ヒースフォート城のモルガナイト(4)
「ここ……空いていますこと?」
「見ての通り空いてはいますが……すみません、考え事をしているのです。……邪魔しないでくれませんか」
ソーニャに手綱を握られ、城下町に繰り出したモーリスを見送った後。とりあえずコーヒーを飲みながら考えようと、ホテルのカフェに出てみるものの……コーヒーを口にする間もなく、考え事を邪魔するかのような甘ったるい声が頭上から降ってくる。仕方なしに、借りてきた見取り図から視線を浮かせて、相手を見上げれば。……そこには、夜会か何かと勘違いしましたと言わんばかりに、場違いなドレス姿の若い女が立っていた。
「あら、連れない事をおっしゃらないで。折角、こうしてご一緒できたのですから……少しで良いのです。是非、お話相手になってくれませんか?」
「なるほど? あなたはハッキリ言われなければ、空気さえも読めないおバカさん……ということで合っていますか? ……相席はお断りだと、申しているのです。俺はあなたと知り合いだと思われるのは、非常に迷惑ですね」
わざと相手を傷つけるように拒絶の言葉を吐いてみれば、面白いほどに満面の笑みが屈辱の憤りに変貌する。ここまで言ってやれば、怒ってどこかに行くだろう……と、彼女のお顔の見事な変わりようも意に介せず、ようやくコーヒーを啜って手元に視線を戻すが。そんなラウールの平静さが却って、気に食わないのだろう。ここまで明確に拒絶を示しても、どっかりとラウールの向かい側に腰を下ろすと、彼女はそのままミルクティーを注文し始めた。
「あぁ、どうしてもこの席が良いのですね。分かりました。ここはお譲りしますから、これでごゆっくりお茶を楽しんでください」
何がなんでも相席を強行する彼女と、何がなんでも相席はご勘弁願いたいラウールと。この状況では、譲ってしまうのがスマートか。
そうして、仕方なしに見取り図を引き上げるついでに、彼女分の代金も一緒にチップを上乗せしてテーブルに置いて見せるラウール。わざとらしいため息まじりで、半分以上残っているコーヒーを飲み干し……やれやれと首を振って席を立つ。
「え? はぁッ⁉︎ ……ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! 折角、一緒に……」
「だから、さっきも言ったでしょう。……俺はあなたと時間を共有するのは、ご勘弁願いたいのです。夜会の淑女を気取るつもりなら、もう少し上品な装いをして来なさい」
「なっ! 私なりに、これでもきちんと……!」
「左様ですか? ……少なくとも、そんな下品な出で立ちでは王宮では門前払いを食らうのが、目に見えています。……ドレスコードにさえも気が回らないような方を連れていたら、それだけで評判もガタ落ちですからね」
相手の狙いを意識しながら、普段は決してチラつかせないはずの権威を濫用して……目の前の淑女を撃沈させてみる。トドメにいよいよ、目の前の淑女が顔を歪めて涙を零し始めるのも、さも下らないと冷ややかに見つめながら……一瞥をすることもなく、その場を後にするが。しかし、名前くらいは聞いておいた方がよかっただろうか。勢いで完膚なきまでに叩き落としてしまったが、彼女がモーリスの同僚の縁者であることは、十分に考えられる。この場合は自分は良くても、モーリス的には不味いことになったりするのだろうか。
(まぁ、それはそれでいいでしょう。……勝手に割り込んできて、邪魔する方が悪いのです)
最終的には、どこまでも興味を持てない相手には冷酷なラウールだったが、この後の顛末を予想できていたなら……ここである程度、愛想を振りまくこともしていたのかもしれない。




