全ての宝石達に愛を込めて(14)
《アレンを返すことはできぬ》
それが、「愛」を確かめるためにアルティメットが出した答えである。
「どうして……は聞かないでおきましょうか」
一方、無意味な程に物分かりがいいらしいアレキサンドライトの答えは、これだった。
《理由を問わぬのだな》
「えぇ。現在の姿を見れば、察することもできますよ。だからさっき、敢えて聞いたのです。もし間に合うのであれば……と」
《……》
どうやら、自分は自覚しているのとは異なる姿をしているらしい。てっきり、濃縮された天竜人の姿をしているかと思いきや……頭にくっついていたはずの王冠がなくなっている代わりに、ふさふさと違和感のある感触が指を滑っていく。そうして、アルティメットがようやく手元を見つめれば……そこには燻んだ虹色の鱗ではなく、いかにも弱々しい肌色の皮膚が映し出される。
「俺も原理はよく知らないのですが、融和の彗星が死に際を受け入れる時、対象にとって都合の良い姿が反映されるようです。とは言え……それも理性が残っていればの話ですので、知性を感じられる姿でお目にかかれたのは、せいぜい数名ですけど」
そうして、アレキサンドライトの青年はフッと皮肉めいた息を吐く。どうやら、彼にはアルティメットの理由に心当たりがある様子。いかにも気取った様子で腰に手を充てながら、アルティメットの事情を掘り返し始めた。
「……貴方は要するに、自分の在り方に迷っているのでしょう。“朕は太陽……この星そのものなり!”と豪語していたのに。結局は、人の形を望むのですから。そんな事だったら、最初からこう言えば良かったのです。“仲間に入れて”……って」
《うるさいぞ、小童! 苦労知らずのお前に……最初から完成されていたお前に、何が分かると言うのだ!》
「苦労知らず? 俺が? いやいやいや。俺だって、子供の頃は相当に苦労しましたよ? 実験台にされたり、兵器にされたり、新しい銃器の的にされたり……そして、他の被験者達の死に際を無理やり処理させられたり。……こうして家族を語れるようになったのは、本当につい最近でしてね」
《見えすいた嘘を並べおって……》
「嘘なものですか。貴方だって、よくご存知でしょうに。俺達みたいな存在は漏れなく、貴重な研究対象だって事くらい。純潔の彗星だって、豊穣の彗星だって……それに、融和の彗星だって、そう。来訪者達の殆どは研究者達に狩られ、カケラの原材料とされてきましたし……そうして生み出されたカケラは、漏れなく研究所生まれでした。生み出された理由も、純粋に愛玩用か……或いは、過酷な試験を受けさせるためか。いずれにしても、モノ扱いでしたので、苦労していない方が少ない」
意外な吐露に、アルティメットは思わず固まってしまう。彼らは「愛されている」側ではなかったのか? 彼らは「愛することを知っている」側ではなかったのか……?
《……もう手遅れぞ。アレンは朕に馴染み切ってしまった》
「でしょうね。その姿で貴方の自我がでしゃばっている時点で、アレン様は本格的に石座として、埋め込まれてしまったのでしょう。しかも、スペクトロライトという、少々厄介な核石を受け止めて。……この状況で、俺が知っているアレン様がそのまま帰ってくるとも思えません」
《そう、か。……小童、1つ聞いていいか?》
「いいですよ? それと……俺はラウールと申しましてね。カケラとしての正式名称ではありませんが……一応、父にもらった名前ですので。そちらで呼んで頂けると、嬉しいんですけど」
《生意気なことを。貴様なんぞ、小童で十分だ》
そう言いつつも……ラウールと名乗ったアレキサンドライトに、どうしても聞きたいことがあるらしい。今までの尊大な態度も潜めては、アルティメットが呆れる程に潮らしく問うてくる。
《燃え尽きる前に、愛が何なのかを知りたいのだ。人間も含めて……お前達はどうして、そうも生きることに執着できる? どうして、諦めないのだ? 愚かで、弱く……不完全なままのクセに。どうして、そんなにも必死になれる? 朕は……その答えが何となくだが、愛とやらにある気がしてならん。きっと、ラウールは存じておるのだろ?》
「これまた、難しい質問を投げてきますね……? 婚約指輪において知名度も人気も、他の追随を許さないダイヤモンドから出た質問とは思えません……」
それでも、最後の望みくらいは叶えてやらねばならないか。そうして、ラウールは自身が考えうる限りの「愛」について示してみる。
「かつて、俺自身も他の方に愛を問うた時……こんなお題を出したことがあります。“形や種類は非常に豊富。人によって価値も違う。ただ、本物の価値は非常に高いので、贋作もたくさん出回っている”……と。さてさて、このなぞなぞの答えは……なーんてね」
《……下らんな》
「でしょうね。何せ、当時の俺は愛とやらの存在を信じていませんでしたし。言いよる虫を適当に払うため、仕方なしに捻った問いかけでしたから。ですけど……そちらに割合、的確な答えを出した奴がいましてね。彼女はこう、答えたのです。“愛は形も種類も様々だが……相手を慮る気持ちは、値段などつけられない貴重な物”なのだ……と。言い得て妙ですが、俺は概ね、この答えで納得しています」
《ほぅ? では、ラウールはそいつと愛を見つけたのか?》
「まさか、ご冗談を。彼女は兄さんの隣を選びましたよ。最初から、俺とは相性も最悪でしたし」
《ふむ……?》
明らかに要領を得ないと、アルティメットが悠長に首を傾げて見せる。
白い世界はそろそろ、陽炎でゆらめき始めており、あまりのんびりしてはいられないのだが。それでも、まだ本格的に崩れ始めていないのを感ずるに、超新星までは少しばかり猶予も許されるか。
「……愛に決まった形式はないんですよ。愛の姿は人それぞれ、互いの関係性で柔軟に変化するものなのです。……誰かを大切に思い、誰かを慈しみ、誰かを助けたいと思うこと。例え苦痛を課せられようとも、例え深く傷つこうとも……自分が最大限に出来うることを、相手のために行動できること。そして、相手の気持ちをきちんと考えて、自分も相手のために生き続けること。なんて偉そうに言えるほど、俺自身は実践できていませんけどね。今まで、気付かないところで愛を貰いっぱなしでしたので……これからは、きちんと返していかねばなりません。詰まるところ、持ちつ持たれつなんですよ。……愛のやりとりは基本的に、1人では出来ませんから」
《よく分からんが……何となく、理解は出来たかもしれん。何にしても、朕は手遅れということか。……今まで、そんな相手はいなかったからな》
いかにも悲しそうにため息をついては、今までの勢いが信じられない様子で萎れ始めるアルティメット。そんな姿に……ラウールは彼もまた、何もかもを信じさせてもらえなかった被害者なのだと思い知る。
「でしたら、最後に1つ……試してみますか?」
《何を、だ?》
「貴方も愛を確かめられるか、どうか」
《だから、手遅れだと申しておろう。この状況が分からないのか? 朕はそろそろ、最終段階に入る》
「まだ、諦めるのは早いですよ? 方法はなくもないのです。とは言え……初めての試みですから、成功は保証されませんが」
その方法は、現実世界で彼を包み込んでいるラウール自身も相当の覚悟を要するものだった。それでも、彼の面影に何かを感じ取ってしまったラウールは、酔狂にも程がある賭けに興じる。
(本当に陳腐ですけれど。愛を語った以上、それを示せないようでは……家族に合わせる顔がありません)




