第48話, 愚かな矜恃であれど
「ったく。いつの間にこんな拠点を構えたんだか」
「施設を自由に使っても良いって言ったのは先生ですので」
「ほっほっほ、逆手に取られておるぞドーラや」
「ジジイは黙ってろ」
本拠点の手前に構えた応接室のような場所に幼女先生と理事長を通し、今はテーブルを挟んでソファに対面に座っている。
「それで?今日はどういったご用件で?」
「いやはや、ドーラが惚れ込むほどの才覚を見せた男に儂も興味が湧いてな。やっとこさ暇ができたんで担任ともども立ち寄ったという訳じゃ」
「はあ…」
ということはなんだ?この二人はただおれの顔を見にこんなところまで足を運んだと?
わざわざ学院の理事長が?
「……本音は?」
「ほほ、儂と一つ決闘をしてくれんかの?」
やはり先ほどのセリフは建前であったようだが本音の方は全く理解できない。なぜ理事長がおれと決闘したがるんだ。
「えっと、それはどういう?」
「無論ペナルティなど課さん。純粋な術者としての力量争いじゃ」
「…ようじょs」
ーギロリ…
「ミロディ先生、ほっといていいんですか?仮にも生徒と先生が決闘なんて」
「ほう、お前はそういうのは気にしない類だと思っていたんだが?ん?」
「それとこれとは話が別っていうか」
「安心しろ、私は立会人としての役割も兼ねてここに来ている」
「あ、もう承諾済みなのか」
「で、どうじゃ?儂と一つ戦ってくれんかの?」
こうも真正面から挑戦的な瞳を向けられては断りづらい。それに何か試されているような雰囲気も感じる。
「……わかりました。おれが勝ったら決闘を申し出た理由を教えてもらいますからね」
「無論。さて決まりじゃな!ドーラよ、早速競技場に転移するがよい」
「は?」
「はぁ…いくつになっても人使いが荒いジジイだな」
ーパチン…
幼女先生がため息まじりに指を弾くと、目の前の景色が茶色い木々を基調とした図書館のそれから今までに二度訪れた競技場のものへと一瞬で変わっていた。
「これが転移魔法か…」
「どうよ?中々に貴重な体験だったろ?」
「うむうむ。いつ見てもほんと便利な固有魔法だわい」
「ジジイには聞いてねえっつーの。いつもいつも移動手段としてこき使いやがって」
「ほっほ…」
「無視すんな!」
ガルルルと子犬が威嚇するかのような態度を取る幼女先生を理事長はさらりと受け流している。誰にでも相性というものがあるらしい。
「アヤト?」
不意に聞こえた聴き慣れた声に気づいて振り返るとそこには修練中だったのか、軽装のマリウスと…
「マリウスに、後ろにいるのはメビウス…か?」
マリウスにひしっとしがみつくような格好でこちらを覗いているメビウスがそこにはいた。
二人の距離感を見るとこの三週間で随分と仲良くなったようだ。
「……誰?」
メビウスは知らない人を警戒するような眼差しでこちらを終始伺っている。
流石に数回会っただけなので三週間も経って忘れられてしまったようだ。同じクラスなんだけどな…
「私たちと同じクラスのアヤト=アーウェルンですよ。ついでに言うと私の無二の友です」
「……そう……」
そこで初めてメビウスはマリウスから離れておれの元へと歩み寄ってくる。
「よろし…」
折角なので手を伸ばして握手でもしようかと思っていたら、代わりに首元に冷たい刃物を突きつけられたのを間一髪で躱した。
「く?!」
「…………ふんす………マリウスはスレアの下僕……いい?」
「…了解した」
どういうことかとマリウスの方に視線を向けると本人も困り切った表情をしていた。
仕方ないので魔力を繋いで念話をする。
(マリウス、おれが居ない間に何があったんだよ?)
(…結果だけお伝えしますと、見事に懐かれてしまいました)
(下僕って呼ばれてたけど?)
