モノクローム・シャトヤンシー(5)
きっと、直系の王族という事もあるのだろう。目の前に聳える一際立派な墓の前には、既に沢山の花が手向けられている一方で……花選びが点でなっていないと、ラウールは憎々しげに鼻を鳴らす。
どうしてこうも揃いも揃って、白い花ばかりなのだろう。この墓の持ち主は……あの瞳と同じ紫色が好きだったはずなのに。そんな事を思っていた矢先に、石段の端で遠慮するように供られているユーストマの花束が目に入る。その的確なチョイスに思わず唸ると、同じ紫色のユーストマをそっと加えては……どことなく悦に入る自分が気持ち悪い。
兄の言う通り、一応は命の恩人ではあるのだろうから、花を手向けるくらいはしてやってもいいか。そんな言い訳と気まぐれを紫色の瞳に乗せながら……こびり付いた記憶が頼みもしないのに、ラウールの頭の中を蹂躙しては駆け巡っていた。
17年前のある日、とうとう母親が自分達のところに帰ってきて……一緒に暮らせる事に、どれだけ胸を躍らせたことか。もちろん、数年だけ続いた生活の記憶は、確かに幸せなものであった事は疑いようもない。そしてその温かい生活の中で、ようやく自分にも両親ができたのだと誤解しかけたのも、事実だ。だが今となっては……それがたったひと時の幻想だった事が、何よりも悔しい。
***
「父さん、その……」
「モーリス、どうした? 何かあったのか?」
「……母さんが帰ってきません。夕食の買い物に行ったきり……」
「そうか……。ラウールも心配だよな……」
辺りは既に闇に飲まれている。それなのに、昼過ぎに出かけたきり、イヴは帰って来なかった。きっと今日も仕事をこなしてきたのだろう、継父の外套には少しだけ特殊な薬莢の匂いが染み付いていて、どこまでも不愉快な匂いの意味を嗅ぎ取ると……やはり目の前の男を父親と慕うのは危険だと、子供ながらに感じる。いつかはきっと……。
「よし、それじゃぁ……僕が母さんを探してくるよ。……2人は大人しく待っていなさい」
「父さん……僕達も一緒に行きます。と言うのも……母さん、今日はちょっと様子がおかしったんです……」
「様子がおかしかった?」
「うん。母さん、変な声を出してて……えぇと」
「兄さん、その辺りはハッキリ言った方がいいですよ。母さんは多分……最終段階に入っているのだと思います。ですから、俺達も一緒に探しに行かせて欲しいのです」
オドオドとしている兄の横で、憎らしいほどに落ち着き払いながらも、冷徹な現実を口走る。自分でも分かっている。本当はいよいよ泣き出した兄と同じように、涙を流して悲しいと、不安だと……目の前の相手にこれでもかと訴えたい。だけど……いくら望もうとも、いくら願おうとも。……自分の瞳に涙が溢れたことは、一度たりともなかった。
「そうか……だとしたら、いよいよ早く探し出さないと。討伐対象にされる前に、鎮静化させなければ……!」
ラウールの言う最終段階の意味をしかと理解すると、外套さえも脱がないまま踵を返し始める継父。そして……その背中に付いていく事を覚悟すると、強引に彼の呼んだ馬車に2人とも乗り込む。
今思えば、それがどれだけ残酷な結果を引き起こすかを予想していたらば、付いていかなかっただろうに。それでも、モーリスもラウールも……彼の背中に付いていかなければ、置き去りにされると怯えていただけ。ただ、ひたすら……ようやく手に入れた幸せに逃げられたくないだけだった。
***
(カケラの最期というものは、得てしてそういうもの……そんな事は分かっています。でも、だからと言って……俺達を置き去りにしなくてもよかったでしょうに……)
カケラの最終段階。それは……砕けるよりも先に核石そのものに取り込まれ、本物の化け物と成り果てる事。本来は脆いはずの女性のカケラにあって、不幸にも硬度も十分にあったイヴは途中で砕ける事なく、最終段階まで歩みを進めてしまったのだろう。そしてそれを誰よりも自覚していた彼女は……人知れず、誰も巻き込まない場所でひっそりとこの世を去ろうとしたのだ。それなのに……。
(普通の人間が生身でカケラの熱暴走を止められるはずもないでしょうに。どうして……最後の最後まで、拘束銃を使わなかったのでしょうね、この人は……)
黒い外套にこれでもかと、汚れ家業の匂いを染み付けていたクセに。他のカケラ達には、その銃口を向けていたクセに。どうして……継父は母親にはそれを向けなかったのだろう。そうすれば、自分だけでも助かったのかも知れないのに。そうすれば……。
(バカバカしい。結局、彼はどこまでも……間抜けな怪盗紳士でしかありません。そう……)
嘘つきで、調子が良くて……誰よりも優しいフリをして。
数多のカケラ達の自由を奪ってきたはずなのに、母親のそれは奪うことすらできずに、命まで落として。そして……その轍を自分の中にも確かに残しているのが、何よりも忌々しい。
愛情なんて、よく分からない感情を振りかざして……自分の中にも居座り続ける面影を思い出しては、強か首を振る。そんな感情が自分にもあるというのなら。……どうして、この瞳は涙1つ流せないままなのだろう。




