第28話 告発
「アホか。何を言い出すかと思えば。どうしてワシが長八と文湧堂を殺さなあかん?」
清五郎が嘲笑う。
「殺す動機は十分にあるんですよね。長八さんは『姫様が生きていた』と言っていたそうです。おそらくは幼い頃の琴姫の顔を知っていて、お咲さんを町のどこかで見かけたんでしょう。長八さんが何者なのかは分かりませんが、琴姫の顔を知っていた。奥宮清五郎さんは姫様の秘密だけは知られたくないわけだから口封じをした」
「長八が琴姫のことに勘づいたって、ワシがどうやって知るんか?」
「例えばですよ。長八さんが琴姫を尾行して神田相生町の湯まで来た。すると、そこの主人が江州浦谷家の元武士だった。長八さんは主人の顔も知っていたから話しかけて、ついでに琴姫のことを問いただした。全部想像ですけど」
「そんなことは一切なかったぞ。断言してやる」
「長八さんの気付きを清五郎さんが知ったとすれば、殺す動機になると言いたいだけです。だけど、証拠が一切ない。二十日の夜、長八さんの長屋を旅装束で近江弁を話す大男が訪ねてきたって証言があるくらいです。大男という特徴が清五郎さんに合致していますけど、だからどうしたという話にしかなりません」
「当たり前や。そんなんで人殺し扱いされたらたまらんわ」
「長八さんの件はひとまず置いておきます」
ここで輝斗は唇を少し湿らせた。
「文湧堂の善左衛門さんですけど、あの人も近江出身で長八さんと毎月会っていました。その時に小遣いを渡していたみたいだし、ただならぬ関係だと思います。もしかしたら、善左衛門さんも浦谷家に何かしらの繋がりがあったのかも」
「その辺りは人別帳をつぶさに調べれば分かるだろう」
「オレにはできないから、親分に相談はしてみます」
輝斗は人別帳の仕組みに詳しくないが、町奉行所なら調べられるのではないかと思っている。
「六月二十一日の昼間。井戸端の殺人でオレが犯人扱いされましたけど、冤罪だと分かったのが九つ(正午)くらいでした。吉原からの文使いが文湧堂に来たのは八つ(およそ午後二時)過ぎ。奉公人のお時さんの話によれば」
「文を書いて、神田相生町から吉原まで行って、なおかつ文使いが神田松下町へ戻ってくる。いくらなんでもその短い間ではできんな」
「正午の前に吉原へ行っていたかもしれません」
「井戸端で銀三が殺される前は、ずっとこの湯屋にいたぞ。奉公人たちに聞いてみぃ」
「じゃあ、吉原へは行かなかったんでしょうね。でも、わざわざ行かなくても手紙は出せますよね。神田相生町の近くで文使いに頼んで『吉原から来た』て言わせればいいだけですし。ともあれ、八つを過ぎてから届いた文を善左衛門さんは受け取った。その後に彼は本町の式亭三馬さんの店に向かって、七つ半(およそ午後五時)ごろに三馬先生のところから帰った。もちろん、手紙に書かれたことを実行するためです。誰にも知られないようにしながら、五つ(およそ午後八時)に文湧堂の蔵の中へ入る。七つ半から五つまでかなり時間がありますが、善左衛門さんはどこかで時間を潰してから蔵に向かったのか、それとも蔵の中に早く入って潜んでいたのかもしれません。で、約束の五つ頃に殺されてしまった。店の奉公人、新平くんが物音を聞いているからこの時刻で間違いないと思います」
「夜の五つと言えば、湯屋が閉まる頃やな。ワシは忙しくて神田松下町なんかに行けんぞ」
「善左衛門さんが殺されたちょうどその日、神田相生町の湯はお休みでしたよね。つまり、清五郎さんは夜間に働く必要がなくて出歩くことができた」
「わざと店を休みにしたと?」
「清五郎さん一人だけ抜けるなら、店を閉める必要はありません。他に働く人が何人もいますし。だけど、お亀さんと二人で出歩くとなるとそれなりの理由が必要になります。湯屋の主人とおかみさんが同時に不在になるなんて滅多にあり得ないでしょう」
「姉上も共犯だと言うのか?」
「文湧堂の庭に残されていた足跡から、犯人は二人組だと推察されています。そして、その片割れは足が小さい女性だと思われます」
(事件の夜、湯屋の勝手口でガタガタ音が鳴ったって話があったよな。ひょっとしたら、清五郎さんとお亀さんが戻ってきた時の音だったのかも)
根拠はないながらも、間違っていないように輝斗は思っている。
「庭の足跡を紙に写し書きしたんですが、清五郎さんとお亀さんの草履の大きさとだいたい同じなんですよね」
「たまたまやろ」
「そうなんですよ。でも、オレはこれくらいしか物的証拠を持っていないのが実情です」
(あとは長八さんが善左衛門さんに宛てた手紙の文字の鑑定するくらいなんだけど、江戸時代では筆跡が裁判の証拠にならなそう。てか、そもそもの話で筆跡鑑定なんてやっているのか?)
輝斗の知識では分からない。
「オレからの話はここまでになります」
「――この話をどうしてワシに話そうと思った?」
「もし合っていたのなら、清五郎さんに自首をして欲しいからです。もし間違っていたなら、ぶん殴ってもらっても構わないです」
「あのなあ、合っていてもぶん殴られるかもしれんのに、ようやるわ。ぶん殴るどころか、口封じで殺されるかもしれんぞ」
「幸吉に頼んであって、店の中で騒ぎがあったら助けに来てくれと……。オレと幸吉の二人がかりでも清五郎さんには勝てないかも」
彼の額に小さく冷や汗が浮かぶ。
「賢いのかアホなのか分からん奴やな」
清五郎が相好を崩した。
「まあええわ。こっちも認めたる。輝斗の話は大筋で正しい」
「……認めてくれるんですか?」
「証拠がないから逃げ切れるやろうけど、ワシは元々逃げるつもりではなかったしな。姉上が色々とうるさかったから、コソコソと逃げ回っていたが」
犯行を認めた彼の表情はどこか清々しいものになっていた。
「ワシまでたどり着いた褒美に全て話すわ」
清五郎が普段と変わらない調子で語り始めた。
筆跡鑑定は江戸時代でも既に行われていたそうです。しかし、裁判の証拠として扱われるようになるのは後の時代からです。




