51:覚めない夢から抜け出して
レイレイは夢の中で、偽りの日常を過ごしていた。
当初は違和感を覚えていたが、いつしか『自分には最初から力があった』と錯覚するようになる。
まるでずっとこの世界に生きていたかのように、自然な振る舞いを見せるレイレイ。
「レイレイ! ここの魔法教えてよ~」
と、マオが声をかける。
「いいよ、マオちゃん。ここはね……」
レイレイは、魔法が使えなかった日々に培った知識で、マオに魔法を教え始める。
マオは目を輝かせながら、レイレイの説明に耳を傾けていた。
まるで本物の師弟のようだった。
「すっごいなぁレイレイは! ねぇ、あんなに魔法強いのに、どうして勉強も完璧なの!?」
マオの無邪気な問いかけに、レイレイは一瞬戸惑う。
「え? それはもちろん……」
(あれ? 私、何でこんなに魔法に詳しいの?)
今のレイレイなら、ここまで詳しい知識は不要のはず。
初級の呪文でも、彼女は十分に強く、世界で通用するのだから。
ふと湧き上がる違和感に、レイレイは眉をひそめる。
その時、マオがレイレイを抱きしめた。
「レイレイ……ここから居なくならないでね。私、レイレイがいないと何も出来ないんだ」
マオの瞳には、どこか哀しみが滲んでいる。
まるでレイレイを失うことを恐れているかのように。
「……大丈夫だよ、マオちゃん。私はどこにも行かないよ」
優しく微笑み、レイレイはマオの頭を撫でる。
だが心の中では、言いようのない不安が渦巻いていた。
****
ある日、レイレイは先生に呼び出された。
「レイレイに通知だ! なんと、上級クラスへの編入試験免除の連絡だ! 凄いじゃないか!」
その言葉に、レイレイは目を丸くする。
「私が……上級クラスに?」
信じられない様子で尋ねるレイレイ。
「ああ。というか、それほどの力があって、何で今まで底辺クラスにいたんだ? お前は」
先生は不思議そうに首を傾げる。
その問いかけに、レイレイは曖昧に笑みを浮かべた。
「アハハ……マオちゃんと一緒にいたかったから、ですかね?」
その時、マオが割って入ってきた。
「レイレイ、試験に受けるの? ヤダ……ヤダよ!! 一緒に居てよレイレイ!」
涙を浮かべて訴えるマオ。
その姿は、まるで恋人を取られまいとする乙女のようだった。
だがレイレイは、自分の決意を告げる。
「マオちゃん。私、上級クラスに行きたい。自分の力がどこまで通用するか、試してみたいんだ」
真摯な瞳で、マオを見つめるレイレイ。
自分の力を試したい。
その想いが、彼女の中で燃え上がっていた。
「酷いよレイレイ! 私を無視して、上級クラスに行くの!? そんなのレイレイじゃない!! 私のことを大切に思わないレイレイはレイレイじゃない!!」
マオが泣きじゃくりながら叫ぶ。
その言葉は、まるで子供のような駄々のように聞こえた。
(――あっ)
その時、レイレイは過去の記憶を思い出す。
魔法が使えなかった日々。
試験を拒否したマオ。
そんな彼女を、友情で後押しした自分。
今のマオと過去のマオの違いは、自分のことを考えているか、レイレイのことを考えているか。
「マオちゃん」
「グスッ……なあにレイレイ?」
「私たちの友情は、そんなことで揺るがないよ」
優しく微笑み、レイレイはマオの手を取る。
「大丈夫。私たちはずっと親友。場所が違っても、きっとお互いに成長できるはず。一緒に居た時間は絶対に消えないよ」
だが、マオは受け入れようとしない。
「違うよ。レイレイはきっと、私が邪魔だから上級クラスに行こうとするんだね」
その声は、どこか歪んで聞こえた。
レイレイの知っているマオはこんなことを言わない。
「マオちゃん……」
(――この世界は、やっぱり偽りなんだね。私は……魔法を使えなかった人間。うん。……分かってた)
レイレイは、ようやくこの世界の真実に気づいた。
優しく微笑みながら、レイレイはマオに告げる。
「私、この世界のマオちゃんは苦手かな」
「どうしてそんなことを言うの?」
マオが驚いたように尋ねる。
その瞳には、怒りと悲しみが渦巻いていた。