(自分のものだってことを彼女なりに表現したのでしょうね)
(……おれのこと無二の友とか紹介すればこうなること予想してただろ……)
(私は信じていましたよアヤト)
(そんな信頼くそ食らえだな)
「む……内緒話……禁止」
-スパン…ブチッ……
「「!」」
メビウスが自身の得物を空中で振るうとおれとマリウスの念話が強制遮断された。
魔力を断ち切る短剣…いや、メビウス本人の術が付与されているのか。魔力回路の脆い部分のみを的確に狙って効力を打ち消したようだ。
第一階級に”英霊の世代”の一人とあって見た目とは裏腹にこの子も術者として完成度が高い。当の本人は除け者にされたことに怒り心頭で今はただの子供にしか見えないが…
「おーい、君ら儂のこと忘れておらんかのう?」
「あ…」
「全く最近の若い奴らは礼儀がなっとらんわい」
「そういえば…アヤトと理事長、それにドーラ先生までどうしてこちらに?」
この組み合わせを素直に不思議に思ったであろうマリウスがそう問いかける。メビウスは再びマリウスの背後に隠れていた。
「そこのジジイがアーウェルンと決闘をしたいんだとさ。そのためにわざわざこんなところまで来たってわけさ」
「理事長が…?」
「お主はモードラン家の倅じゃったな。確か序列4位の『黒陽』であったと記憶しておるが…」
「はい、今は亡き父君に代わりまして私が当主を務めております」
「そうかそうか。お主の父親は五侯貴族の中でも良い意味で貴族らしくなかった。まさか病に倒れて儂より先に逝ってしまうとは…」
「お心遣い感謝します」
「うむ、何かあれば頼るが良い。儂にできる範囲で応えよう」
マリウスとの話は終わったとばかりに理事長はおれの方へと向き直る。マリウスの後ろにいたメビウスにも話しかけようとしていたが、おれより強い警戒心を持たれたのかすっかり隠れ切ってしまった。
その様子に少し傷ついたのか理事長の背中がシュンとなっている。
「さてアーウェルンよ、では早速始めようぞ」
「そうですね」
「はいはい、じゃあそこの二人には悪いけど一旦場所を空けて欲しい。この決闘が終わったらすぐに撤収するからそれまで観戦でもしていてくれ」
「承知しました」
「マリウスが…いいなら…」
幼女先生の注意を受けてマリウスとメビウスが競技場のフロアから観客席へと移動しようとするが、その最中マリウスが理事長とすれ違いざまに何かを呟き、それを受けて理事長がひどく驚いた顔をしていた。
二言三言話しているようだが、マリウスのやつが傍らにいるメビウスに内容が聞こえないよう傍受を防ぐ魔法を使ったため、おれもその内容を聞き取れない。
一体何を話しているのであろうか。
会話を終えるとマリウスは詰め寄るメビウスをいなしながら再び歩き出して観客席へと向かい、理事長は平静をとりもどしてこちらへと向き直る。
「準備は良いか?アーウェルンよ」
「それはこっちのセリフだ。何を話してたんだ?」
「そのうち分かるであろう…『決闘・調印』」
何もペナルティが課されていない決闘書に魔力で調印する。
決闘が開始された瞬間、理事長は服の内から一本の杖を取り出しコンコンと床を軽く叩く。
入学式の時にも使われていた格式高く強い力を秘めていそうな杖だ。
「『地よ 我が意に従い 敵を囲め <円牢>』」
おれの周囲の地面から針山が環状にせり出し四方をあっという間に遮られる。逃げ場としては頭上しかない。
(?…相手が疲弊していない段階で閉じ込めるなんて悪手じゃないか?)
しかもすぐに追撃を仕掛ける気配もない。頭上だけ開いているところを考えると誘っているのだろうか?
