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50 Re.スタート

 告白成功、晴れて俺と華奈は再び恋人に戻った。戻ったと言うべきか、それとも俺が解いた糸を俺がもう一度自分に結び直したと言うべきかは定かでは無い。ただ、目の前にいる頬を染めながら俺の方を潤んだ瞳でじっと見ている華奈の姿を見ると考えるのが面倒に思えてきた。色々と過程はあったが、こうやって戻れたんだからいいじゃ無いかという考えが、めんどくさい思考を全て吹き飛ばした。


「華奈」

「なぁに?」

「多分まだ人来ないから、抱き締めたい」

「……え"!? 悠真がめちゃめちゃ素直に……? 夢?」

「どんだけだよ……ほら来ないならこっちから抱き締めるぞ」


 両腕を広げながらジリジリと距離を詰めていく。華奈が真っ赤な顔でいやいやいやと言葉では俺に静止を要求しているように聞こえるが、身体はしっかり両腕を広げて待機しているあたり期待しかしていないんだろうと言うのが見て取れる。

 優しく抱きしめようとした瞬間、ドアの方から気配がしてものすごい速度で首を後ろに向けた。すると見慣れた金髪を珍しく括らず解いた状態で腕を組んでいる親友がいた。


「全く……お二人とも、文化祭実行委員の方々が準備できないからさっさと出てね」

「え?」

「……はぃ……」


 どうやら準備の時間はとっくに来ていたらしい。空気を読んで蓮が文化祭実行委員を堰き止めていたようだ。慌てて俺と華奈は体育館を飛び出て下駄箱までものすごい速度で走っていく。蓮も同じように走り出して着いてくる。


「すまん蓮……また迷惑を」

「んー? 迷惑なんかかけてないよ。僕が見たかった景色、ようやく見れたもん」

「?」

「悠真と華奈が、恋人になって並んでる姿が見れたから。それだけで僕は何も迷惑に思わないよ」


 今まで見たことのないくらい清々しい蓮の満面の笑みに、二人して唖然とする。ニッと白い歯も見せていて、いつもの心の底まで見透かすような含み笑いじゃない青々としたものがその笑顔にはあった。髪も解いているせいか、いつもの蓮と全く違う人のように見えてする。


「蓮、なんかあったか?」

「え? さっき言ったでしょ?」

「いや俺らのこと以外でだよ」

「ん〜……まぁ、あったはあったねぇ。まだ秘密だけど。いずれ分かることだよ」


 その言葉を聞き、華奈と目を合わせて二人して首を傾げる。蓮が上機嫌でここまで生き生きしているのは初めて見たので余計に困惑だ。


「にしても悠真、華奈」

「ん?」

「なぁに?」

「もう付き合うんだし、その髪バッサリ切りなよ? 二人しておんなじ理由で切ってなかったんだから」


 前言を撤回しよう。こいつはいつもの悪魔な性格の蓮だ。華奈の前でそれを言ってくることがもう嫌だが、華奈もどうやら俺と全く同じ考えだったらしく、真っ赤に顔を染めてそれを言うなみたいな顔をしている。


「だって〜……二人して髪を切らない理由が『切ったら関係ごと切れそうだから』って……恋愛漫画でも中々聞かないよそんな理由」

「わーわーわー!!! 蓮の馬鹿! アホイケメン!」

「華奈、何言っても無駄だ。こいつはいい反応をすればするほどニッコニコになる」


 そう言いつつ蓮の顔を見てみると、想像通りどころか想像の何倍も憎たらしい満面の笑みで俺と華奈を眺めていた。さっきまでの清々しさは欠片も無く、いつも通りの腹が立つタイプの笑み。しかもそれが映える顔なのもまたフラストレーションを溜める要因になっているが、慣れてしまったせいで溜め息を吐くのみに留まっているのが情けないというかなんと言うか。


「で? 切るの?」

「ん〜私はまだいいかなぁ〜。冬だしこれから」

「悠真は?」

「……前髪だけは切ろうかな」


 正直、自分ですら割とうざったいと思い始めていた長すぎる前髪。華奈の顔をしっかり見るのが怖かったから伸ばしたのだが、もう伸ばしている理由も無いので切ってしまおう。襟足はある方が落ち着くし、華奈が言うようにこれから冬なので寒いから置いておく。蓮のように括れば邪魔にもならないし。


「そ、それ悠真のイケメン完全バレるやつ……」

「敵が増えるねぇ華奈」

「やだぁ! めちゃくちゃやだ!!」

「……俺は華奈の顔見てえから切りたいんだが」


 そういうと華奈は不満そうな顔から一転、にへらぁとした笑みに変わってしょうがないなぁといった様子で「じゃあ許す!」と一言。蓮も俺も全く同じタイミングで吹き出してしまった。


「え? な、なんで笑うのさ!」

「いや……流石におもしろいよ今の……」

「ぶふっ……チョロ……っ……」

「チョロってなに!? 悠真!?」


 下駄箱を出て、三人で帰路につきながらそんなことを話す。文化祭二日目に向けて準備をしている生徒たちの声も響いている。


「おーい涼音〜! それこっち!」

「はい、日向くん。これでいいですね?」

「おう! さんきゅっ」


 一年生たちのそんな活気ある声を聞いて、ふと一年前を思い起こして苦い顔になってしまう。


「……高校一年の文化祭、ほんといい思い出無いな。俺のせいだけど」

「じゃあ明日は去年のこと吹っ飛ぶくらい楽しまないとねっ!」

「僕は二人を眺めるだけでいいかなぁ」

「じゃあ三人で文化祭回ろう! そうしよう!」


 そう言う華奈を横目に蓮と顔を見合わせて二人して微笑し合う。華奈と俺がまた再スタートを切れるのも、こいつがいたからなんだよなと思うと感謝しても仕切れない。いつかお返ししてやろう。


「ま、僕は二人をじっくり観察しておくよ。恋人同士の二人を見るの初めてだしね」

「お前がいると碌にデートもできん気がする」

「デート! 悠真とデート……! 去年できなかった文化祭デート!」


 そう言いながら飛び跳ねて喜んでいる華奈を見て、また笑ってしまう。久しぶりに屈託のない笑みを浮かばせた気がする。蓮も華奈も目をひん剥いてこっちを見ているのが、その笑いの希少性を引き出しているだろう。


「ゆ、悠真……一年の頃みたいな笑顔してる……」

「こんな顔できたんだ悠真……」

「はぁ〜……ったく! ありがとよ蓮、華奈」


 一年の停滞は無駄足だったかもしれないが、決して中身が無かったわけじゃ無いと思う。より深く、より進んだ二人の距離感で歩んでいける筈だから。最高の親友も一人増えた訳だし。

 これからのリスタート。『元カノ』ではなくて『恋人』として二度と離さずに歩んでいきたいと、華奈の姿と蓮の視線でそう思った。

 西陽が傾いて、秋風に吹かれた十一月の夕暮れがなんとも心地良かった。

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