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69 運命ってヤツは

冷静じゃいられなかった。

この後、声の主をブッ飛ばして高校に行けなくなろうが、俺がどうなろうが全く考えなかった。


でも、カーテンを開けたその中にいたのは……


「嘘だろ……」

  






(マユズミ)先生……?」


先生は目を丸くし驚いた表情で俺たちを見た。


「もしかして……僕の会話、聞こえてた?」


どういうことだ……

なんでだ……

なぜ黛先生が……?


ということは


黛先生が、瑞穂の言っていた[彼]……?


でも、確かに、瑞穂はもともと知っている人物のように話していたし……

駄目だ……頭が働かない……

 

数秒の沈黙――


それを破ったのは永瀬さんだった。


「どういう意味ですか黛先生……新しい子を見つけた?おもちゃは一つで十分?瑞穂のことを弄んでたのは先生だったの……?」


ストレートに聞いた!


どうする……


黛先生が[彼]だったら、俺たちだってどんな影響があるか分からない。

いや、俺は男だからいい。

永瀬さんや峰岸さんが標的になったら……

それだけじゃない。教師という立場を使って、俺たちをどうこうするのなんて容易いのではないだろうか……


「質問が多いな。できれば一つずつがいいんだけど。でも、そうかぁ……君たちは僕と吉沢との関係を知ってるんだ……そうか……それはマズいな……」


空気が変わるのが分かった。

黛先生は片手で顔面を覆い、ブツブツを独り言を言い始めた。



最悪だ。

マジで最悪だ!


何で……何でだよ先生!!



でも、今は感傷に浸っている場合じゃない。

少なくともここにいる3人は守らないと……


「先生……俺たちは、その……詳しくはよく分からないんですが、吉沢さんが誰かと付き合っていたかもしれないってことは、薄々分かっていたんです……」


俺の言葉で黛は先ほどの邪悪な表情を一度引っ込めたようだ。そして、俺の話を聞く体勢になった。


「その人から酷い振られ方をしたって言うのは吉沢さんから聞かされていたし。でも、先生、教師と生徒がそういった関係になるなんて良くないってことは、さすがに俺にでも分かります。でも、すみません……こんなプライベートなこと、こんな場所で言うべきじゃないんだろうけど……えと、その、つまり……」


こんな状況、慣れているはずだろ、俺!

考えろ……!

ここをなんとか凌ぐ言葉を!


「ふん、そんなことを吉沢は君たちに話していたのか……」


黛はチラリと瑞穂を見て……

左手をその白く細い首に当てた。


しまった……間違えたか

黛はさほど背丈が高い方じゃない。でもおそらく平均的な成人男性の手の大きさだろう。


黛は指を瑞穂の首に絡めた。


「まぁ……僕は高校教師として、それなりの信頼を集めてきたつもりだよ。校長からも信頼されているし、評価査定も高い。今だに卒業した生徒や保護者からも連絡があったりするからね」


そう言って、黛は瑞穂の首を絞めるような仕草をして、勝ち誇ったかのような笑みを俺たちに向けた。


「困るんだよ……これまで苦労して築いてきたんだ。君たちのようなガキに少しでも阻害されるようことがあったら……分かるよね?」


そう言って黛は瑞穂の首にかけた指をピクリと動かした。


「脅し……ですか?」


「まぁ、どうとでも。細くなったもんだよね、この首も。それにこの辺の医療機器だってそうだ。ちょっと誤作動を起こしたら、どうなるか誰だって簡単に想像できる」


ニヤリと不適な笑みを浮かべながら黛は言った。

こいつなら本当にやりかねない……


「分かりました……」


俺の返答を聞くと、黛はスッと手を瑞穂の首から離した。

俺の心臓はドクドクと鳴り痛いくらいに脈を打っていた。


「俺たちは高校生です。何もかも力が足りない未成年です……でも今、この場は先生がイニシアチブを握っていることぐらい理解しています」


呼吸を整えて言葉を慎重に選ばなくては。


「ふむ……続けて」


「だから……俺たちは何も聞かなかったことにします。だから……」


冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「吉沢さんに今後、近づかないでもらえますか……?もちろんこの2人にも……それでここは収めてくれないでしょうか。友達が傷つくのは、もう、見たくないんです……」


