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第13話 奉公人たちの証言

 蔵の見張りは自身番に任せて、輝斗・藤次・お咲・正助の四人は母屋の座敷に戻った。


「正助さんに色々と聞かせてもらうぜ」


 煙管に火を点けてから藤次が切り出す。


「この店の者は何人いるんでい?」


「旦那とお内儀さんを入れて八名にございます。男の奉公人は手前を含めて五人で、女は一人」


「みんな店に住み込みかい?」


「いいえ。手前だけ外から通っております」


「じゃあ、正助さんの昨日からの動きを教えてもらおうか」


「六つ(およそ午後六時)に店を閉めてから、片付けを済ませて帰路につきました」


「旦那が帰っていないのに、番頭が店から出たのか?」


「まさかこんなことになっているなんて、その時は店の誰もが思っていませんでした。旦那はそのうち帰ってくるだろうと思っておりまして……」


「まあ、そう思うか。正助さんは真っ直ぐに帰ったのか?」


「いいえ、囲いの家に寄りました」


 囲いとは妾のことだ。


「どんな女でい?」


「二十四歳の中年増ちゅうどしまです。容貌きりょうは十人並みですが、色々と縁がありまして」


「何時頃まで囲いの家にいたんでい?」


「町木戸が閉まる前(およそ午後十時)には出て、手前の家に帰りました。囲いや嬶に聞いてもらえば、嘘ではないと分かるはずです」


「いやいや、別に正助さんを疑っているわけじゃねえぜ。通り一辺倒の問いかけよ。一応、家がどの辺なのか教えてくれ。囲いの方もな」


 煙を吐き出しながら、藤次は質問を続ける。


「さて、さっき二階を調べてみたら窓の格子が切られていたんだが、正助さんは知っていたかい?」


「何ですって!」


 正助の顔色が変わった。


「その様子からすると、知らなかったようだな」


「もちろんにございます。知っていたらすぐに直しますとも」


「切られたのがいつ頃なのか見当はつくかい?」


「先月の終わり頃に二階へ行った時は、間違いなく格子は無事でした。なので、それより後の話になると思います」


「五月の末に正助さんは何をしに二階へ上がったんだ?」


「二階の壁が少し崩れていて、左官に直してもらいました。その時に手前も一緒に行きました」


「その左官はどこのどいつでい?」


「上野新黒門町の親方です。うちの店では長年お世話になっておりまして――」


「ちょっと待ってくれ」


 番頭の話を藤次が遮った。


「上野新黒門町の左官だと? ひょっとして、銀三って若ぇ奴も一緒に来ていたりしたか?」


「はい。親方と一緒に仕事をしていただきました」


「まさか、ここであいつの名が出てくるとはな……」


 タバコ盆に灰を落として、藤次が考え込む。


 輝斗も驚いていた。昨日殺された男の名がここで出てくるなんて思ってもいなかったのだ。


「……あの、銀三さんがどうかされましたか?」


「昨日殺された。読売よみうりが朝っぱらからうるさかったぜ。知らねえか?」


「ええっ! それは存じていませんでした。何せ店の方ではそれどころではなくて……」


「二日続けて人殺しが起こるとは物騒なもんだぜ。今日の話に戻るぜ。主人が誰かに殺される心当たりはあるか? 恨まれるとか」


「とんでもございません! あの方を恨む人なんておりません」


 正助の話によると、善左衛門はとにかく働く男だったらしい。本屋の主人は基本的に店先に出ず、店の奥にいることが多い。大きな商いがあった時のみ、客を奥に招いて商談をするのだ。しかし、善左衛門はそれをよしとせず毎日店頭で働いていたとのことだ。


 私生活も品行方正で、道楽なんてものには興味を示さない。奉公人たちには厳しくも愛情ある接し方をしていた。神仏への信仰も厚く、ことあるごとに寺社に多額の寄進をしていた。


