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30 俺はギャルに本気になれない

 逆見本詐欺で胃袋破壊された早乙女は、そこからまぁまぁなグロッキー状態でデートを進行していた。楽しんでいるのだが明らかに表情が重たい。シロノワールの重さと甘ったるさの暴力にしっかりと屈した様だ。

 対する俺は別に普通だ。あのカフェの逆見本詐欺には散々やられてきているし、もう慣れているのでしっかり食い切れたし胃袋の調子もいい。ただ三分の一しかなかったシロノワールが予想の七倍くらい重くてかなりびっくりした。


「あたし……次はもっと考えて選ぶ事にする……」

「それがいい。考えない癖を治すのに絶好だな」


 そう言うといつもは噛み付いてキャーキャー文句を言ってくるのに、もうその元気すらないのかしょぼんとした青めの顔でコクンと頷くのみだった。どれだけやばかったんだよと心の中で静かに思った。


「もう帰るか? 今まともに楽しめる状態じゃないだろ」

「やぁぁ……もっとデートする……」

「つってもなぁ……」

「公園行こ……ベンチ座って、喋ろ? それだけでもデートだからさ……」


 そう言いながら少しおぼつかない足取りで近くにあった公園に向かう早乙女。その後ろを苦笑しながら俺も着いて行く。もう少し強めにシロノワールを選ぶのを止めていれば良かったと少しだけ後悔もしたが、食べたいと言ったのは早乙女なので俺は悪くないと自分を正当化しておいた。

 公園に入ってすぐにあるベンチにに深く沈む早乙女の隣に間を少し開けて俺も座る。


「うぷ……あたし甘いの余裕系女子なのに……量の暴力過ぎる……」

「まぁデケェよな。華奈はレギュラーを一人でペロっと平らげてたが……」

「華奈ヤバ過ぎる……」


 少し前蓮と華奈と俺の3人であの逆見本詐欺カフェに行った時があったが、蓮と俺は昼飯後と言うこともあってサンドイッチを二人で分けて食べたのだが、華奈は一人でシロノワールのレギュラーサイズを普通にバクバク一人で食べていた。早乙女はミニサイズの三分の二でギブアップだったのに、今考えたらとてつもない。


「ほんっと……リスみたいだったからな。もっしゃもっしゃ食って口いっぱいにして」

「……あたしとデートしてるのに華奈の事楽しそうに話さないでよ」

「は? 楽しそうに話してないだろ」

「話してるじゃん」


 俺につまらなさそうな様子で異議を唱えてくる早乙女に、怪訝な目を向ける。今のは普通に体験談を話しただけでそんな様子になられる意味が分からない。

 華奈の話なんて今まで何回もしているし、早乙女側が面白がって聞いてきていたくらいだ。


「……なんで華奈の話されるのが嫌か分かんないかなぁ? 私が誰を好きか知ってるくせに?」

「早乙女が好きな人……? 俺……だよな?」


 一応確認を取る。これで違うと言われたらただの勘違いバカ男だ。そうなったらお笑いすぎるが、俺の認識は間違っていなかったらしく早乙女はコクンと首を縦に振った。


「そだよ。あたしは天っちのことが好き」

「それに質問があるんだが……なんで俺なんだ?」


 今日のデートの名を冠したお出かけの目的、何故早乙女が俺に異性として好意を抱いているのかを本人に直接聞く。

 聞かないとどうにも気持ち悪いし、心の中の何かが晴れない。


「……んー……言っていいのかなこれ」

「そんなにヤバいのか?」

「ヤバいというか……天っちが一番嫌いそうな理由なんだよね」


 俺は別に人がどんな理由で人を好きになるのかに好き嫌いは無い。偶然華奈の『好きになるのに理由は要らない』という言葉が心の底に深く刺さっただけであって。


「言ってくれよ。心が割と気持ち悪いんだよ。曖昧のままじゃ」

「わかった、言うね」


 早乙女は少し間をおいた後、体を俺の方に向けてしっかり俺の目を見て話し始めた。


「最初はさ、華奈がいつも話してる男の子ってイメージだったの。それで話してみて、華奈と付き合ってたことも知って」

「まぁ、俺と早乙女の接点は華奈しか無かったもんな。そもそも話したこともなかったし」


 早乙女のことは一方的に知っていたが、早乙女も俺のことを一方的に知っているとは思わなかった。華奈が早乙女や葛葉にどんな話をしているのかは考えたくも無いが。


「それで話してみたら意外と喋りやすいし、みんなが思ってるより暗く無いし割と可愛いなって思ってた」

「可愛くない」

「そゆとこが可愛いんだよ〜。変にいじっぱりでさぁ?」


 早乙女は頬杖をつきながら俺の顔を覗き込んでいつもの調子でイジってくる。もう慣れたが、こんな顔がくっつくかもしれない距離で近づかれたら失神する男子もいるだろうなと突然そう思った。


「それで体育祭、天っちすっごい活躍したじゃん? あの時初めてカッコいいなって思った」

「……」

「初めて顔をまともに見れたし、すっごいドキドキしてたんだよね。隣に華奈がいたし口にはしなかったんだけど」


 確かにあの時、スイッチを入れるために前髪ごと後ろで結んでいた。あの時以降、クラスからの目が少し変わったんだったと思い出した。


「それであの日一緒にいたら帰ったじゃんか?」

「おう。無理矢理な」

「あの時、顔を近くで見てみたいなって思って天っちの髪を上げてみたんだけど……」


 早乙女は少し顔を赤くして、目を潤ませつつ唇を噛んでいた。そんな姿を見ていると、こっちまで少し小っ恥ずかしくなってくる。


「その顔がさ……あんまりにもあたしのタイプで……元々性格とか色々いいなって思ってたのもあって……そこからかな」

「なるほどな……」

「顔が決め手ってなんかじゃない? それで好きって言えるけど理由までは言えなかったんだ」


 俺は少しだけ考える。

 顔で好きになるなんて普通に決まってる。第一印象なんてほとんど顔で決まるものだし、どれだけ性格がいい聖人でも第一印象がダメなら恋愛対象にすら入らないのだから。

 だから俺はその理由は嫌いでは無い。嫌いでは無いが、心の中にストンと何かが突き抜けた感覚がした。気持ち悪くて残留していたものが退いて行く。


「……早乙女」

「なぁに?」

「確かに好きになってもらったのは嬉しい。でもその感情には応えられないと思う」

「……そっ……か」


 俺は華奈が好きなわけじゃない。早乙女も のことも好きじゃ無い。ただ早乙女のことはどうやっても友達の域を出ないということだけは明白になった。

 太陽はオレンジ色に染まりかけていたのに、俺の心はまだ冷えていて青い色のままだった。

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