイレイ! エナ! そろそろ出立するぞ!」
「はーい!」
ヴァリアの掛け声に、三人は離れて支度に取り掛かる。
そして、ヴァリアも自分の荷物を整理する目的でドラシアから離れていく。
彼女たちに待つのは、少しだけ前に進んだ日常。
レイレイは魔法が使え、ヴァリアは勇者としての力を開花させた。
これからも、四人の仲は深まっていき、友情は続いていく。
――その日常には異物が紛れ込んでいることを、四人はまだ知らない。
そして、ヴァリアたちが離れてから、ドラシアはユクトを呼ぶ。
「ユクト。少しいいかの?」
「はいです。ししょー」
「周辺で、治癒魔法に明るい国や街、村はあるかの?」
「治癒魔法、ですか? 何か気になりますですか?」
「……少しばかり、の」
ヴァリアを治療した時に、マオが使った魔法。
それは明らかに学生が習得するような魔法ではなかった。
となれば、マオの出自は治癒魔法が発達している場所に違いない。
そこに魔王に関する何かしらの手がかりがあればと、ドラシアは願う。
「調べてみるです!」
「ありがとう。ユクト」
「ししょーのお願いなら、ボクは頑張りますですよ!」
ユクトの目は、いつものようにキラキラと輝いていた。
その澄んだ瞳には、ドラシアへの深い信頼と尊敬の念が込められている。
「さて、ワシは魔咏師団の情報を収集しようかのう」
ドラシアは遠くを見据え、静かに呟いた。
これから先、マオたちを待ち受ける試練を想像しながら、彼女は決意を新たにしていた。
いつか再び、マオたちと共に戦う日が来ることを信じて。