「まあいっか…『風よ 纏われ <疾風> <充填:30%>』」
全長数十メートルはあるであろう石の牢獄を壁蹴りで素早く登り脱出を試みる。けれども予想通りと言うべきかそんな逃げ道を相手が用意しているはずもなく、頭上には大量の水の塊が用意された。
「『水よ 我が意に従い 敵をねじり伏せ <流渦>』」
「二属性持ちか…『風よ 我が意に従い 敵を穿て <風刃> <充填:50%>』」
咄嗟に石の壁に向けて風の刃ーー<風刃>を放って抜け道を作り、恐ろしい勢いで襲いかかってくる激流をすんでのところで躱す。
「『火よ 我が意に従い 敵を焼き落とせ <焔矛> <六連>』」
「マジか…」
まさかの三属性持ちである。
逃げ出した先では既に六つの<焔矛>がおれに照準を向けて待ち構えており、大きな動きを取れない空中にて絶妙のタイミングで撃ち出される。
「ーッ…『風よ 集え <風弾>』」
オリジナルの発動句を使う間もなく、十指の先に風の塊を展開して炎の矛を最小限の動きで逸らしていく。
この場面で防戦一方になってはいけない。その本能的感覚に従い、かすり傷を負いながらも全ての矛を防ぎ切った後に<風弾>全十発を理事長に向けて撃ち出す。
「いないっ…?!」
瞬き前までは確実にそこにいた老人の姿が今は見る影もない。撃ち出した<風弾>は床を抉るのみで対象を捉えてはいない。
「アヤト!上です!」
魔力感知にもかからない理事長の居場所を知らせてくれたのは観客席にいたマリウスの声であった。
慌てて上を向くとそこには上級魔法の構築を済ませた理事長の姿が目に映る。
「やべっ…」
「『風よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を打ち砕け <暴槌>』」
「<風壁>ッ!」
広範囲の攻撃に加えて逃げ場のない空中。咄嗟に無詠唱で<風壁>を展開すれど受けきれない。
(四属性持ちっ……それにこの威力ーー完全に実力を見誤った…!)
床に強烈な勢いで打ちつけられながらそんなことを考える。
理事長から事前に感じ取れた魔力の質は洗練されてはいたが、正直それなりのものでしかなかった。
手を抜いてこちらの手札を開示せずとも十分勝てる。
迂闊であった。年を経た術者ほど恐ろしい。相手に読ませる実力を操作することなど容易いものであっただろうに。
「アーウェルンよ、このまま本気を出さぬのならば死を覚悟するがよいぞ…『対英雄術式ヶ拾壱 黄金の林檎:<天空落とし>』」
脳がその式句を理解した途端、ゾクリと恐怖を感じ取った。
「おいおい…嘘だろ…」
空が…いや、宇宙が落ちてくる。
視界の先にあるのはいつか現実世界でみた銀河そのもの。それがただ一人の人間を押しつぶすためだけに容赦無く降り落ちてくる。
この術式はダメだ…。いくら半竜人の丈夫な身体といえど、これを生身で受けて無事でいられるはずがない。
「『銀月の白臨刀:<絶刀>』ッ!!!」
自らの魂に強く呼び掛け、今までで最高の強度を誇る白臨刀を顕現させる。
仰向けの状態から起き上がって素早く構えを取り、降り落ちてきた天空を斬撃で食い止める。
逃げ場はない。
これを今斬り伏せることでしか切り抜ける道は残されていない。
「はあああぁっっっ!!!!!」
天空と白銀の刃が交わり、拮抗しているのか青白い火花が激しく飛び散る。否、拮抗しているように見えるが徐々にこちらが押し負けている。
「くっ…ぐぎぎぃぃぃ………」
「この後に及んでまだ出し惜しみとは…呆れたワ『対英雄術式ヶ拾弐 地獄の番犬:<冥界>』」
二度目の本能的恐怖。
途端に足元が闇で覆われてズブズブと呑みこまれていく。ここに来てさらに別の大技とか勘弁してほしい。
(アヤト………アヤト!)
(マリウスかっ…悪いけど念話に意識を割いてる余裕はねえぞ!)
(そのことですが、竜魔法を使ってください)
(?!…ここでおれが竜人だってことがバレたらダメだったんじゃないか?!)
(使わずに済めばそれでよかったのですが、正直厳しいでしょう?)
(………そりゃ厳しいけどっ)
(心配無用です。あとは…)
-スパン…ブチッ……
メビウスのやつ〜〜〜!!!また念話の途中で魔力繋がりを切りやがったな!最後まで理由を聞けなかったじゃねえか。
どうする?
理事長の『対英雄術式』は普通の魔法じゃ最早対処できないレベルの術だしこのまま何もしなければ負けるのは確定。
だからと言って竜魔法を大っぴらに使うのは………それに竜魔法は威力のコントロールも難しい。誤って理事長を殺すことにでもなったら………
ええい!なるがままだ!