「そりゃ、立派なもんだな。店が大きくなるわけだ」


 藤次が感心する。


「夫婦の仲は良かったのか?」


「はい。子宝こそ授かっておりませんが、おしどり夫婦でした。それなのに、こんなことが起こるなんて……」


「さっきも尋ねたが、旦那の様子でおかしいところはなかったのか?」


「――こうなったからには正直に全て白状いたします。四日前、長八さんが店を訪ねてきまして、旦那と二人で何やら話をしておりました。その時から、旦那は時折悩んでいたご様子でした」


「旧友と話して悩むってのが変だ。何の話をしたか知っているか?」


「いいえ。全く存じません」


「長八って奴に尋ねてみるしかねえか」


「もう一つお話がございます。こちらの話の方が大きいと思われます」


「是非聞かせてくれ」


「昨日、蔵から五十両(四百万円)盗まれまして、旦那は大変心を痛めておりました」


「五十両といったら大金だ。届け出たのか?」


「それなのですが……」


 正助は額の汗をしきりに拭きながら告白した。


 店の金が盗まれたなどと届け出たら、世間の笑いものになってしまう。店の恥を広めないためにも、五十両のことは忘れて一切を秘密にするという道を文湧堂は選んだのであった。


 江戸時代の人間は後ろ指を指されることを忌避する。特に武家や商家は顕著だ。


「文湧堂の都合は分かった。別に咎める気はねえから、教えて欲しい。盗まれたのはいつ頃なのか見当は付いているのかい?」


「一昨日に店を閉める時には間違いなくありました。それが無くなっているのに気付いたのは、昨日の昼八つ(およそ午後二時)頃でした。盗まれたのはその間でしょう」


「盗人の見当は?」


「商売をしている間は蔵の扉を開けっぱなしにしているので、誰でも盗み出せます。ただし、店の誰にも見られないように盗むのだから、相当に難しいことだと思いますが」


「五十両失っても店は平気だったのか?」


「正直に申しますと、かなり苦しいです。近頃は出した本がなかなか当たらないことが続いているので。だからといって、すぐに店が潰れるということはございませんが」


「金が盗まれたと分かった後に、二階は調べなかったのか?」


「はい。二階には盗まれるような物を置いていませんので。あと、盗人は扉から出入りしたと思い込んでおりまして。まさか二階の窓の格子が切られていたとは……」


「話を怪談の方に変えるぜ。ノコギリの音が聞こえた時、店の奉公人たちで音の出所を探ったってことだったよな? 蔵の方を見に行ったのは誰だったか覚えているかい?」


「――はあ、ノコギリの音ですか?」


 思いがけない話に切り替わったのに戸惑ったのか、正助は間の抜けた声を出した。


「蔵へ向かったのは秀松ひでまつだったはず。――そうです。確かです」


「文湧堂で音を調べたのは二回あったはずだが、蔵へ行ったのは二回とも秀松だったか?」


「はい。相違ありません」


「秀松ってのはどういう奴だ?」


「今年入ってきたばかりの十一歳の奉公人でございます。お内儀さんの親戚筋の子で、大きくなったら店を継がせるつもりなのではないかと、手前は勝手に思っております」


「あい分かった。秀松をここへ連れてきてくれ」


 正助は藤次の注文通り、秀松を呼びに行った。


「親分、まさかと思いますけど、秀松って子を疑っているんですか?」


 ここで輝斗が口を挟んだ。


「まだ肩揚げしたままの子が人を殺すとは思えねえ。ましてや文湧堂の主人は大柄だったわけだから、小さい子が殺すってのは難しいだろうよ」


 蔵の中で争ったような形跡があった。状況から考えると、子供一人で殺せたとは思えない。


「じゃあ、どうして秀松くんを呼ぶんですか?」


「殺したどうかはひとまず置いておいて、どうしても問い質したいことがあって――。おいでなすったぜ」


 正助が秀松を連れてきた。


 秀松だけを残して退出するよう、藤次は正助に求める。


 番頭は言われたとおりに、幼い秀松を残して自身は部屋から出ていった。


「今から俺が尋ねることに、おめえは正直に答えるんだぞ」


