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25 好きになる事は無い

 ウォータースライダーの待ち時間という名の、早乙女からの自らの武器全てを使った攻撃時間をなんとか凌ぐ為に必死に頭を悩ませる。

 そんな間にも早乙女は「あたし今日可愛い?」やら「天っちもかっこいいねぇ」とか言ってきてもう脳みそが色々と限界に近い。

 しかもいざウォータースライダーの番が来た場合、俺はこいつを腿の上に乗せる、もしくは股の間に触らせて二人で滑らなければならないという苦行持っていると考えるとひたすらに鬱だ。


「早乙女、考え直してくれ。俺というか男と二人でウォータースライダーに乗るとか、バカップルとかしかやらないぞ」

「えー? あたしはバカップルになりたいんだけどな〜?」

(こいつもう隠そうともしてねえな)


 早乙女がもはや『好き』と言っていないだけの無敵の人になってしまっている。このままではどんな手を使ってくるか分かったもんじゃない。どうすればいいんだと悩むも、最適案が全く思い浮かばない。スマホも無いし、誰かに助けを要請するのも無理だ。

 本格的に終わりかもしれない。


「ねぇ天っち」

「なんだ」

「まださ……華奈のこと好き?」


 いきなり声色が一気に変わって、そんなことを書いてきた。いきなり別角度から殴られたせいで思考がグラつく。


「華奈は多分まだ天っちが好きじゃん?」

「そう……なのかもな」

「でも本当にもう好きじゃ無いなら、あんなアプローチとっくに無視してると思うんだけど、天っちって全然突っぱねないし……」

「いや突っぱねてはいる。華奈があまりにも続けるせいで最近は……突っぱねれてないけど」


 本当にそうなのだろうかと、口から出た言葉を反芻する。華奈が続けるから突っぱねないというのは、ただの言い訳なのかもしれない。

 確かに前まではずっとその感覚だった。もう彼氏じゃ無い男、友達に戻っただけの男にあんなにもグイグイ来てそれを冷ために突っぱねる。なのにまた何も無かったかのように近づいてくる。それが続いて続いて、辞めろと思っていた筈なのにいつの間にか受け入れてしまっていた。


「華奈と一緒にいる時の天っち見てると、もう好きじゃ無いなんて全く思えないんだよね……」

「そんな事ないだろ」

「あるよ……だって天っち、あたしと華奈で全然違うもん」

「なにが……だよ」


 そう聞くと早乙女は少し言い淀んだ。しかし俺の方を向いてしっかりと言葉を一言一言紡ぐ。


「あたしと喋る時は……なんかただの気の知れた友達とか、女友達って感じなのに……華奈と喋ってる時の天っちは……」

「華奈と喋ってる時の俺は……?」

「……びっくりするくらい不器用で、びっくりするくらい優しいよ。目も声も、あたしや透の時と大違い」


 そういう早乙女は、とても悲しそうで憂いを帯びた表情をしていた。

 まるで自分が負け試合をしている事自体理解しているような顔だ。俺がどれだけ華奈に対する感情を否定しても、私は分かってると言いたげな表情。


「……そんな事ないと思うが……」

「そんな事あるんだよ〜これが。あたしがバカに見えてくるくらい」

「いや……」

「じゃあ天っちは私とキスできる?」

「はぁ!?」


 いきなりとんでも無いことを聞いてきた。そんなことを言われても反射で答えれる訳もなく、また少し考え込んでしまう。

 早乙女とキス。想像してみようとするが、情景が浮かばない。俺と早乙女がそんな雰囲気になっているというビジョンすら見えない。


「ね? キスしてるところ想像できないでしょ」

「まぁ……」

「あたしとはできない。でも華奈なら……どう?」


 俺はまた想像してみる。キスの相手を早乙女から華奈に置き換えたら、スルスルと情景もシチュエーションまで想像できた。


「……できたな」

「……やっぱりじゃん……華奈は天っちにとって特別なの。あたしじゃできないことも、華奈とならできちゃうってことだよ」


 早乙女がそう言う。俯いているので表情は読み取れないが、声色だけで判断できてしまう。寂しげで少し諦め加減で、自分を嘲笑しているような乾いた声。


「あたしは好きだよ。天っちが」

「……」

「かっこいいと思うし、優しいとも思う。頼もしいところもあって、でもちょっといじっぱりで。そう言うところがすっごく好き」

「そうか」

「うん。そうだよ」


 ウォータースライダーの順番がもうすぐそこまできている。さっきまでの一緒に滑るというおふざけ感が抜けて、本当にただ一緒に滑ってみたいという目で早乙女が見てくる。


「お願い天っち……一緒に滑りたい……」

「……はぁ……股の間に座るならいいぞ」


 そう了承すると、早乙女は一気に顔を綻ばせて大きく頷いた。

 俺たちの番になって、俺が先に座って足を開く。そこにポスっと早乙女が収まる。背中を係員さんに押されて一気に滑る。


「きゃぁぁぁー!!!! はやーーーーい!!!!」

「うおぉ……いやいや早すぎ早すぎ早すぎるだろこれ!!」


 想定外の速さで滑るウォータースライダーに絶句しつつも、足の間にスポッと収まりながらはしゃいでいる早乙女を見て少しだけほっこりとした気分になった。

 一気に下のプールまで滑りながら勢いよく沈んで二人してずぶ濡れになる。


「はー! 楽しかった! ありがと天っち!」

「そりゃなにより」

「んんー……! 天っち好き! めちゃめちゃ好き!!」

「俺はやめとけ……ロクなことが起きん」


 そう適当な理由で断りを入れたが、多分本当は違うと感じた。

 このウォータースライダーで足の間に早乙女を入れて滑っても何も思わなかった。近いとは思うし、女子の柔肌が触れている意識もあった。それでも俺はどうやっても異性としての意識が芽生えない。友達の域から出ない。

 そこで確信した。俺は多分、早乙女を好きになることは無いんだと。でも本人には言えなかった。そんなことを言えるほど、俺はまだ自分の気持ちを本質まで理解できていなかった。


「ん?」

「あぇ?」

「……二人とも、楽しそうだね。悠真も星來も。しかも星來は好き好き沢山言って。二人で滑ったんだ」


 目の前に、今まで見たこともないレベルで冷えた目をしている華奈を視界に捉えてしまったせいで、その自分の気持ちを理解する前に思考に危険信号が出てしまった。

 さて、どう対処しよう。

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