キャラビーの物語です3
ご主人様が出発してから1週間が経過しました。何事もなければご主人様は今日にも目的地に着くはずです。一方で私はというと、ユウカ様とみぃちゃんと一緒に『貴の山』の第12層にいました。
話は3日前にさかのぼります。
時刻はすでに夕方。頭上遥か高くでは鳥が群れをなして飛んでいる頃合いです。私はガンダさんのところでの勉強会を終えて、ユウカ様と館に戻っている最中でした。
「今日はどんなことを習ったのじゃ?」
「今日は短剣の作り方について学ばせてもらいました! 私は力がないのでハンマーを振るうのはできないのですが、刻印の作業は私にもできました!」
刻印とは、武器や防具を作る際に行われる工程の1つです。しかし、基本的にはこの刻印の作業は行われないほうが多いそうです。オーダーメイド品などで、さらにその持ち主から頼まれた時のみ行うそうで、一般的な鉄の剣、鋼の剣など、ある程度の均一性を求められるような品の場合はつけないほうがいいとも言っていました。
刻印は、剣で言うと腹や柄の部分に、専用の魔道具で決められた掘り込みを入れる作業で、その形に応じて、わずかではありますが、剣の能力を強化できるそうです。と言っても、重量軽減(極微弱)や、硬度上昇(極微弱)など、わずかなものです。掘り込みが正確なほど能力の上昇率も大きくなるそうですが、目に見えないレベルでのミスで変わってくるそうなので、ガンダさんもあまり得意ではないそうです。少しのミスによって逆に剣の重さが増したり、脆くなってしまうそうで、あまりやりたくないと言っていました。私もまだまだ未熟ですが、しっかりと練習して、ご主人様の持つ魔剣ステュラをさらに強化できるくらいになりたいです。
「それはよかったのう。館に戻ったら詳しく聞こうかの」
ユウカ様は笑いながら私の頭を撫でていましたが、突然その手を肩に回し、私を自身の後ろに隠しました。
「ユウカ・コトブキ殿で間違いないか?」
「何者じゃ?」
ユウカ様の陰から見ている限りでは、ユウカ様に話しかけてきたのは町中とは思えない、金属鎧に身を包んだ3人組の1人でした。一人だけ見るからに新品といった感じの鎧を着ていて、他の2人はそれなりに傷のついたものを着ていますね。よく見ればその3人の後ろに4人ほど女性の姿もあります。前の3人と比べてかなりお粗末な感じの格好ですね。ですが、1人だけよさそうな服を着ていますね。
「我が主がお前をパーティメンバーに加えたいとおっしゃっている。光栄に思うがいい」
「何者かと聞いておるのじゃ。会話も碌にできんのか?」
ユウカ様の表情はここからでは見えませんが、苛立っているのがひしひしと伝わってきます。周りの人々も、関わりたくないとばかりに距離をとっていくのを感じました。
「貴様、無礼にもほどがあるぞ!」
「知らないものを知らないと言って何が悪いのじゃ? 訓練所でこの手の輩は何度も見てきたが、碌なのがおらんかったぞ」
「冒険者風情が……。こちらのお方はイースター家の三男であるグエグ様だ」
「ほう、そうか。それで用件は? わしは館に戻る所なのじゃがな」
「最初に言ったとおり、我が主はお前をパーティに加えてくださるそうだ。光栄に思え」
「断るのじゃ」
「なんだと?」
「断るといったのじゃ。だいたい、わしがお前らの様な輩のパーティに加わるわけがなかろうて」
「イースター家を敵に回すことになるぞ?」
「その手の脅しは聞き飽きたのじゃ。どいつもこいつもそろって同じことしか言わん。やれパーティに入れ、やれギルドに入れ、やれ嫁に来い、やれ愛人になれなどとな」
「調子にのるなよ? お前のような女など、イースター家の力をもってすればどうとでもできるのだからな?」
「どうするというのじゃ? たかだかイースター家程度の力で」
「貴様っ! エイ、ビイこの無礼な女をやってしまえ!」
それまで何も言わずにこちらを見下すような目で見ていたグエグという男が指示を出しました。エイ、ビイと呼ばれた2人はそれぞれ剣を抜いてユウカ様に突きつけます。それを見て周りの住民たちは悲鳴を上げて逃げて行きます。
「ユウカ様……」
「大丈夫じゃ。安心してみておれ」
そう言うユウカ様ですが、武器は全てしまっていました。負けるなんてほんの少しも思っていませんが、もしかしたら怪我を負ってしまうんじゃあ……。
「「死ね!」」
2人が剣を振り下ろしてきます。ユウカ様はその剣の腹をとんと押して捌くと、エイの腕をつかんでグエグに投げつけました。ひぃっ、と悲鳴を上げるグエグですが、ビイがとっさに間に入ったことでぶつかりませんでした。あの体勢から間に合うということはそれなりの実力者なのでしょうが、エイもビイもその衝撃で気絶してしまいました。
「お、覚えていろよ! 2人を連れていけ!」
グエグは後ろの4人に命令して憤慨しながら帰って行きました。
「ユウカ様、よろしいのですか?」
「あの手の輩はしょっちゅう相手にしてきたからの。大丈夫じゃ。しかし、これではお主らに迷惑をかけてしまうかもしれんのう……」
ユウカ様は申し訳なさそうに何かを考え始めました。
貴族という力については、おそらく私が一番理解しています。これまで散々その力を見て育ったのですから。イースター家は王都でもそこそこ力のある貴族ですし、どうなるのでしょうか。
「そうじゃ、キャラビー、明日から2人でダンジョンに潜るのじゃ」
「え?」
「そうと決まれば準備をせねばならんの。帰る前に雑貨屋に寄って行くのじゃ」
「ユウカ様!?」
私はユウカ様に手を引かれ、あれよあれよのうちに準備が終わり、次の日から『貴の山』に潜っているのでした。
「そうじゃな。あそこに罠があるの。もう完全にこの山の罠には慣れてきたようじゃな」
そして今、私はユウカ様の1歩前を歩き、10m先に罠を見つけて立ち止まりました。見えにくい糸が張ってあり、それに引っ掛かると横の木から矢が飛んでくる仕組みの罠です。
『貴の山』の罠は他のダンジョンとは違う形式の罠でした。ユウカ様からここの罠には慣れておいた方がいいと聞いていましたが、入った初日にそれは理解できました。その理由はトラップモンキーです。『貴の山』全域に生息しているモンスターで、その名の通り罠を使ってくるモンスターです。自然にあるものを利用したトラップで、見つけるのに苦労しました。しかし、ある程度慣れてしまえば、その傾向もわかるようになり、あまり苦にならなくなりました。ユウカ様は一人で戦闘も罠の対処もしながら40層まで行ったそうですが、とてもじゃありませんがまねできそうにないです。
初めこそなぜダンジョンに潜るのかと疑問に思っていた私ですが、今はユウカ様に感謝しています。ご主人様たちとここに来るときに私がこの罠になれていないと、発見できなかったものもありそうでしたから。それにしても、私は相変わらず罠を見つけた時に声が出ません。なんとかなりませんかね……。
「もうあそこが13層じゃ。気合を入れていくのじゃ」
「はい!」
ユウカ様の邪魔になっているのではという不安と、少しずつ自分の技量が上がっているのを感じながら私たちは次の層に向かいました。
どうもコクトーです
今頃館では子アリたちがゲフンゲフン。
忘れていた章わけをやりました。ちゃんと『間章5』に変わっているはずです。
ではまた次回




