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第26話 呼び出し

 俊善の寺を後にした輝斗は、まっすぐに神田相生町の湯へ戻り、なんとか日が暮れる前に帰ることができた。


 夕刻以降の湯屋は、その日の汗を流そうとする大勢の客で賑わう。輝斗は奉公人の幸吉を手伝い、閉店まで店の裏で薪を火にくべ続けた。


 閉店時刻が過ぎて店の掃除を終えた輝斗は自室に戻った。一日の疲れを全身で感じているが、不思議と目はさえている。


「何だ? ワシに話があるってのは?」


 部屋の中に徳兵衛が入ってきた。


「夜遅くに申し訳ありません。オレが今日一日で集めてきた話を徳兵衛さんにどうしても聞いてもらいたくて」


 頭を下げてから、輝斗は話し始めた。長八の葬儀のこと。式亭三馬から聞いたこと。芳町の蜻蛉屋でのこと。深川で会った俊善のこと。


「――ほう。色々と調べたものやな」


 興味深そうな表情で徳兵衛が頷く。


「で、それだけの話を集めて、お前はどう考えた?」


「ハッキリ言わせてもらいます。お咲さんが琴姫ですよね? 両目の下に同じようなほくろがある女性なんて、そうそういないはずです」


「おいおい、お咲がお姫様とは傑作だ。歳も違うし」


「琴姫は正月の生まれだから本来は十六歳のはずですが、誕生日を前年の十一月とか十二月とかに偽れば十七歳になります。お咲さんは享和三年(一八○三年)の冬生まれらしいですね。でも本当は享和四年(一八○四年)正月の生まれじゃないんですか?」


「面白い考えだ。地本問屋に売り込んだら、本になるかもしれないぞ。じゃあ、ワシとお勝は姫様たちをさらった破落戸か? それとも女衒ぜげんから子を買った夫婦か?」


 徳兵衛がにやりと笑う。


「お勝さんは乳母のお亀さんなんじゃないかなと思います。人相書きと少し似ているので」


「なら、ワシは誰だ? さらわれた四人の中に含まれてなさそうだぞ」


「奥宮清五郎さんなんじゃないかなと思っています」


「アホか。奥宮清五郎とかいう武士は殺されたって、さっき言うていたやろう」


「見つかったのは首を奪われた死体です。身につけていた刀や着物から奥宮清五郎さんだと思われたようですが、別人かもしれません」


 顔のない死体。推理小説の古典的トリックの定番だ。俊善から奥宮清五郎の話を聞いた時から、輝斗は別人の死体だったのではないかと思っていた。すなわち、奥宮清五郎の首は敵に奪われたのではなく、彼が別人の首を切って隠したのではないかと。


(長八さんの死体も身元の判別ができなかったけど、たまたま発見が遅れただけだし)


 早期に発見されていれば身元確認できたはずだから、長八の場合は顔のない死体トリックとは別だと輝斗は考える。


「死体が入れ替えられていたと? 何のために?」


「正直な話、何のためなのかは分かりません。実は奥宮清五郎さんとお亀さんは裏で破落戸とつながっていて、若様と姫様を奪う腹づもりだったとかはどうでしょう?」


「やはり戯作家でも目指すべきやな」


 徳兵衛が鼻で笑った。


「奥宮清五郎さんが姫様たちをさらったとして、その後十五年もの間キッチリと娘として養育している理由が説明できないから、戯作者になろうにも地本問屋に門前払いをくらいそうです」


「考えだけは面白いで。ワシは褒めてやる」


「戯れ言かもしれませんが、徳兵衛さんが奥宮清五郎さんというのは事実だと思っています。江戸に来ていたお亀さんと結婚した無関係の人って線もありますけど、徳兵衛さんの言葉は関西訛りが入っているから、やっぱり乳母の弟さんなんじゃないかなと。オレは区別ができませんが、言葉の判断ができる人なら、神田相生の湯の主人とお内儀さんが話しているのは近江訛りだと分かるかもしれません」


「近江言葉を話す者なんて江戸にいくらでもいるぞ。証拠もないのに決めつけてくれるな」


「はい。たしかに証拠はありません。ただし、俊善さんに徳兵衛さんとお亀さんの顔を見てもらえば、オレの考えが正しいかどうかが判明します」


「……うーん、参ったなあ」


 徳兵衛が視線を天井に向けた。


「降参だ。認めたる。ワシが奥宮清五郎だし、あとの二人も輝斗の言うとおりや」


「――認めちゃうんですか?」


「誤魔化しようがない。今まで誰にも気取られなかったんやけど、元浦谷家の者が近くにおるとなるとな。どなたなのかは分からないが、きっと顔見知りだ。若様を捜す役目に就く者など限られている」


 あっけからんという面持ちで徳兵衛が話す。


(秘密がバレたのに全然困った感じではないな。意外だ)


 輝斗は訝るが、そんな彼を気にせずに徳兵衛は話し続ける。


「こうなったからには仕方がない。教えたるわ」

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