「マオちゃんはどんな時も自分じゃなくて、友達のことを考えているの。私のために行動してくれて、ヴァリア先輩を命懸けで助けるし、エナちゃんにも気にかけてる。私はね、そんなマオちゃんは大好き」
レイレイは、マオの頬を優しく撫でる。
自分を犠牲にしてでも、友達を優先するマオ。
その優しさと強さが、レイレイは大好きだった。
そして、レイレイは空に向かって叫ぶ。
「――ねぇ! そこのあなた! 私はこんな世界望まないよ!! どうせ、私に力を与えて堕落するかどうかを試してるんでしょう!? でも残念でした! 私は堕落しないし! 例え精霊魔法が使えなくなっても、努力していつか最強の魔法使いになってみせるんだからっ!!」
レイレイの瞳には、揺るぎない決意の炎が宿っていた。
その意思が、夢の世界を崩壊させ始める。
空が割れ、大地が軋む。
まるで世界の終わりのような光景だった。
「ごめんねマオちゃん。私、元の世界のマオちゃんを助けなきゃ、だから」
レイレイは、悲しそうに微笑む。
「……レイレイ」
マオが、か細い声で呟く。
その瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。
「さっきは酷いこと言っちゃったけど、こっちのマオちゃんも好きだったよ」
そう告げ、レイレイは闇に飲み込まれていく。
だが、そこに一筋の光が見えた。
まるで、レイレイを現実へと導くかのような、眩い光だった。
****
現実世界。水の精霊に蹂躙されるユクト。
「――グハッ!!」
水の精霊に蹴られ、ユクトは苦悶の声を上げる。
その攻撃は、彼の技を真似たものだった。
ボロボロになりながらも、ユクトはレイレイを信じ、立ち上がり続ける。
「おおっと。キツネ君の得意技は少し刺激が強いねえ」
「ボクの十八番を勝手に使わないでほしいのです……!!」
「これはししょーの十八番じゃないの? 君はモノマネしただけでしょ? 同じだよ」
「ふざけるなです!」
その時、レイレイの体が眩い光に包まれた。
まるで、神々しいオーラを放つかのように、純白の光が彼女の全身を優しく包み込む。
光が収まると、そこにはいつもの優しい笑顔を湛えたレイレイの姿があった。
「ユクト君!」
「レイレイ殿!」
二人は抱き合い、喜びを分かち合う。
まるで、生き別れた家族が再会したかのような、温かな雰囲気だった。
「ごめん! 私、ちょっと寝ちゃってた!」
「気にしてないのです! お昼寝も時には大切ですよ!」
ユクトは、まるで子供のように無邪気に笑った。
ユクトから離れて、レイレイは水の精霊に話しかける。
「――雰囲気で分かる。あなた、私に声をかけてくれた精霊さんだよね」
「そうだね。……いやぁ、まさか、ね」
精霊は苦笑しながら、頭をかく。
「こっちの完全な勘違いだったとはねぇ……。まだ骨のある人間がいるなんて思わなかったよ」
「親友を優先しただけですから。それに……まだ私は精霊魔法を完璧に使いこなせるわけじゃありません」
レイレイは、謙虚に言う。
「それでも、そこのキツネ君の見込み通りだったってことさ」
「ユクト君の?」
ポッと顔を赤らめるユクト。
そんな彼の様子に、レイレイは首を傾げる。
「ほら、行きなよ。仲間が大変なんだろ?」
精霊が、レイレイたちを急かす。
「はい。行こう、ユクト君」
「わ、分かったです!」
ユクトは、まだ少し恥ずかしそうだった。
「スレイン!」
精霊の呼びかけに、レイレイが応える。
「――はい!」
「必要な時には呼んでほしい。君が堕落しない限り、精霊たちは君の力になる」
「……分かりました。大切に使わせてもらいます」
レイレイは、精霊に深く頭を下げた。
こうして、レイレイは仲間のもとへと戻っていく。
彼女の心には、新たな決意と希望が灯っていた。
精霊の力を借りつつも、自分の意思で前に進んでいく。
それが、レイレイの選んだ道なのだから。
ユクトと共に、レイレイは森を駆けていく。
二人の背中は、まるで力強く羽ばたく鳥のようだった。




