21 ギャルの圧力に屈しない初夏
学生が待ち焦がれるものは長期休み。長期休みの王様、夏休みが今年も来る。
去年は色々と散々な目に遭った夏休みだが、今年はそんな目には遭わない。絶対に平穏に暮らして、ゆったりとした優雅な夏休みにする。そう決意した二秒後、早くもその目論見は潰えることとなる。
「だからさ〜! 天っちもプール行くの決定ね〜!」
「……俺はなにも言ってないんだが」
「いや行くんだよ天崎くんは。ウチのツートップが推薦したんだから」
「誰と誰だよ」
「華奈と星來」
何故か分からないが、プールに行くのが確定していた。それも人数が割と多い。クラスの奴らにプラスして他クラスのカースト上位勢が一同に集まるらしい。正直、嫌過ぎる。でも華奈の水着という誘惑に負けそうになっている自分もいる。
恨めしそうに葛葉を見ても動じない。ならばと早乙女を見るが、えへへと頬をポリポリと掻くだけで俺の目を見ようともしない。こいつら後で覚悟しとけと思いながらも、何を言っても無駄だと理解して天を仰いだ。
「はぁ……」
「天っちは女の子の水着楽しみじゃ無いの〜?」
「俺がそんなの楽しみにする奴だと思うか……?」
実際問題本当に楽しみじゃ無いからタチが悪い。華奈の水着は見たことがないし、それ相応の魅力があるだろう。
ただ、今の俺からすればそんなものを見てしまってはボロが出て大変なことになる事間違い無しなので、嫌といえば嫌なのだ。
つまり華奈のみ楽しみではあるが、諸々の理由で楽しみではないという矛盾が発生している状態だ。純粋に楽しみにできない自分が情けないと机に突っ伏す。
「はぁ〜……天っちがあたしの水着楽しみにしてればいいのに〜」
「何を言ってるんだお前は……」
「ビキニでも着てこようか〜? 意識せざるを得ないだろ〜?」
「ハハ、天崎クン色ンナ人ニ好カレテテイイナー」
「葛葉、お前蓮みたいなことしなくていいから」
葛葉がカタコトで煽ってくる。蓮はカタコトどころかスルスルとこういう事を言ってくるから、まだ葛葉は優しい方だと思ってしまう自分が嫌だ。蓮のせいで多少慣れてしまっているというのがひたすらムカつく。
「でもまぁ、プール行けばまだ好かれるだろうね天崎くんは」
「なんでだよ」
「だって君、腹筋とかバキバキでしょ」
「マジ!?」
なんでそんな事を知っているのかただただ怖くなってくるが、それは事実だ。
サッカー部時代の名残で、ずっと筋トレは続けていたので身体はずっと鈍っておらず、筋肉も落ちていない。腹筋もまだ六つに割れていると思う。
「あたし腹筋フェチなんだよねぇ……触りたぁい」
「やめろ。手ぇ出るぞ」
にじり寄ってくる早乙女に対して、チョップの姿勢を取って威圧する。
この女も華奈ほどでは無いが距離感が近い。それもデリカシーがあまり無く、パーソナルスペースをぶち破って寄ってくる厄介なタイプだ。華奈はパーソナルスペースを破らず、話し相手からそのスペースに入れてもらうように話してくるので、早乙女は華奈の真逆も真逆のタイプ。
「むー……華奈は近いの許すのに〜。やっぱり正妻には勝てないか……」
「正妻じゃない。あと近いのを許してるわけじゃない。半年間言い続けてるのに一向に変わらないからもう諦めてるだけだ」
「はーせっこー!? あたしもそれやったらいつか近いのおけになる!?」
「ならないからやめろ」
ここ最近の早乙女は様子がおかしい。割と普段からパーソナルスペースを破壊してくるタイプではあったが、最近の早乙女はもう破壊する前に突っ込んでくる。前まで近づいて破壊していたのが、近づきながら破壊する勢いで突っ込んできている。
手順が単純化した挙句、前より厄介になっているので退治方法が難しい。
「というかあたし前から思ってたんだけど」
「なんだよ」
「華奈とレンレンには名前呼びなのに、なんで他のみんなは苗字呼びなの?」
「あ、それは私も気になってた。なんでなん?」
「なんでって……」
正直、理由が無い。絞り出すならば、蓮と華奈は俺にとって割と特別な友人だからだろうか。
華奈は完全に付き合っていた時の名残で、蓮はいつの間にか名前で呼んでいた。本当に二人を名前で呼んだのがいつからなのか覚えていない。
「理由は無い。なんとなくだ」
「ならさぁ! あたしも『星來』って呼んでよ!」
「……はぁ?」
「私だっていつまでも『早乙女』じゃ不満! ね、透!」
同意を得ようと隣にいる葛葉の方を向く早乙女。でも葛葉は腕を組みながらうーんと一つ唸った後に、否定気味な答えを出した。
「いや〜、私は葛葉でいいよ〜。天崎くんに名前で呼ばれるとか想像つかないし、いきなり名前で呼ばれても違和感凄い」
「ほらな? じゃあ早乙女も早乙女のままで」
「やだ! 私も名前で呼ばれたい!」
「なんでだよ。理由を提示しろ」
そういうと、しーんと静まりかえってしまった。葛葉は隣の早乙女をチラッと見て、少し笑みを浮かべながらため息を吐いていた。
その早乙女は、口をパクパクさせながら少し赤面していた。理由を考えるだけでそうなるのは意味が分からないので俺も頭の中がハテナで埋まる。
「り、理由は……ない……よ?」
「じゃあ呼ばなくていいな。この話は終わりって事で」
「やーだー! 天っち逃げるなー!!」
「はぁ……星來のバカ……」
逃げ気味に机に突っ伏すと、早乙女が不満げに声を荒げる。それを見て葛葉はおそらく額を手で抑えているであろう感じな声色でそう言った。
やはりギャルは危険だと思った。勢いでゴリ押されて名前呼びにさせられるところだったと、何故か本能的に破られたく無いパーソナルスペースを守り切れた安心感で胸がいっぱいで、少し暑かった。
夏がもう始まっていた。




