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20 相合傘がしたいと元カノに言われた

 雨の日は大抵気分も下がり、気圧で頭も痛くなったりと何もいいことがない。しかもそれに加えて六月終盤に入ってきて初夏の香りが強くなってきた時期。温度と湿度が混ざり合って体感温度が高い。

 ただ座って授業を聞き流しているだけではあるが、あまりにも暑すぎて体力がジリジリと減っていく。


「あっつ……」

「なんでこんなあついのぉ……ゆ〜まぁ……」

「俺に聞くなというか近い……」


 華奈が暑いという口で言っているのに、いつもと全く同じ距離感でとても近い。

 蓮は今日何故か不在だ。理由をメールで聞いても『なんか気分じゃないんだよね』と返されるだけ。相変わらず自由な親友にため息が出る。これで成績は学年ぶっちぎりの一位なので先生が文句も言えないのが余計にタチが悪い。

 話を今に戻すと、六限の授業終わりで終わりのホームルームまでダラッとしていると言う状況。いつもなら自動的に人が集まるはずの華奈の周りに何故か人が集まらず、葛葉と早乙女は気圧でダウンしている。

 つまり実質今この教室は二人の空間、とでも華奈は思っているのだろう。ものすごく近い。


「ゆ〜まあ……今日一緒に帰ろ……」

「いいけど……雨降るだろこれ……俺持ってねえぞ」

「傘あるよぉ私……」


 華奈は割と用意周到なところがあるので、梅雨で雨がひどいこの時期は折り畳み傘を持ってきているらしい。そしてこの話の流れだと、二つ折り畳み傘を持ってきていると解釈していいだろう。

 仕方がない。雨で濡れるのは勘弁だし、一緒に帰ることにしよう。

 帰りのホームルームが終わり、靴箱に行く。華奈はすぐ追いつくと言って少しだけ教室に残っている。

 雨の音がザーザーと強くなっていて、とてもじゃないが傘無しで帰れるような雰囲気では無い。


「もう夏……でいいよな? 梅雨はいつ終わるんだ」


 独り言でボヤきながら天を見る。真っ黒な雲が雨を降らせていて、いつもの青空が微塵も顔を出そうとしない。そんな空模様を見ていると、まだ夏には早いぞと神様が言っているように見えてしまってどうにもテンションが下がる。


「悠真〜っ。かえろっ」


 後ろから声がした。ようやく来たかと振り返りつつ、俺は傘を貸してもらうために手を差し出した。


「ん、じゃあ傘」

「え?」

「え?」


 しかし華奈の反応は何故か不思議そうで、どういうことだと混乱する。


「だから……傘……二つあるんだろ?」

「え? 一つしかないけど……」


 衝撃の事実。まさか二つ無いと思っていなかった。というか、俺が持ってきてないのを把握していてかつ一つしか傘を持ってきて無いのに、何故それを言わないのか理解に苦しんでいると、華奈が口を開く。


「あの……相合傘じゃだめかなって……思ってたんだけど」

「はぁ……??」

「……だって一つしかないし……でも悠真傘持ってないし……これしか無くない?」


 理由が真っ当すぎて否定できない。

 そもそも俺に拒否権なんて存在しない。何故なら、傘を持ってきていない自分に情けをかけられている状況なのに、断るなんて図々し過ぎるからだ。

 しかし華奈と相合傘とは、風邪の時の看病といい体育祭の借り物競走のお題といい、付き合っていた頃にしていなかったことや言わなかったことを、神が全力で回収させに来ているとしか思えない頻度で華奈とイベントが起きる。


「じゃあ傘貸せ。持つ」

「やったー! 相合傘ー!」


 そう言いながら隣、それも肩がしっかりひっつく距離で並ぶ華奈にはあえて何も言わず、傘を開く。

 少し強めに降る雨に華奈が濡れてしまわないように、傘を斜めにする。


「悠真? 傘斜めだよ」

「斜めじゃねーよ。普通だろ」

「普通じゃ無いよ肩濡れるって悠真」


 そう言って傘を持ってる俺の左手を掴んで、傘をまっすぐに戻そうとしてくる。その手の感触が少し柔らかくて、付き合っていた頃の最初に手を繋いだ時が脳内を掠める。

 柔らかくて、暖かい。雨の日で湿気ているとはいえ、空気は少し冷えているのでその暖かさがなんとも心地良い。


「はい、まっすぐ! これで文句無し!」

「華奈、肩濡らしたらすぐ風邪ひきそうだから濡らさせたくねーんだけど」

「え? それは心配だからってこと?」

「クラスの奴らが華奈が休んだらめんどくさいからだ」


それっぽい理由を並べて自分を守る盾を作る。本心は知られたく無いが、どこまで探られていてどこまで知られているのか分からない以上、どこをどう守ればいいかも全てなんとなくだ。

 華奈が納得したように傘をまっすぐに戻したが、やはりこれだと華奈の肩も俺の肩も濡れてしまうので、華奈の手が離れた後、また少し華奈の方に傾けて肩が濡れないようにしておいた。

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