黛は鋭い視線を俺に向けた。

今、目の前のこの男の視線には俺でも分かるほどに殺気が込められている。


俺は不覚にも、たじろいでしまった。

俺の目に、恐怖を感じ取ったのか、黛は、フッと鼻で笑った。


「佐伯、キミ、やっぱり1年生の時とぜんぜん雰囲気が違うねぇ。なんか、使命を帯びた男の顔だ」


そう言って黛はケタケタと笑った。


「ちょっと!翔太郎くん、本当にそれでいいの?!瑞穂ンのこと、あんなふうにされて!」


「美羽……」


永瀬さんは納得いってないらしい。

気持ちは分かるけど、今ここで俺たちに何ができるというんだ。

峰岸さんも言葉には出していないが、悔しそうに拳を握りしめている。


「あ、そうかぁ分かったぞ!吉沢の言っていた『好きな人』っていうのは佐伯のことか!」


そう黛は楽しげに言いながら俺を指さした。

そして、横たわる瑞穂の布団を剥がし……


「吉沢はね、今はこんな細い身体つきになってしまったけど」


再び片手を伸ばし、無抵抗な瑞穂の胸を鷲掴みにした――


「高校生らしからぬ、イヤらしい身体をしていてね。僕もずいぶん楽しませてもらったよ」


「やめて……ください」


「嫌がる女の子を無理やり犯すのは最ッ高に燃えるよな!君も男なら分かるだろう?」


言葉に詰まる俺の反応を楽しんでいるかのように黛は瑞穂の身体を弄ぶ。


こんなことになるなんて……俺の心は怒りよりも悲しみの方が大きくなっていた。

俺は黛のこと、一人の教師として見ていた。

黛が言うとおり信頼していたんだ。

なのに……どうして……あんたなんだ……!



「僕のお下がりでいいなら、どうぞ?キミにあげるよ」

 

「いい加減に……!」


「ダメだ!」


意外にも黛に向かって拳を振り上げたのは、峰岸さんだった。

それを俺が必死で止める。これ以上はもうこの2人も怒りが抑えることが限界だ……


「佐伯、キミは本当に賢い人間だ。自分の立場も僕の立場も、よぉぉく理解している。ここで僕の不利益になるようなことをしたら何が起きるか、ちゃんと想像できている」


ああ、そうさ。ちゃんと理解している。

生徒からも他の教師からも信頼が厚い黛が()()()()()をしているなんて誰も信じたりしないだろう。


「はい、理解しています。俺たちは何も聞いていないし何もできない……」


「うん、それが正解だ。次の試験は君たちは何らかの形で融通してあげよう!」


いつものような爽やかな笑顔でそう言う黛。

それが返って不気味で仕方なかった。


「じゃあ僕はこれで失礼するよ。くれぐれも約束は守ってくれよ。病室じゃなくて霊安室で吉沢に会いたくはないだろう?」


さらっと恐ろしいことを言う黛。冗談とは思えない。

そして、ハハハと笑いながら黛は背中を向けて右手を振り病室の出口へ向かった。


悔しい……

何もできない自分に対しても

ただ、この卑劣な人間の背中を見ることしかできないなんて……





その時だった――


視界に入っていたものが


俺の目を釘付けにした――





ドクンッ



「何でよ?!何であんなヤツの言いなりになるのよ!」



ドクンッ!



「やめて!美羽!佐伯は私たちのこと思って言ったんだよ?!」



ドクンッ!!



「ねぇ翔太郎くん、本当にこのままでいいの?!瑞穂が辱めを受けて、今も別の子が被害に合ってるかもしれないのに!!」



ドクンッ!!!

 


「……黛は、文化祭の時に火傷を負ったんだ……」


「え、なに?!何て言ったの?」


「その火傷の痕は右手だった……」


「佐伯、しっかりして!あんたは頑張ったよ……私も冷静じゃいられなかった!でもあんたは瑞穂だけじゃなく、私たちも守ってくれた!」


「俺が7階から落ちた時、見たんだ。確かに見たんだ……」


「うぅぅ……瑞穂ン……ごめんね……ごめんね……」


「犯人の右手にあったハート型の火傷を!黛と同じ火傷の痕を!!」


「佐伯……?」


そう。

手を振って去っていった黛の右手の人差し指と親指の間、見間違うはずなんかない。ハートの形をしたあの火傷の痕。


「……前言撤回するよ、峰岸さん、永瀬さん」


「一体どうしたっていうの?」


「やっぱり黛は白日の元に晒す……」


恐怖心からずっと心の奥にしまっておいた。なるべく思い出さないようにと。

でも今、俺を殺した人間に、復讐すべき相手に出会えた。

なぜ前世界線で黛が俺のことを殺したのか分からない。

でも発端はあいつだ。


「フフフ……」


「翔太郎くん……?」


「ハハッ……ハハハハッ!」


こんなことってあるか?

俺の恩人は、瑞穂の仇であり、俺自身の仇でもあったなんて!


本当に運命ってヤツはどうしようもなく残酷だな!

 

お読みくださりありがとうございます!

良い点悪い点、何でもよいのですが感想をいただけると今度の作話の励みになります。

これからもどうぞよろしくお願いします^_^

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