魚の肌持つお姫様。3
水野さんが、苦しそうに喉を抑えている。何処かにぶつけただけではなさそうなその苦しみ様に、俺達はどうしていいのか分からず、ただ突っ立っている。
「みっ、水っ……」
掠れた声で水野さんが声を上げた。まるで上手く息が出来てないみたいに、口をパクパクさせている。
「水……?」
なんで?どうして?どうして、水?喉に何かを詰まらせた?そんなばかな。今の一瞬で何かを食べられるはずがない。
水野さんが発した予想外の一言に、誰も動けない。つい、視線が泳ぐ。
驚いた顔をしたクラスメイト。埃が溜まっていそうな蛍光灯。倒れてる机、壊れた水野さんの腕時計。その腕時計の周りに、何故かある少量の水。泳ぐ俺の視線は、様々な物を網膜に映していく。
そして、パニックみたいになった俺の頭は、次々記憶を蘇らせる。
ーーーーそれで、その呪いは、子供にも受け継がれちゃってね。そうして何代も何代も、何人も何人も、今現在でも呪いっていうのは残ってるのーーーー
「まさかっ」
その可能性が頭をよぎった瞬間、俺は水野さんに近づいて、その腕を取った。
そして、彼女を引っ張り教室を出る。
人が邪魔だ。こっちを見てないで道を開けてくれ!
廊下を少し掛け、水道の前に走り込むと、勢いよく蛇口を捻り、水野さんの腕を、流れ出る水に当てた。
「っはぁっ……!」
途端に大きく息を吸い、水野さんは肩で息をし出した。
「はぁ、っはぁ」
腕に水を当てたまま、そして息を整えながら、水野さんは俺の方を向く。何か言いたそうだが、呼吸が荒い。
「優樹!」
だが水野さんが口を開こうとしたその時、俺達の教室の方から、悠斗達が駆け寄ってきた。
「優樹、いきなり走って、どうしたんだ?それに水野さ……」
近づきながら話していた悠斗の声は、途中で途切れた。俺の隣に立っている水野さんがさっきまでとは違い、顔色が良いのである。
多分悠斗は、どうして水野さんが苦しそうにしていないのか、気になったのだろう。
「……知美?」
悠斗の影に隠れて、俺からは見えなかった川端さんがひょっこりと顔を出す。
「志乃……」
「さっきは何だったの?急に苦しそうにしちゃって……」
川端さんは水野さんが本当に大丈夫なのか確かめる様に、ゆっくりと近寄った。そのまま二人を見ていたかったが、俺は悠斗の方に顔を向ける。
「悠斗、悪いが……」
「岩波さんか?」
俺が言おうとしていた事、よく分かったな。
俺は少しばかり驚いたが、直ぐに悠斗に向かって頷いた。悠斗は俺が頷いた事を確認するやいなや廊下を駆け出した。
多分、水野さんは『姫様』の一人だ。川端さんと安心した様に笑いあっている彼女を見ながら、俺はそう思った。




