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スペクトル急行の旅(11)

 予想していた事とはいえ、実際にこうして叩き起こされると、少々切ないものがある。

 結局、浅い眠りしか享受できなかったラウールにとって、この状況は迷惑以外の何物でもないが……どうやら、()は更なる強硬手段に出たらしい。食堂に顔を出してみれば。既にガルシアに詰め寄り、騒ぎ散らしている()()()のドビーの姿があった。


「……この特急の警備は万全だと豪語していたのに、何だこのザマは⁉︎ お陰で私は暴漢に襲われる羽目になったぞ⁉︎」

「お、落ち着いてくださいオルヌカン様……一体、何があったのです?」

「昨晩、部屋で寝ていたらカラスのマスクを被った()()()に襲われたんだ! 金を出せと脅されたから、仕方なく家財を渡したけど……大事な家宝まで盗まれて大損だ! どう責任を取るんだ、ルーシャム⁉︎」

「あぁ、そう言えば……俺達の所にもそんな奴が()()()()ね。こちらは運よく、追い返せましたけど……そうですか。オルヌカン様の所にも現れたんですか?」

「な、なんと⁉︎ ラウール様は襲われても、無事だったのですか⁉︎」

「余達は無事じゃったけど、結構怖かったのぅ……。まぁ、大した事もなかったし、こちらは問題なかったが……そうか、オルヌカン殿の方は随分とひどい怪我をしたようじゃの。……ほんに、可哀想に……」


 ムッシュがさも悲しそうにそんな事を言い出したものだから、一斉に詰るようにガルシアを睨み始める乗客一同。特にムッシュを敬愛しているグスタフの怒りようは激しいもので……()()()()()()()()()()()ラウールにしてみれば、滑稽としか言いようのないものだった。


「な……なんという事ですか⁉︎ 私ならともかく、お祖父様がこんなにも危ない目に遭わされるなんて! 以ての外ですッ! ま、まさか……この列車に護衛の同乗を許さなかったのは、そういった理由だったのですか⁉︎ そんな暴漢の侵入を許すなんて……! ルーシャム公国は、ロンバルディアを敵に回すおつもりなのかッ⁉︎」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私は何も……!」


 見目麗しい貴公子の追求に、ますます追い込まれていくガルシア。そうして……彼らの様子を目を細めて鋭い表情をしながら見つめているドビーの横顔と足元を認めると、ラウールは仕方なしに雑音をクールダウンさせようと、静かに切り出した。


「……皆さん、落ち着いて。大丈夫ですよ、そんな奴は()()()()()()()()から」

「は……? ラウール様、今……何と? だって、あなた様も襲われたんでしょう?」

「えぇ、確かにそれっぽい奴が()()()()ね。でも……考えてもみてください。状況的に色々と不自然だと思いませんか?」

「不自然?」


 自分に視線が集まり、静まったのを確認すると、さも下らないとでも言うように説明をし始めるラウール。わざとらしく少し肩を竦めながら、言葉を続ける。


「だって……この列車が今まで走っていたのは、メベラス山脈のど真ん中ですよ? そんな場所で一度も停車すらしていないこの列車に、どうやって侵入者が入り込むと言うのです」

「あっ……」

「要するに、です。この場合はその()()()は初めからこの列車に同乗していたと考えるのが、自然でしょう。だけど……ただ金品を盗むだけだったら、こんな逃げ場のない場所で事を起こす必要もないはずです。それなのに、わざわざ昨晩に騒ぎを起こしたのには……別の理由があるのだと、思いませんか?」


 どこまでも含みのある彼の説明に、一様に首を傾げる乗客達。そんな中で、ここまでヒントを出しても誰も気づかないその状況に少し苛立ちを覚えながら、話の矛先を変えてみる。


「……そう言えば、オルヌカン様。どうして、あなたは襲われたのが()()()だと分かったのです?」

「えっ?」

「俺は一言も()()()()とは言っていません。あくまでそれっぽい奴が()()とだけ、言ったつもりでしたが。しかも……この場でどうして爺様ではなくて、俺の方だと指定するのです。相手が強盗だったのなら、狙うのは爺様の方が色々と手っ取り早いでしょうに」

「……い、いや……たまたまその様に申しただけですよ。深い意味はありません」

「そうですか? でしたら、質問を変えましょうか。……先ほどから妙に足元を気にされていますけど、靴底に何かくっついているんですか?」

「あぁ、これですか。どうやら、床に飴玉が転がっていたみたいで、踏んでしまいましてね。気づいたらベタベタしていて、非常に落ち着かないのですよ」

「もし良ければ、靴底……見せていただけませんか?」

「え、えぇ……構いませんが……」


 そうしてドビーを椅子に座らせると、彼の靴底をまじまじと見つめ始めるラウール。そうして、どこか小馬鹿にしたようにクスクスと笑い出した。


「あぁ、本当にオルヌカン様は間抜けなんですから。これ……タダの飴玉じゃないんですけど」

「……ど、どういう事ですか?」


 俄かに慌て出したドビーを一瞥しながら、ラウールが胸ポケットから抜き出したのは……何やら、恐れ多い紋章が刻まれた1つの缶。そんな秘密の缶を振って中身を取り出すと、集まった皆様にもにきちんと見えるように、差し出す。


「こいつは飴玉じゃなくて、歴とした薬です。爺様はこの通り、いつも元気で溌剌としていますが……それはこの薬の効果も大きいのです。フフ、こいつは特注の薬でしてね。薄いキャンディの中に薬草のシロップが入っているんですけど……当然ながら、その辺の床に転がっているような気安いものじゃありません。しかも、見た目は乳白色ですが、こうして割ってみると……ほら、綺麗でしょ?」


 何かを真似するように1粒床に転がすと、思い切り丸薬を踏みつけるラウール。そうしてパキリと割れて彼の靴底にくっついたそれは……ドビーの靴底にくっついている()()()()()()と寸分違わぬ、緑色をしていた。

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