「はい。分かりました」


 秀松は緊張した面持ちで頷く。お朝の親戚ということで顔立ちが少し似ている。


「ノコギリの音が聞こえた夜、おめえが蔵の様子を見に行ったんだな。その時におかしなことは何もなかったから、店の衆にそう告げたと。違えねえか?」


「はい。その通りにございます」


「正直に答えろって言っただろ」


「嘘なんかじゃありません」


「いいや、嘘だ。おめえは蔵の方を見に行けと言いつけられたのに、行かなかったんだ。おおかた、おっかなくて行けなかったんだろうよ。で、行ってもいないのに『何もなかった』って嘘を言ったんだ。しかも一回のみならず二回もだ。この俺にここまで言わせたってのに、それでもまだ正直にならねえってのなら、自身番に引き上げるからな」


 語気鋭く藤次が追及すると、秀松は小さく震えて泣き出してしまった。


「……恐れ入りました。堪忍してください」


「よくぞ認めてくれた。お内儀さんにも正助さんにも内緒にしておくから、これからは素直に生きるんだぞ」


 泣き止むのを待ってから、藤次は秀松を部屋から出してあげた。


「これで、お化けノコギリの件は埒が明いたな」


 親分が顎を撫でながら白い歯を見せる。


「秀松くんが恐くて嘘を付いていたって、親分はどうして分かったんですか?」


 輝斗が質問をぶつけた。


「夜にノコギリの音が鳴ったのが半月ほど前。先月末に無事だった文湧堂の蔵の格子が、いつの間にか切られていた。この二つは明らかに繋がっているはずだ。なのに、文湧堂では何も見ていないってのはおかしい。誰かが嘘を付いているのは明白だ。で、蔵の様子を見に行ったのは秀松だって分かった。こうなりゃ、秀松の嘘に違えねえ」


「そこまではオレも思いついたんですけど、お化けノコギリの音が恐くて嘘をついていたと見破ったのは、どうやってですか? 泥棒と口裏を合わせていたかもしれないのに」


「ああ、ただの勘だ」


「――勘だったんですか」


「盗人と繋がっているかもしれねえとも思ったんだが、本人の顔を見て違うと思った。どのみち、嘘を付いているのは確かなんだから、少し脅せば正直に話すだろうと踏んだが、目論見通りにことが進んで助かったぜ」


 そんな藤次にお咲が文句を言う。


「親分、あんな小さい子を脅すなんて可哀想ですよ」


「盗みや人殺しに話が繋がっているんだ。あそこでまだ強情を張るようなら、本当に自身番へ預けるしかねえ。この場で済むようにしたのは俺からのお情けだぜ」


「でも、あんなに厳しく言わなくても……」


「厳しく言ったおかげで怪談話が終わったし、五十両盗みも見当が付いたんだ。細けえことは気にすんな」


「親分は五十両を盗んだ人が分かっているのでしょうか?」


 お咲が驚く。輝斗も同様だ。


「蔵に忍び込んだのは、銀三の奴に違えねえ。先月、蔵の壁を直しに来た時、金目の物があるって知ったんだろう。だが、親方や文湧堂の連中の目があるところじゃあ盗みなんてできねえ。だから、夜な夜な文湧堂に忍び込んで、蔵の格子をノコギリで切った。これがお化けノコギリの正体よ。用心深いことに、銀三の奴はわざわざ三回に分けて格子を切った。店の連中はめったに二階へ上がらねえから全く気付かねえ。そして一昨日の夜、ついに盗みをやってのけた」


「銀三さんが二十両持っていたって話は、さっき親分から聞きましたけど、それが文湧堂から盗んだものってことですか? 筋は通っているけど、考えが飛躍し過ぎている気がします」


 藤次の推理に輝斗が疑問をぶつける。


「銀三の家を調べてみれば分かるだろ。三十両が丸々残っているとは限らねえが、きっといくらか残っているはずだ。金を盗んでから殺されるまで半日ちょっとの間しかなかったんだ。使い切るのは難しいぞ」


「彼の家から出てきたらほぼ間違いないでしょうが、本当にあるんでしょうか?」


「昨日か今日で、八丁堀の旦那が既に調べていると思うぞ。後で確かめに行くべえ。ただ、文湧堂の主人を殺したのは銀三じゃねえな。なにせ、銀三の方が先に死んじまっているわけだし」


