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28 ギャルが俺を好きな理由が知りたい

 結局あの後、プールにもいたくなくてそそくさと逃げ帰っていってしまった。帰りの時もずっと華奈の姿が離れず、どうにもできない感情がずっと頭をぐるぐる駆け巡っていた。

 そんな日から早くも一週間ほど経った。当初の予定通り、俺は平穏に暮らして、ゆったりとした優雅な夏休みを満喫していた。クーラーの効いた部屋で、睡眠を取りながら本を読んだり少しトレーニングしたり。

 そんな日々が夏休み中はずっと続くと思っていた。華奈にも蓮にも振り回されない日々。

 しかし幸せなものには終わりがある。それを俺は今日深く思い知ることになる。


「ん……? メール……早乙女?」


 俺はメールの送信者の名前を見て首を傾げる。

 早乙女とはまだ連絡先すら交換していなかった筈だ。タイミングが無かったし、そもそも聞かれていないのだから。誰かが俺の連絡先を横流ししたという事だろう。


「蓮……は違うだろうから……葛葉か」


 早乙女の親友で何故か一年前の俺をよく知っている女がいたことを俺は思い出す。葛葉が横流ししたというのであれば、納得できる。今度取り敢えず文句を言っておこうと胸に誓って、メールを確認する。


《やっほー天っち〜! 夏休み暇だよね!? てか今日も暇っしょ! デートしよー!》

「……」


 無意識に目頭を指で押さえてしまった。早乙女が突拍子も無いことを言ってくるのはいつもの事だが、今日は特段レベルが高い。

 早乙女は俺が好き。信じられないがこれは事実だ。プールの日に半分くらい告白みたいな事を言ってきたし、最近の異常な距離の近さもそういう事情があるのならば納得がいく。

 本文と睨めっこしながら、どう返そうかと頭を悩ませる。


「……行かないって言ったらめんどくさそうだし……行ってもめんどくさそうだ……」


 どっちを選んでも地獄というのはまさにこういう事を言うのだろう。分かれ道でどちらかが正解の道という問題や局面は人生でよくある事だが、まさかどちらも不正解の道があるなんて思ってもいなかった。


「……仕方ない……前プール途中で帰っちまったし……行ってやるか」


 懺悔のような気持ちで俺はデート……及びおでかけを了承した。今頃早乙女はどんな反応をしているのだろうかと想像してみるが、ここから先の苦悩が見えてまた少し気分が落ちてきたので辞めておいた。

 取り敢えずラフな外出用の服に着替えて、待ち合わせの駅までゆっくり向かうことにした。


「どういう経緯で早乙女は俺が好きになったのか……ほんとに分かんねえんだよな……」


 早乙女は男子みんなが好きなタイプだと思う。例えば華奈は恋人にしたいとは思うけれど、自分と差がありすぎて並べないから眺めとくだけの存在とするのならば、早乙女は距離感も近くノリもいいし聞き上手な本気で付き合いたい人が割といる存在。

 俺は思わないが、クラスの男子は一定数早乙女が好きなやつがいる筈だ。それくらい早乙女は男子を選べる立場にいる。なのに俺を好きになる意味が分からないので今現在物凄く困惑している。


「……俺、どーすりゃいいんだろ」


 自分の本当の気持ちが最近行方不明だ。華奈が好き"だった"とも言えなくなってきている気がする。まだ好きなのかもしれないと思わざるを得ない状況と心境になってきている気がする。

 そうなのであれば、俺はとんでもない根性なしだ。自分から手放したのにまた手繰り寄せようとしている、あまりにも滑稽で哀れな人間に成ってしまった。自分の事はもう充分に嫌いなのに、さらに嫌悪感が増してくる。心の底から増幅する黒い感情と交錯するどうにも抑えきれない熱を帯びた感情に心が酔っていく。

 待ち合わせ場所に着いて、ベンチに深く腰を付く。少しだけ背もたれに身体を預けて空を仰ぐ。


「……はぁ」

「なぁに暗い顔してーるのっ」


 視界が青い空から早乙女の顔で埋め尽くされた。すぐに背もたれに預けていた身体を元に戻して、早乙女の方に向き直る。


「やほ〜」

「よ……テンション高いな」

「そりゃー天っちとデートだもーん!」


 理解出来るがどうしても納得したく無い理由が飛んできて途端に渋い顔になる。


「んで? 今日はどこ行くんだ」

「んー……てきとーにブラブラ〜?」

「ノープランなんだな……はいはい」


 呆れながらもゆっくり歩き出すと、早乙女がすぐに横に並んできた。肩が引っ付くくらいの距離で、指が少し触れ合う。


「んふ〜」

「早乙女、お前って他の男子にもこの距離感なのか?」

「んぇ? んなわけ無いっしょ。天っちだからだよ〜」


 分からない。こいつがなんで俺が好きなのかが、俺には理解できない。横で「嫉妬!? ねぇねぇ嫉妬ー?」と騒いでいる早乙女をスルーしつつ、今日を無事に乗り越えられるようにお祈りしておいた。

 指が触れていても、心臓は一定のリズムだ。

 

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