表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金獅子の復讐  作者: 永杉坂路
【第1章】オレオールの過去
19/21

11. 魔女狩り

朝食の席を辞して自室に下がると、ルディアはソファに深く沈み込んで息を吐いた。


目を閉じて耳を澄ます。窓越しの朝の気配に混じる騒がしい空気。

まだ司書の転落死の片付けが終わっていないのだろう。


――私が図書室で話そうなんて言ったから……


司書は運悪く全てを目撃してしまったのかもしれない。

そしてそのことに気付いたアーレンの手によって、殺された。……のかもしれない。


ルディアが幼い頃から――下手をすれば生まれる前から――このオレオールの図書室に勤めていた司書。

そこにいて当たり前の存在で、いなくなるなんて考えたこともなかった。

一昨日だって面白い小説を勧めてくれて、礼を言うとはにかんで笑っていたのに。

(アーレンを殴ろうと決心したのは彼女が勧めてくれた小説のおかげだ。)


実感がまるで湧かない。


――殺されたのなら。


その事実を、この目で確かめなければ。

真相を解き明かそうとは思わない。ただ、司書の死を心に刻みつけなければならない。

それに図書室で調べたいこともある。


目を薄く開けて、顔の前に右手をかざした。

朝の光の中でもわかる。青く揺らめく静かな炎。

それはルディアの全身を柔らかく包んで、白い天井をも突き抜けて天まで上っているようだ。

……父や母がいるという天国までも。


――夜の夢でも見間違いでもないならこれは一体何?


昨晩アーレンを吹き飛ばした力もこの青い光に関係があるのかもしれない。


右手を握って胸の上に下ろし、ふっと笑みを漏らす。

図書室で目当ての情報が見つかるかはわからない。まして熟練の司書の助けもないのだ。

けれども、とにかく動かなければ始まらない。


――行こう。


まずは図書室へ。

そう決めてソファから身を起こした。




覚醒しきった春の陽光が窓の下に細い線を描いている。

図書室に一歩足を踏み入れて、本の森の空気を大きく吸った。


――大丈夫よ。


恐ろしい夜はすっかり溶けて消え去った。今ここにあるのは朗らかな朝だ。


カーペットを踏みしめて進む。

予想に反して図書室に人の姿はなく、広い空間はしんと静まり返っていた。

ルディアは真っすぐ窓へ向かう。

司書はここから落ちたのだという。


紫の重たいカーテンを引くと眩しい光がさあっと目に飛び込んだ。

目を細めつつ下を覗いた。


屋敷の裏手、使用人しか通らないような石畳の道。

当然のことながら遺体はとっくに片付けられているが、灰色のざらざらとした石の上にぼんやりと染みがついているのが見えた。

水に濡れたような濃い色の染みと、その中心に居座る赤黒い染み。


血液だ。


水で清めても消えない流血の跡が、司書の死に方の悲惨さを物語っている。


ルディアは目を覆うことも涙を流すこともなかった。


――なんて冷たい人間なのかしら。


せめてもの償いの気持ちを込めて、しばし目を伏せ黙祷する。

優しいはずの春の陽が閉じた瞼をじりじりと焼く。


薄く目を開いて、青い瞳に司書の死を焼きつける。

アーレンは司書の遺体を見たのだろうか。自分のしたことを、ちゃんと心に留めたのだろうか。

あるいは本当に狂ったクズ人間なのかもしれない。


「……。」


ルディアは丁寧にカーテンを閉めると熱をもった窓に背を向けた。

次は調べものだ。この青い光について。


どうやらこの静かなる炎は誰にでも身についているという訳ではないようだ。

起きてからずっと周りの人間を観察し続けていたが、ルディアのほかに似たような光を纏っていたのはライアン一人だけだった。それも微かな金色の炎。

それから、この光はルディア以外の人間には見えていないらしい。同じ光を持つライアンにさえも。


――どうしたものかしら。


ルディアはひとつ溜め息をつくとあてもなく図書室の中を歩き始めた。


――思い当たることがあるとすれば……


足は奥の方へと進む。古今東西ありとあらゆる本が揃うオレオールの図書室の中で、ルディアが立ち止まったのは歴史書のコーナーだ。

白い手で引き出したのは硬い表紙の分厚い本。そのタイトルは、


『魔女狩りの歴史』


「まさかね。」

魔法なんて、ほんとに存在するわけない。


――きっと怖がりな人間たちの幻想よ。


心の中で馬鹿らしいと言い聞かせながら、重い表紙を開いた。




――――――――――



魔女狩りだ!

火を放て

魔女狩りだ!

鞭を打て

魔女狩りだ!

追い詰めろ

魔女狩りだ!

魔女狩りだ!


魔女は牢屋にぶちこんで

断頭台に送り込め

魔女は柱にくくりつけ

地獄の業火で焼き尽くせ


辺り一帯阿鼻叫喚

処刑場の群衆は踊り狂い

魔女の悲鳴は歓声となる


笑え!

この歓喜のときに

笑え!

この裁きのときに

然らば汝も救われよう

正義の神の名のもとに

永久(とわ)の平和が訪れよう


魔女狩りだ!

斧を持て

魔女狩りだ!

火をかけろ

魔女狩りだ!

魔女狩りだ!

魔女狩りだ!


――――――――――


「……!」


ルディアは大きく目を開いた。


悪い夢を見た。

狂った群衆の熱気。耳を突ん裂く怒号。肺を焼く炎と血の臭い。

霞んだ視界がゆらゆらと揺れる。


意識の上澄みを掬ったような浅い夢。


膝の上から読みかけの本が音を立てて落ちた。

閲覧机に座って資料を漁っているうちに寝てしまったらしい。日はすっかり高くなって、図書室の中は心地よい薄暗さに包まれていた。

落ちた本をゆっくりと拾う。

結局、求める答えは未だ見つかっていない。


――そろそろ戻らないと。


のろのろと立ち上がり、机に山積みになった本たちを抱きかかえる。

夢の余韻と本の重さとでよろよろとしながら歴史書のコーナーへ足を運んだ。


己の体温でわずかに温んだ本を、一冊ずつあるべき場所にはめていく。

ようやく最後の一冊を戻し終えて、ルディアはふうっと息を吐くと反対側の本棚に背をもたせ掛けた。

本の重みから解放されたはずの腕は重い。

両腕をだらりと下げて向かいの本棚をぼんやりと見つめると、背中にごつごつとした、けれども滑らかな本の背表紙たちが感じられる。


――……。


心の中でさえ何を呟いていいかわからない。


――やっぱり、ストレスのせいで幻を見ているのかしらね。


重い右手を持ち上げて掌を見た。青い光は静かにたゆたって、時折幻惑するように煌めく。

その煌めきが何かを伝えようとしているように見えるのは願望の顕れだろうか。


――……ねえ、教えて。あなたは本当に幻なの?


問いかけてから、そんな自分を笑った。


……と、

その青い瞳が何かを捉えた。


ただ一心に天へと立ち上っていた青い炎の一部が不自然に横へ延び出しているのだ。

ふとすると見逃してしまいそうなその細い青色の糸は目の前の本棚を回り込んで延びていく。


「……?」

目を擦ってもまだ見えるその糸に、ルディアは導かれるようにして歩み出した。


読んでくださりありがとうございます。

面白い!続きが気になる!と思ったら、ブックマーク・感想・評価等お願いします。執筆の励みになります!


魔女狩りの時代の「魔女」って男女に関係なく用いられた呼び名だそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