表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/91

84 前世界線 2026年春

翌日……

重い身体を引きずるよう私は会社に向かった。やはりというか、[彼]は私を見逃すことはなかった。朝、早速私に話しかけてきたのだ。


「ものすごく偶然だね。奇跡としか思えないよ」


「……」


「上司を無視って有り得なくないか吉沢。あ、今は佐伯か。旦那ってまさか、高校の時の佐伯なのか?よく憶えてるよ」


「始業時間になりますので……」


黛の言葉を無視して、私は自席に向かった。


やっぱり本人だった……

暗く、重苦しい空気が私にまとわりつく。

若気の至りでは片付けられない私の罪が、時間を超えて清算しろと肩を叩いてきたのかもしれない。


私はまた、あの時と同じような恐怖と不安の中、過ごさなければならないのか……




そして、

黛が異動してきて、1ヶ月ほど経ったけど、その間、意外にも特に何かをされるということはなかった。

やっぱり逮捕されたことがこたえたのかな……


しかし、 

そんな私の楽観的な考えを打ち砕くように、それは来た……







あれ、スマホ……スマホどこやった?

さっきまでいた給湯室に置いてきちゃったかな。


給湯室に戻ると、黛がコーヒーを淹れているところだった。


あまり関わりたくないし、2人きりにもなりたくない。


スマホは後で探そうかな……

無言でその場を去ろうとした時、


「これ?探し物は」


黛が私のスマホを持っている……


「返してくれませんか……」


「僕が見つけたんだよ。お礼くらい言えないもんかね」


気持ち悪い……恩着せがましく


「すみません、ありがとうございます」


受け取ろうと手を伸ばしたら、


ヒョイ


私のスマホを遠ざけた。


「不用心だねぇ。君のスマホのセキュリティ、ガバガバだよ?なになに……LINEでよく連絡取るのは、依知佳ちゃんに翔太郎……娘と旦那かな?学校も多いな」


「返して!」


「うるさいな。ほら、どうぞ」


ポイと投げ捨てるように私のスマホを投げ渡した。

何を考えているんだこの男は!

いや、昔もそうだった。この男のことは理解できるはずない。


「それにしても、今の小学生はスマホを持つの当たり前なんだね」


そう言って、今度は自分のスマホをいじり出す黛。

何が言いたい……


「君、LINEのアイコンを娘の写真にするのは感心しないよ。防犯的にも良くないって言われているだろう?」


「勝手に私のアカウント登録したの?!」


「一応、僕の部下だからね。どれどれ、おぉ、依知佳ちゃんのアイコンは犬のぬいぐるみかぁ」


「娘のまで?!何考えてるのよ!」


帰ったらすぐにブロックかけなきゃ!


「ブロックなんかしないでよ?そんなことしたら、ショックで手元が狂って……」


そう言いながら、黛は自分のスマホを少しいじり画面を私に向けて、


それが再生された――


それは、20年前の


私と、この男との情事


「20年前にしては綺麗な画質だろ?これを見たら娘さんどう思うかなぁ」


「!!……や、やめて!消してよ!そんなの!」


「ブロックなんかしたら、君の旦那に送ってしまうかも。いや、君の親かもしれないな」


スマホを置き忘れただけなのに

いや、この男は、ずっと狙ってたんだ。

私が隙を作るところを!


私の心は20年前の時と同じように、再び暗くて重苦しい色に染まっていった。


思考が鈍り何も考えられない


もう、この時、私は正常な判断なんかできる状態じゃなくなっていた……


「何が……目的なの……」


「僕の望みはただ一つ。20年前のように、君と素敵な侍従関係に戻ることさ」


「そんなの、ただの逆恨みじゃない……」


「逆恨みだろうが何だろうが好きに思うといいさ。君は僕から全てを奪った。周囲からの信頼も大好きだった仕事も!おかげでこの20年泥水をすするような思いをしてきた。今度は僕が君から奪う番さ……」


「……あなたはまともな人間じゃない。狂ってる!」


「狂ってない人間の方が少ないだろ。ああ、今回ばかりは神様に感謝せずにはいられないよ!こんな奇跡をプレゼントしてくれるなんて!」





――それから


またもや無言の脅迫の中、高校生のあの時をなぞるように、私はまた[彼]との関係を再開させてしまった……









「夫と別れろよ」


「な、何を言ってるの?!」


土曜日

仕事は休みなのに、黛に強引に呼び出されて、こうして2人で過ごしている。

もう、逆らうとか、抵抗するとか、そういった思考には至らなくなっていた。

ただただ、目の前の恐怖と不安を取り除きたいがための、その場しのぎのための行動……


「あれほど憎くて仕方がなかった君を、夢にまでいた君をこうして再び抱けるようになって、喜びに満たされていたら、気付いたんだ。僕は君のことを愛しているんだと」


「そ、そんなの……やめてよ!」


「もう正式に僕のモノになれ。ここまで堕ちたんだ。僕しか拾ってあげられない」


「そうなったのはあなたのせいでしょ?!」


「最終的に、この関係になったのは君の判断だ」


確かにそう、でもそれは、あの映像で強請ってきて、私もあの頃と同じように、何も考えられなくなってしまった。

関係を再開させるしか、選択肢がないと思ったからなのに


「無理です。絶対に」


「そうかな?君は近いうちに離婚を切り出すような気がするな」


「……どういう意味?」


「僕の頑張りがパパに認められてね。ほら、僕のパパいま市議会議員をしているだろ?君の旦那が勤務している市役所の。だからちょっと口添えしたらさ、君の旦那の人事異動について進言してやる、だってさ。きっと()()()()()に異動できるよ。それはもう家庭を顧みないほどにね」





その時はハッタリだと思っていた。いち市議会議員がただの係長の人事権を操作できるわけない、そう思っていた。


でも、4月になり[彼]の予言は的中してしまった。夫は平日はもちろん、土日も出勤するほど忙しくなってしまったのだ。


たまにしか顔を合わせない日々……後ろめたさもあって、私は夫を意図的に避けるようになっていた。希薄な関係がさらに希薄になっていった……






「もう一度言う。夫と別れろ」


「それだけは……無理です」


その日、私たちは午後仕事を休み、情事を重ねていた。まともな判断ができなくなっていた私は、この男の要求に逆らうこともできず、私たちのマンション()で……しかも合鍵まで渡すことになってしまっていた。


「素直になりなよ。本当はもう夫婦関係は破綻しているんだろ?大事な依知佳ちゃんのためにもさ。ちゃんと学校行けるようになったって、嬉しそうに職場のおばちゃんたちにも話してたじゃないか。そんな大事な娘、何かあったら嫌だよね?」


「娘に何かしたらタダじゃおかない……」


「不倫をしておいて今さら母親面ができるなんて図太いねぇ。依知佳ちゃんについては君のこれからの言動次第だよ」


全てはこの男のせいだとも理解しているけど、選択をしたのは私自身なんだ。私は、妻であることも依知佳の母親であることも、その資格などとっくに失っている。


最低で最悪なクズ人間なのは私も同じなんだ……


ヴヴヴッ


電話だ……


スマホを取ると、学校からだった。


「依知佳が……事故……」

お読みくださりありがとうございます!

良い点悪い点、何でもよいのですが感想をいただけると今度の作話の励みになります。

これからもどうぞよろしくお願いします^_^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