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クレセント・レディ(4)

 かなり強引にメーニックの歓楽街に引っ張り出されて、やって来たはいいものの。あまりに荒凉としたした景色に、モーリスは思わず目を背けてしまう。そうして目を背けた先に佇む子供と勢い目が合ってしまい、仕方なしに自分に差し出された小さな掌に、銅貨を1枚乗せてやるモーリスだったが……。モーリスの慈悲に小さくありがとうとお礼を言いつつ、走り去る女の子の後ろ姿をぼんやりと見つめながら……どこか身につまされる気分になり、遣る瀬ない。


「……モーリス様。こんな所で幾ばくばかりの親切心を出しても、無駄ですよ」

「どうしてですか?」

「確かに子供達が苦労している姿に、手を差し伸べたくなるのは道理というものです。しかしね、そうして差し出されたご厚意が火種を生む事もあるのですよ。あの子の手に乗せられた銅貨が原因で、災厄が降りかからないとは言い切れませんでしょ? ……いい事、モーリス様。時に無作為な慈悲は、却って迷惑になる事もあるのです。……このような場所を歩くからには、それは肝に銘じておいてください。それにしても、まぁ。ラウール様の方でしたら、先程の小さな手を払い退けていたでしょうに。……モーリス様は弟君とは違い、お優しいのですね」

「……」


 優しい、か。

 ヴィクトワールからそんな事を言い含められて、不必要な優しさが毒になり得る事を理解するモーリス。たった1枚の銅貨とは言え、その1枚の重みは()()にとってのそれと、自分にとってのそれとでは比べ物にならないだろう。そうして、しかと何の気なしに施しをしてしまった事を後悔する。他の誰かに奪われないにしても、何の苦労もなしに得た銅貨は……彼女の日常を明るい方向へ導く手段には到底、なり得ないだろう。


「モーリス様、落ち込んでいる場合ではありませんよ?」

「そうですよ。何のために、こんな辛気臭い場所にやってきたのです」

「犯人を探しに来たのでしょ?」

「この場合は犯人というよりは、手がかりを探しに来た、が正しいと思いますけど……」


 きっと鎮痛な面持ちをしているモーリスを勇気付けるつもりなのだろう、周りから3人のメイド達が口々に目的を見失うなと叱咤する。そうされて尚、的確なツッコミを入れるモーリスの姿に一頻り安心すると、ヴィクトワールが強引に彼を連れ出した理由を説明し始めた。


「まぁまぁ、まさかモーリス様は私が無策で飛び出してきたと思ってらっしゃるの? なんて、心外な!」

「え? ……そうではなかったのですか?」

「そうですね。まさかこんな所で追っている相手に遭遇するとは、思っていませんでしたから……警察の皆様には、内緒にしていましたが。多分……先ほども申した通り、かの殺人鬼は既に()()()()()()()()()でしょう。神出鬼没で夜の街に現れ、囚われたように自分の様式美に固執する……まるで、()()()()()()()()に似ていません事?」

「まさか、それって……」

「……実際に会ってみないと分かりませんが。場合によっては彼女も()()()()()()の可能性もあるかと存じます。先ほどの会議にヒントがありましたが……モーリス様は被害者達の写真に何か特徴があるとは、思いませんでしたか?」

「いいえ……? 利用者だったということしか……特には何も思い浮かばなかったですけど……」

「まぁ! なんて鈍感なのでしょう! 全員成人男性……しかも、どうみても恰幅の良いムッシュ方でしたよ?」

「と、いうことは……そういう事ですか。彼女も()()()()の被害者の可能性があるという事ですか?」


 そこまで感づいて嫌な予感をさせるモーリスと、先ほどまでの柔和な雰囲気から一転、どこかピリリとした表情に変わるヴィクトワール……と思っていた矢先に、彼女の破天荒さだけはどうしても抜けないらしい。真面目な面持ちを保ちながら、いよいよモーリスを困惑させる内容の大作戦を披露し始める。


「と、いう事でモーリス様! 今宵は盛大に遊んでくるのです!」

「は、はい?」

「ですから、囮になって下さいと申しているのです! ここに金貨が5枚あります。これだけあれば、酒場1軒の酒をありったけ買い占めて、皆々様に振舞う事もできましょう! その上で、是非に美味しい思いもしてみてはいかが?」

「……お、美味しい思い……?」


 如何わしげな言葉が示すところを妄想しかけて、強かブンブンと首を振るモーリス。とりあえず、自分は警察官だという矜持を盾に、断固としてそちら方面には断りを入れると……仕方なしに、囮になることだけは了承してみる。何れにしても……今夜は盛大に遊び尽くさねばなるまいと、覚悟を決めるのであった。

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