11 病気の時に隣にいてくれるって幸せなのかもしれない
酷い目に遭った。まさか抱きつかれると思っていなかったし、心臓がびっくりした反動で高速で動いてまた身体が熱くなってくる。
着替えたはいいものの、この汗でベシャベシャの脱いだ服はどうすればいいのだろうか。一応畳みはしたが、華奈にこれを触らせるわけにもいかないしどうするか。
「着替えた〜?」
「ん、着替えた」
取り敢えず後で考える。今は目の前の元カノの帰宅拒否の看病をどうにかしなければならない。
「よーしっ私もお粥作ってきたよ〜」
「華奈って料理音痴じゃなかったか?」
「ふふーん。その通り!」
(胸を張るな。そして威張るな)
俺の記憶違いじゃなければ、華奈の料理の腕は相当下限の部類に入る。兄貴より下手だと言えるだろう。なにせレンチンご飯の意図を理解できずフライパンにぶち込み、挙句強火過ぎて焦がした伝説があるのだから。
そんな人間がまともなお粥を作れるわけが無い。一抹の不安を抱えながら、おじやが入っている鍋の蓋を開けると……
「普通だな」
「でしょ!? 普通だよねこれ!!」
普通のシンプルなお粥だった。米も焦げてないし、水でシャバシャバもしてない。しっかりと水分を吸ってふっくらした米と中心の梅干し。
シンプルなお粥すぎて張り詰めてた意識がふっと軽くなった気がした。
華奈がスプーンで一掬いして、ふーふーと冷ます。まさかと思いストップをかけようとした瞬間、そのスプーンを差し出してきた。
「はいあーんっ」
「……自分で食える」
「甘えてって言ったよね? 甘えられるよね? ね??」
「なんでそんな意固地なんだ……」
「しーらないっ。はいあーん」
ぷいっと顔を背けてスプーンだけを俺の顔にグイグイ押し付けてくる。今日の華奈はなんだかいつも以上に押しが強い気がする。しかも俺は風邪のせいでいつもより拒む力が無い。
つまりは勝てないということだ。
「あーん……」
「どう?いける?」
「ん〜……」
正直言えば、少ししょっぱい。というかだいぶしょっぱい。塩の分量を間違えたんだろう。大方
『味濃い方が美味しいよね!』
とか思いながら塩を振りまくったんだろう。
ただ、初めてまともに華奈が作ったご飯を食べることができたという少しの嬉しさと、さっきまでかいていた汗のせいで失った塩分を補給できると考えれば意外といいお粥かもしれない。
「73点で」
「やったー! 高得点だ!」
「ただしょっぺえよ。塩何振りしたんだ」
「え? 沢山?」
やはり全て目分量と己の勘のみでやっていたんだなと俺の中の疑念がしっかりと払拭された。
しかし食欲が無いわけではないので食べるのは止まらない。スプーンを華奈から取って自分で食べる。流石に全部あーんは、色々と精神的にしんどい部分がある。華奈はかなり不服そうに頬を膨らませていたが、知らないフリをしておこう。
鍋の中にあったお粥を全て平らげたら、華奈がだいぶびっくりした顔をしていた。
「ごちそうさま」
「お粗末様〜! 悠真すごいねぇ炊飯器のご飯全部入れたのに食べちゃった…!」
「……昨日の残りだよなそれ。割と入ってた気がするんだが」
昨日兄貴が3合炊いたが俺が食えなかった為に、兄貴が1/3くらいしか食べなかった白米の残り……つまり2合分全てこのお粥に使ったらしい。そして俺は2合分のお粥を食い切った。食べるのに夢中になってて、量なんて気にもしていなかった。
そして再認識したのは、華奈に対して台所は禁止区域にした方がいいということだ。まぁ今後俺の家の台所に華奈が立つかどうかは別として。
そして熱を測り、経口補水液を飲み、横になり楽な体制になりようやく心の底から落ち着きを取り戻せた。ベッドの側にまだ華奈が座っているとはいえ、やはり体調が悪いからかそこまで気をやる余裕が無い。
「悠真、アイス食べる? ピノ買ってきたんだ。大好きでしょ?」
「ん……食う」
俺が大好きなアイスのことを平然と覚えている華奈のことはスルーして、身体を起こそうとすると華奈が「いいの横になってて」と言ってきた。
申し訳ないながらも、横になりながらピノをいただくことにした。
「つめた……うま」
「おいしいねぇ」
ピノが好きな理由は、もちろん味が好きだからというのもある。けどそれ以上にこうやって誰かと分け合えたりするのが俺的にとてもいいなと思える要素だから。
分け合うという点で言えばパピコでいいと俺も思う。でも小さい頃、母さんと父さんが星のピノを俺にわけてくれた時の記憶のせいか、どうしてもピノは分け合うものという認識が俺の中で根強い。
「ピノって何人かでシェアできるのがいいよねぇ。最大6人で食べれるじゃん!」
「俺もそう思う。うめえしな」
「そうそう! 美味しいし!」
身体も汗が出たりして平熱気味になってきているのに心臓あたりが妙に暖かい。華奈の一言一言が、俺の感覚とリンクしてるようで心地いい。
眠気も襲ってきた。満腹感と、心の暖かさ、なにより言葉にできない安心感に包まれていて、瞼がどんどん重くなる。華奈が察したのか、俺が安心できるように手を軽く握ってきた。
「寝ていいよ悠真」
「ん……今日すまん。デートできずに看病までさせて」
ずっと心に引っかかっていたことを言ってみる。今くらいしか素直にものを言える機会も無いし、普通に戻れば俺はまだ素っ気ない態度を取ってしまう気しかしない。
「いいよ別にっ。元から今日は悠真と過ごそうと思ってたんだし、デートが看病に変わっただけで悠真と過ごすってところは何にも変わらないじゃん」
「そうか……」
その言葉を聞いて、俺は眠りに落ちた。
手を振り解く事はなく、むしろ少しだけ握り返してしまうくらい安心してしまっていた。
「また二人でデートしようね。悠真」
今日がもう終わると錯覚した15時半だった。