「『始竜よ 其の貴き姿を 彼の威光溢れる御身を 今ここに一部再編せん <部分竜化>』ッ!」
身体の一部が白銀の粒子で包まれてそこが竜の身体へと置き換わっていく。圧倒的な膂力で宇宙を真っ二つに断ち、床に刀を突き立てて覆われた闇をもろとも吹き飛ばす。
ここまで僅か一秒足らず。瞬時に<部分竜化>を解除して次の手を繰り出す。
「『風よ 纏われ <疾風> <充填:200%>』」
人としての範疇で出し惜しみはしない。今の自分ができる全力で持って理事長を負かすことにしよう。
音速に迫る勢いで石の壁を駆け抜け、頂上で見下ろしている黒髪の女性へと肉薄する。
「『風よ 纏われ <疾風>』」
流石におれより受けている加速の度合いは劣るようだが、それでも何故か振るう刀は手持ちの杖によって難なく捌き切られている。
四属性持ち。圧倒的なまでにハイレベルな魔法構築に行使。そして思い出した。対英雄に特化した術式を扱う奇怪な術者などこの世に一人しかいないことを。
「初めまして、賢者様」
老人という化けの皮が剥がれた理事長もとい、端麗で妙齢の女性の姿を露わにした賢者におれはそう語りかける。
「アラ、小さい頃だったカラ忘れちゃったかしら?久しぶりネ、孫弟子さん」
正体がバレたことなど微塵も気にしていない…というより本来の姿を晒すということは織り込み済みだったか。
「なぜあなたがここに?」
「それは今聞くべきコト?」
さらに一歩踏み込んで斬りかかろうとしてもコン、コンと小気味よい音を鳴らしながら受け止めいなされる。杖術ってやつか。
「『風よ 我が意に従い 敵を穿て <風刃> <掌握>』」
「あら怖いコト…『火よ 我が意に従い 敵を灰塵と化せ <煉獄> <固定>』」
おれが呪文を唱えた隙に賢者は数歩距離をとって去り際に動き続ける青い炎を空中に残していく。炎が楕円を描きながらとどまり続けることでこちらは思うように動けない。
「その躊躇いは無くしましょうネ…『火よ 我が意に従い 敵を焦がし尽くせ <廻炎> <七連>』」
即興の炎の檻の合間をすり抜けて火炎がおれに襲いかかる。
「『風よ 阻め <風壁>』」
「そうヨネ、でもそれだと後ろがガラ空き…『地よ 潰せ <石柱>』」
「ーッ!」
前後左右上下の六方向全ての逃げ場が塞がれている。
ならば石柱を正面から受け止めるしかない。
「ぐっ…」
「まだまだ行くワヨ…『地よ 圧えろ <重楔>』」
「ぐぎぎぎ…」
上空から課せられた重力場により更におれの動きが制限されていく。
何だ?何なんだこれは?
おれの基本的な戦闘スタイルは近接型の魔法剣士。
先ほどの<七連>といった通常の発動句が使えないため、どうしても遠距離や中距離の手数が劣るが故に風魔法の補助を受けた高速戦闘を主軸としている。
にも関わらず、賢者(彼女)との戦闘では一度しか接近戦をできていない。それもたった数回打ち合った程度。
あとはこちらの動きが読まれているかのように追い込まれていくばかり…
どうやら普通の魔法戦闘では賢者の方に軍配があがるようだ。
「ほらほら、そろそろ自分の弱点に気づいたラ?」
足掻けど足掻けど一向に勝機を見出すことができない。
こうも追い込まれているのは賢者がいうおれの弱点とやらのせいなのだろうか?
