第21話 発見
六月二十四日。
今朝も事件捜査のために、輝斗は藤次の家へ向かった。
徳兵衛は来ていない。湯屋で込み入った仕事が入ってしまったので、後から来ることになったのだ。
代わりにお咲が輝斗と一緒に来ている。輝斗を一人で行動させられないのだから、どうせ彼女と一緒に動くことになるだろうと、徳兵衛が気を回したのだ。
母親の機嫌はとんでもなく悪化したわけだが、娘の方はどこ吹く風でむしろ上機嫌だ。岡っ引きの手伝いが案外好きなのかもしれない。
「長八の野郎が見つかったぜ」
苦虫をかみつぶしたような顔で、藤次が告げた。
「海に浮いていたそうだ。昨日、佃島(東京都中央区)の漁師が浮いている土左衛門を引き上げて、役人に届け出た」
「――死んでいたんですか。いくら捜しても見つからないわけですね」
驚いた輝斗が目を見開く。
「死後数日は経っていると御検視の見立てだ。海にずっと浸かっていたわけだから、屍からは身元の判別なんてできねえらしい。懐に入っていた財布に長八の名が書かれていたから、奴さんだろうと思われている。この話が俺の耳に届いたのはついさっきのことだ」
「身元の確認ができないってのが引っかかりますね」
「こればかりはどうにもなるめえ。ともあれ、文湧堂の件はこれで打ち切りだな」
藤次がため息をつきながら煙管をくわえた。
「長八が文湧堂で人殺しをしてその後に身を投げたと、八丁堀の旦那は考えているようだ。この件から手を引くようにと指示が来た」
「でも親分、長八さんが殺したとは限りませんよ? それに、まだ分かっていないことも多いし」
「お咲ちゃんの言う通りだが、俺にはどうにもできねえことになっちまった」
「そんな……」
お咲が残念そうに目を伏せた。
輝斗も納得ができないので、藤次に異論を申し立ててみる。
「このままじゃあ、文湧堂の皆さんが可哀想です。どうにか真犯人を捜し出せないでしょうか?」
「人殺しを捕まえたいのはオレも同じだ。しかし、八丁堀の旦那に逆らうことはできねえ。しだらねえ(だらしない)話だがな」
「だけど……」
「無理を言うんじゃねえ!」
藤次が煙を吐き出しながら一喝した。
その強い語調に輝斗は気圧されるが、気持ちを入れ直して食い下がる。
「親分が文湧堂の件を調べられないのは分かりました。じゃあ、子分が親分に内緒で調べるのは別に構わないんですよね?」
「……おめえ、案外しつけえ性分だな」
「自分でもちょっと驚いているところです」
「三日だ。その間だけ好きにしろ」
期限付きではあるが、藤次が折れてくれた。
「ありがとうございます!」
輝斗が深く頭を下げる。
「じゃあ、私も輝斗さんと一緒に調べるということで」
お咲も嬉しそうに微笑んだ。
「一回家に戻って、おっ父さんに文湧堂の件からは手を引くようにと言付けしておいてくれ。あと、昼過ぎくらいに俺が店に顔を出すってものついでに頼んだ」
「はい。お伝えしておきます」
「長八の家で葬式があるらしいから、お咲ちゃんと輝斗の二人で顔を出したら、何か新しい話を聞けるかもしれねえぞ」
「あら? 遺体が引き渡されたのでしょうか、罪人なのに?」
不思議そうにお咲が首を傾げる。
「長八が人殺しだと決まったわけじゃねえからな。あくまで八丁堀の旦那が考えているだけで、今のところ決め手がねえ」
「それで型通りに引き渡すことになったと」
「葬式で家主たちが忙しく働いているだろうが、話くらいは聞けるはずだぜ」
藤次に見送られて、輝斗と二人は親分の家を後にした。