「格子に糊を付けてくっつけたのは銀三さんでしょうか? 何のためにやったのか分かりませんが」


「一回目か二回目の怪談騒動の時に間違えて切り落としちまったもんだから、店の連中に気付かれないように――。いや、無理があるか」


「一本だけに糊が付いているならともかく、二本とも付いていましたもんね。両方を間違えて切るなんてちょっと考えられません」


「そもそも、あらかじめ糊を持って行ったわけだから、何か他の仔細があるはずだ。それが何なのかサッパリ分からねえ」


 藤次が首をひねったちょうどその時だ。部屋に正助が戻ってきた。


「すみません、奉公人のおときがどうしても親分に伝えたいことがある申しておりまして……」


「構わねえぞ。今はどんな話でもありがてえ。お時ってのはどんな女でい?」


「越ヶ谷(埼玉県越谷市)の百姓の娘で、今年十九歳。十五の時からずっとうちの店に奉公しております。働き者で、本当に助かっていますね。近々良い男を探してお見合いをさせようという話だったのですが、旦那が亡くなったから先送りになるかもしれません……」


「だいたい分かった。すぐに連れてきてくれ」


 間もなく部屋に訪れてきたお時は、地黒で大柄な娘だった。主人の死がショックだったのか、目が真っ赤に腫れている。


「お耳汚しになるかもしれませんが、どうしても親分にお話しをしておきたいことがあります」


「何でも話してくれ。助かる」


「昨日、蔵からお金が盗まれたと分かってからしばらく後のことにございます。吉原(東京都台東区)から文使いが来ました。『うちの旦那はくるわへ遊びに行くような方ではありませんから間違いでしょう』と言ったのですが、文使いが『神田松下町の文湧堂の主人に宛てた文だ』と言うので受け取りました」


「ほう。その文を旦那に渡したのか?」


「はい」


「旦那はどんな顔をした?」


「文を受け取った時は怪訝そうでしたが、読んだ途端に深刻そうな顔になりました」


「実に興味深え。何て書いてあったか分かるか?」


「いいえ。主の文をのぞき見するなんてありえません」


「そりゃそうか。旦那はその時、何か言ったか?」


「『この文のことを決して口外しないように』と言いつけられました。今の今までずっと胸の内に秘めておりましたが、こうなってしまったからには親分にお伝えしなければならないと思った次第にございます」


「よくぞ話してくれた。その文使いは知っている顔だったのか?」


「初めて見る方でした」


「人相を教えてくれ」


「十五歳くらいの若い男で……」


 お時が語った人相の特徴を、輝斗は紙に書き留めていく。先ほどからずっとメモ書きをしているので、既に紙が四枚目に突入している。


「これは思わぬ収穫かもしれねえ。主人が殺された仔細に繋がるにおいがするぜ」


 お時が退室した後、藤次が嬉しそうに感想を述べる。


「だけど親分、文の中身が分からないからどうにもなりませんよ」


「お咲ちゃんの言う通りだ。さっき死体を調べた時、文の類いは一切見当たらなかった。だが、蔵のどこかに残されているかもしれねぞ。というか残っていてくれ。大事な証拠だ」


「吉原から来たという文使いのことも探しますよね?」


「無論だ。あそこは俺の縄張りの外だから、浅草の親分に話を通してからだな。お時が嘘を言っているようなら、たっぷりと絞ってやらあ」


「――お時さんを疑っているのですか」


「お時に限った話じゃなくて、店の者を皆一様に疑っているぜ」


 ここで検視の役人が到着したと連絡が届いた。


「御検視がいらっしゃったか。俺が応対するから、輝斗とお咲ちゃんは式亭三馬と長八に会ってきてくれ。それが終わったら家に帰って構わねえ」


「はい。分かりました」


「疑わしい二人だが、決して召し捕ろうなんて考えるなよ。あくまで話を聞くだけだ」


 そう念を押されて、輝斗とお咲の二人は文湧堂から出たのであった。

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