その弱点とやらに心当たりがないわけでもないが…
「『風よ 渦巻け <旋風> <充填:300%>』」
全力全開の風魔法。発動句<充填>の限界許容範囲であり、通常の三倍もの魔力を消費するため連発はできないが、賢者相手なら使うに値するだろう。
おれの動きを制限していた魔法を、自分を起点とした嵐の如き暴風で根こそぎ術式ごと吹き飛ばし、相手の優位性を全て崩して五分五分にリセットする。
「……頑なネ、自分の愚かさに気づいているのカナ?」
「気づいた上で受け入れている、と言ったら?」
「そ、傲慢ネ。それはいつか自分の身を滅ぼすワヨ」
「ならその結果も受け入れるさ」
「口だけなら何とでも言えるワ」
賢者の言うおれの弱点とはとどのつまり、竜魔法(全力)を賢者への攻撃に向けないことなのだろう。賢者はおれの戦力を冷静に分析した上で、普通の魔法では対応が難しく、竜魔法を使わざるを得ない状況へと追い込むように戦っていた。
だがおれは明確な敵でない相手を攻撃するのに竜魔法を使わない。そう自分の中で決めているのだ。
あれは強大すぎる力故に普通の魔法と違って手加減が難しく、一歩間違えれば相手を殺してしまう。
こんな茶番(訓練)に軽々しく使えるわけがない。
五分五分の状態に戻したところで再び刀と杖を交える。
距離は取らせない。その隙も与えない。相手の行動を思い通りの方向に制限するだけの小技を放つくらいなら手数の少ない今のおれにもできる。
天使と悪魔を除くのならまず間違いなくこの相手(賢者)はこの世界の最高峰だ。盗める技は根こそぎ盗んで、自分の型へと落とし込んでいこう。
「『風よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を打ち砕け <暴槌>』」
「『水よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を呑み滅ぼせ <烈波>』」
吹き荒れる暴風の塊と荒れ狂う水の奔流が正面衝突する。辺りに撒き散らされる余波が競技場全体を揺らし、ヒビをいれていくが知ったことではない。
強者との戦いで伸び続ける自分の才能を実感する高揚感で今のおれはそれどころではない。
「竜魔法を使わなくてモ、ここまでできるのネ」
「おれの風魔法の師匠はウェル姉だ。当然だろ」
「そうネ。なら老婆心ながらにもう一つダケ」
背後に回られた気配を感じ取り、瞬時に腰を落として左手の五指に<風弾>を携えた上で振り向き様に刀を下から切り上げるように振るう。
が、その刀は途中で止められた。否、自分の手で止めてしまった。
「っ…何のつもりだ…?」
「ほら、やっぱりアナタは危ういワ」
目の前に立ちはだかる賢者の姿、声、纏う雰囲気、滲み出る優しさはもう二度と見ることも聞くこともできないと思っていた記憶の中のウェル姉そのものだった。
幻影だと分かっている。
脳は違うとハッキリ理解している。
けれども無造作に、隙だらけのまま顔の正面に掲げられた右手におれは反応することができず、もろに賢者の魔法をくらってしまった。
「『<暴槌>』」
無詠唱とはいえ真面にくらい、さらには受け身も取ることができず、<石牢>の頂上から地面へと勢いよく叩きつけられた。
「がっ……」
(あー…これ何本か骨逝ったな…)
依然としてウェル姉の姿のまま、舞い降りてくる賢者におれは戦意を失っていた。力量に差があるわけではない。それこそ敵と認識して戦うことがあったのならばまず負けるはずがない。
けれども、今の自分を貫くのならばもう二度と賢者には手を出せない。
「これでも愚かさは認めナイ?」
「………」
「自分の答えを変える気はナイ?」
「………」
「答える気がないナラ、行動で示してネ」
おれの信条に間違いはない。その信条をおれ個人が人として正しいものだと肯定できてしまうから。
どんな時にも前を向いて歩き、障害となる敵は全力を持って排除する。
目の届く範囲で救いを求められ、それに応えられる力が自分にあるのなら全力で応える。
そして大切な人は二度と傷つけない、傷つけさせない。
たとえそれが贋物であったとしても。
「じゃあ、答え合わせネ…『火よ その原初の名の下に 我が意の先で 遍く敵を喰らい落とせ <鳳霊>』」
苛烈な勢いでおれの身を焼き尽くさんと火の鳥が迫ってくる。いつかわざと身に受けたアルゴノートの<鳳霊>とは桁違いの規模だ。
けれどおれはこの攻撃を避けることも防ぐこともせず、ただ茫然と受け入れていた。
「そう、過ちを身に刻みなさいナ」
火の鳥はおれの身体に喰らいつき、さらに勢いを増す炎で全身を焼いていった。
炎に包まれていく中、おれは考えていた。この人はたとえ味方であっても、どんなに自分にとって大切な存在であっても、必要とあらば躊躇なく殺すのだろうと。
その佇まいは紛うことなき戦士のそれだ。
だから今のおれではこの人に敵わない。
けれど、その生き方はとても憐れで悲しいものだと、そう感じずにはいられなかった。




