82 運命の生贄
「……いいわよ。見せて」
「本当にいいんですか?」
瑞穂が眠る病室で、今回の趣旨を説明したら、お義母さんは迷う素振りも見せずにそんなことを言ってきた。
その日、永瀬さんが録画したデータをお義母さんに見せるため3人で病院に来ていた。
俺は悩みに悩んだ。本当にあの動画を見せるべきなのかを。
少し時間はかかってしまったが、3人で何度も話し合った結果、お義母さんに動画を見せることになったのだ。
「それが黛ってクソ野郎を追い込む一手になるかもしれないんでしょ?」
言葉ッ……まぁ間違ってないんだけどさ。
「……俺は……本音を言うと、見せたくないです……」
「翔太郎くん……」
永瀬さんも、ああ言っていたけど、やはり戸惑っている。さすがにこの状況だ。引け目を感じてきているようだった。
それに、この映像を見せるからには、瑞穂と黛の関係性も説明しなければならなかった。
少なからず瑞穂にも瑕疵はあるだろう。それは分かっているんだけど、こうやって横たわる瑞穂を、説明以上に悪く言うことはどうしてもできなかった。瑞穂としても母親に知られることは本意ではないはず。
だから
それが何より辛かった……
お義母さんは、永瀬さんからデジカメを受け取り、その場で見始めた。横に瑞穂もいるんだけどな……
「……ありがとう」
そう言って、お義母さんはカメラを永瀬さんに返した。
俺たちは何も言葉を発することができなかった。
お義母さんからは暗い怒りの色が見えた。
黛への怒りというより、自分自身へ向けられた怒りのようだった。
「母親失格ね……娘がこんなになるまで、何も気付かないなんて……」
「そんなことないです!そんな……」
気持ちが揺らぐ
こうなることは予想できたはずなのに……
「あなたたちも辛かったよね。こんな娘のせいでいろいろ背負わせちゃって。本当にごめんね。あとは、私が引き継ぐから……」
「あ、あのッ!ウチも手伝います!何ができるか分からないけど、何でも言ってください!」
「うん、ありがとね美羽ちゃん。その時はよろしくね」
――
その後、
お義母さんから連絡があり、無事に被害届が受理されたこのことだった。
時間はかかったし、たくさん迷って、たくさん悩んだけど、これで、あの男を追い詰めることができれば……!
*
その日、俺はなんとなくひとりになりたくて校舎の裏にあるベンチにやって来た。
しかし……先客か。誰かがすでに座って昼食をとっていた。
あれ?
あれは……
「和泉さん……」
ベンチ座るその少女は、俺の言葉に反応してゆっくり視線を俺に向けた。
「きみ……その顔……」
和泉さんは左目上にガーゼを貼り付けていて、よく見ると口の横にはこの位置からでも分かるくらいの痣が見えた。
和泉さんは特に動揺することなく、顎にずらしていたマスクを口元に戻した。
「なんでしょうか……」
「どうしたんだ、その顔」
「先輩には関係ありませんよね」
「でも、どう考えたって普通じゃないだろ……」
それを聞くと、和泉さんは飲んでいた紙パックジュースを握りつぶした。
相変わらず感情が読めない。怪我だけでなく、この前、警察署で見た時よりも酷い顔をしている。
父親に何か言われたのか?
父親……
警察署の時の和泉さんの目……
空き教室に呼び出した、あの時の言葉……
あの日、永瀬さんが家族のことを少し出しただけで、和泉さんは声を荒げた……
まさか……もしかして
和泉さんの闇って……
そんなウソだろ……
「父親からなのか?その傷……」
立ち去ろうとした和泉さんは、わずかに身体をこわばらせた。
「だったら何だって言うんですか」
肯定も否定もしない。
「黛にすがる理由は、それだったのか……」
「それなら先輩が私も救ってくれますか?他の被害者のように」
「それは……」
言葉は続かなかった。かける言葉なんか、ないよ。
ただ、やるせない……残酷すぎる……
言葉に詰まる俺を一瞥すると、和泉さんは俺の横を通り抜けた。
「待ってくれ!本当にきみはそれでいいのか?!耐え続けるだけなのか?!」
SOSを出ことを簡単に判断なんかできないけど、支援の手は意外と身近にあったりする。公だろうと民間だろうと。仕事の関係で何度もそういった場面を俺は見てきたんだ。
俺の言葉で立ち止まる和泉さん。
フッと笑みを浮かべて、
「先輩は本当に優しいんですね。その優しさは特別な人だけに向けてあげてください……」
それだけ残し、和泉さんは去って行った。
現世界線、救われるべき人物
救うことはできなかった
和泉さんだけ……
運命はいつだって残酷だ。それは分かっている。
その運命に、和泉さんは贄とされたんだ。
そうでなければ、こんなこと誰も望んだりしないだろう……?
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