全ての宝石達に愛を込めて(19)
「ただいま〜」
「帰ったか、ラウール……じゃなかった、父上!」
ラザートのお供を無事に終え、ラウールが既に閉店しているアンティークショップに帰宅してみれば。2階に上がったところで、イノセントが慌ただしくやってくる。しかし……。
「そこは“お帰りなさい”でしょう? 父上と呼ぶ前に、言葉遣いをどうにかしなさい、イノセント。……父親に向かって、“帰ったか”はないでしょうに」
「ブゥ〜! こ、これでも、頑張っているんだぞ?」
本格的に父親に昇格したラウールから当然の指摘を受けて、イノセントは頬を膨らませるが。イノセントが正式に娘としてラウールに馴染もうとしているのには、それなりの理由がある。意外ととても深くて、いじらしい理由が。
「とーたま、抱っこ!」
よちよちと更にリビングの奥からやってきたのは、イノセントの焦りの元凶……怪獣を模したロンパース姿の幼児。イノセントを半ば無視した格好で、父親と認識している相手に抱っこをねだる。
「はい、ただいま戻りましたよ、アルフォンス。どれ……いい子にしていましたか?」
幼児が無邪気に可愛い手のひらを向けてくるので、思わず抱き上げるラウール。アルフォンスと呼ばれている彼こそ、件の忘れ形見であるが……どうやら、自身の悪行は綺麗さっぱり忘れているらしい。きっと、彼なりにすんなり馴染めるよう、幼児の姿になったことは予測できるものの。2歳児程度の見た目で可愛い盛りなのは、相当に憎い演出である。
「あっ、アルばっかりズルい! 私も抱っこ!」
自分よりも先に抱っこを成功させた、アルフォンスをちょっぴり睨みつつ。後から来た新参者に父親を取られまいと、イノセントも慌ててラウールに手を伸ばす。彼女が慌てに慌てているのは、突然できた弟に親の注目が集まるのが面白くないからであった。
「全く、なんだかんだで甘えん坊なのですから……。仕方ありませんね……ほら、イノセントもおいで」
そんな事情を知ってか知らずか、ラウールも殊の外素直にイノセントの要求を飲む。右腕には幼児、左腕には幼女。帰って早々両腕を塞がれて、ラウールからはもう、苦笑いしか出ない。それでも……両腕の重みがどことなく、幸せにも思えて。これはこれで悪くないかと、すかさず思い直す。
「ラウールさん、お帰りなさい。お夕飯の準備はできてますよ」
「うん、すぐに行きます。さて……と。今日の夕飯はなんでしょうね?」
楽しげな喧騒を聞きつけ、キャロルがキッチンから笑顔と一緒にやってくる。そうして、ひとしきり嬉しそうにラウール達の様子を見守った後、夕飯のメニューを惜しげもなく披露するが。
「美味しそうなパテを見つけましたので、買ってきました。今夜はそちらと、ブイヤベースを用意してますよ」
「そいつは楽しみですね。それじゃぁ、みんなで手を洗ってきましょうか」
「そうだな。クフフフ……! 今夜の夕飯もお代わりするぞ!」
キャロルの発表に、抱っこされたままフフンと胸を張るイノセント。お代わりは威張る要素ではないと思うのだが、嬉しそうな娘につまらない茶々を入れるのも野暮だろうかと、ラウールは肩を揺らすことしかできない。相変わらず、イノセントが調子ハズレなのは否めないが。どこか憎めないのも、いつも通りである。
「……イノセント。それはそうと、髪飾りの手入れは忘れていないでしょうね?」
ようやくイノセントを床に下ろし、洗面所へ誘導する最中……輝きを忘れていないライムグリーンを見つめながらも、つい、職業病が出てしまうラウール。何かと手入れに煩いのは、宝石鑑定士としての習性なのかも知れない。
「うん、大丈夫。今日も布でキュッキュしたし、眠る時はちゃんと外す」
「えぇ、それが賢明でしょう。スフェーンは意外と、脆い宝石ですから」
「本当はいつも肌身離さず、着けていたいのだがな。だけど……こればかりは何があっても、割るわけにも、失くすわけにもいかないし。きちんと、ラウールの言うことを聞く」
「……そう、ですね。俺が言うのもなんですが、ジェームズ程の至宝はそうそう、ありやしません。大切にしないといけません」
イノセントの髪飾りを彩る大粒のスフェーンは、ジェームズという通称名が付けられている。もちろん、名前の由来は彼らの愛犬に因んだものだが。表向きはジェームズ・グラニエラ・ロンバルディアのコレクションを引き継いだことになっており、今となっては、ロンバルディア宝石商商会台帳には出どころも含めて、「王家所縁の品」として記載されている逸品だ。
「それはさておき……とにかく、今は夕食が先ですね。さ、手を洗ってしまいましょ。アルフォンスも少し降りていてくれますか?」
「うん、だいじょぶ。アル、待ってる」
「よしよし、いい子ですね。って、イノセントは何をしているのです!」
「ネットを変えたからか、石鹸の泡がモコモコになるのだ。楽しいぞ?」
「……手を洗うだけなのに、そんなに泡立てる必要はないでしょうに……あぁっ! 泡を飛ばさないで下さい!」
「クフフフ……! 必殺、ホーリーバブルッ!」
「何がホーリーバブルですか! いい加減にしなさい! あっ、アルフォンス、ダメです! そんなモノを口に入れないで下さい!」
「……ふわふわしてる。これ、食べられない?」
「食べられません!」
食事前の手洗い1つとっても、この騒ぎである。こんな調子では、子育ては前途多難だとラウールはため息を漏らしてしまうものの。この「前途多難」さえあれば、退屈もしなくて済むだろうかと、こっそりと思い直していた。




