12. 夢幻
青い光の糸を追って辿り着いたのは児童書のコーナーだった。
一段高くそのまま座り込んで本が読めるように敷かれた特別なカーペット。低めの本棚に、大きな絵本や、子供向けに平易な文章と絵が描かれた本、それから少し大人びた分厚い本など、個性豊かな本たちが並んでいる。
ルディアも小さい頃はよくここに座り込んで読書にふけったものだ。両親の腕の中で絵本を読んでもらった記憶もある。ライアンを懐に抱き込んで読み聞かせをしてやったこともあった。
――あのときは途中で泣かれてひどくびっくりして、二人揃って大泣きしたものだっけ。
読み古した本たちを見ていると懐かしい思い出が次々と甦ってきた。
――いつからかしら、ここを訪れなくなったのは……。
過去の幻を噛み締めながら靴を脱ぎ、毛足の短いカーペットに足をつけた。
子供の背丈に合わせて作られた本棚はルディアの腰ほどしかない。小さく首を傾けて本棚を覗きながら、奥へと続く光の糸を手繰る。何だか宝探しのような気分だ。
奥は円形のスペースになっていて、高い天井はドーム形。見上げれば童話の世界を象ったステンドグラスが日光を通してぼうっと光っている。
ぐるりと囲む窓には紫のカーテン。その隙間から真昼の太陽が細く射し込んで、床に映ったステンドグラスの光模様をやんわりと断ち切っている。
ここはいつかのオレオール当主が自分の愛する子どもたちのために設計し増築した部屋なのだそうだ。その名を『子どもの部屋』という。
――ネーミングセンスがね……。
自然と笑みが浮かんだ。愛おしさ半分、苦笑い半分だ。
光の糸が行き着く先は本棚の一角、絵本と厚めの本との隙間だった。
黒々とした隙間に燐光でできた青白い糸がするりと入り込んでいる。
――何かが呼んでいる。
少し前、丸い部屋に入ったあたりから、何か幽かな呼び声が聴こえるような気がしていた。知らない、けれどもどこかとても懐かしいような声。
声を遠くに聴きながら、底無しにも思えるその隙間に細く白い指を差し込んだ。
その瞬間。世界は眩い光に塗り潰され――
―――
……さま、ぇさま、姉さま……!」
きつく閉じていた目を開く。
「ライアン……?」
心配そうにルディアの顔を覗き込んでいるのはライアンだった。
――〝覗き込んでいる〟?
目の前には、木の机。その上には、今しがた片付けたはずの歴史書たちが積まれている。
ルディアは閲覧机に座っているのだ。しかも椅子にもたれかかって眠り込んでいたらしい。
……『子どもの部屋』の本棚の前に立っていたはずなのに。
「もう姉さま、全然目を覚まさないんだから。お昼ごはんの時間ですよ!」
――まさか。
ついライアンの顔を凝視する。
――全て夢だったというの?
「ライアン」
掠れた声で呼びかけると、ライアンはきょとんと首を傾げた。
「今日は何日? 時刻は?」
ライアンが戸惑いながら答えた日付は朝に記憶したのと同じものだった。時刻は正午前。見渡せば図書室の中は夢の中で夢から覚めたときと全く同じ様子だ。
さあっと血の気が引いていく。
すがるような思いで静かなる炎を見つめるけれども、ルディアの青い炎もライアンの金の炎も何も指し示してはくれなかった。ただ陽炎のように揺らめいて天に昇っているばかりだ。
「行きましょう、姉さま」
ライアンがルディアの服を握って急かす。
ルディアはざわつく心を鎮めようと努めながらぎこちなく頷く。
立ち上がって本を抱え上げようとすると、
「あ、ぼく手伝います!」
とライアンが大量の本のうちの一部を持ち上げた。
よろけかけながらも体勢を取り直して歩き出すその背中に、現実逃避をしたがる心は『ライアンもずいぶん頼り甲斐がついてきたものね』などと感心している。
ルディアは半ば放心状態になりながらも本をあるべき場所に戻していく。夢の中で一度したことであるためか、ライアンがいることにひどく違和感を感じた。
袖を引かれるまま扉へ向かう。
ちらりと振り返りながら心の中で呟く。
――必ず戻って確かめないと。
後ろ髪を引かれる思いをしながらも、楽しげに話しかけてくるライアンに笑顔を返す。
あの夢が正夢であることを願いながら、図書室を後にした。
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児童書のコーナーって、なんだかわくわくします。(大人になると入りづらいですが……)




