スペクトル急行の旅(6)
「あぁ、申し遅れました。私めは、ドビー・オルヌカンと申しまして……この度、ルーシャム公国の記念式典に招かれて、錚々たる皆々様の末席に加えていただいております。実を申せば……ブランネル公様にお目にかかれる機会に恵まれるとは思いもしませんでしたから、つい舞い上がってしまいまして。若輩者故に、それに免じて大変な失礼をご容赦いただければ、と」
「あぁ、構わんよ〜。余も若い頃は色々無茶したもんじゃ〜! 魅力的な子女5人くらいと付き合ってみたら、大喧嘩になっちゃったりとか、お忍びで街に出てりんごを失敬してみたら捕まっちゃったりとか……。あぁ、そうそう。初めて美術館に行った時に、気に入った絵を持ち帰ろうとして、怒られたりもしたのぅ……」
「……あの、爺さま。それ……若気の至りで済まないことばかりじゃないですか。……軽く犯罪も入ってますし、少なくとも、このような場所で自慢することではありません」
「そうかの? ……ま、とにかく、じゃ。余の失敗に比べたら、そちの失礼など、失礼の内にも入らんじゃろ。気にせんで良いぞ?」
「は、ありがとうございます……」
最後は恐縮と呆れ顔をブレンドした表情で、その場を離れていくドビーだったが……彼の背中を見送りながら、内心で嫌な感じだとラウールは警戒心を募らせていた。
それもそのはず……オルヌカンはこの急行が登っているであろう、メベラス山脈を挟んでルーシャムと互いに睨みを利かせている商売敵だ。規模も立地も……そして、観光産業が盛んである点もルーシャムと似たり寄ったりのオルヌカンにとって、このスペクトル急行の存在は非常に面白くないはずだが……?
(それが……その記念式典に呼ばれて、ホイホイ出てくるものなのだろうか? それとも……?)
食後に出されたコーヒーを口に含みながら、改めて車窓の景色を眺めれば……飽きもせずに、山岳地帯の広大な風景が続いていた。その光景を退屈とするか、余興とするかは個人の感性次第だろうが。少なくともラウールにはただひたすら、単調にさえ思えた。
***
「……爺様。ちょいと確認したいことがあるので、少し外してもいいでしょうか?」
「あ、逃げようたってそうはいかんぞ? ここまで来たんじゃから、大人しく諦めて……」
「ご心配しなくても、逃亡に関してはとっくに諦めていますからご安心を。第一、こんな山の中で逃げ出したら、いくら俺でも無事に下山できません。……何だか嫌な予感がするんです。20分くらい、1人で大人しく留守番していてくれませんかね」
「留守番くらいは余1人でも、できるぞ? そこまで言っちゃうんなら、かまわんよ。……お前の予感は大抵、当たるしの。今はその直感に従ったほうが、賢明じゃろ」
「……そういう事です。それでは、行ってきます」
「うむ、行ってくるがよい!」
さっきの尖った雰囲気が有り余る違和感を纏っていたのは……多分、個人の気質以上の裏事情もあると見て間違いないだろう。漠然とした違和感でしかないものの、ラウールの勘が彼を裏切ったことは未だかつて、一度もなかった。だとすれば……。
(この急行に乗り込んだのにはきっと、式典に参加する以上の目論見があるのだろう。俺達の知らないところで、勝手にやってくれていればいいのですけど……そういう訳にもいかないんでしょうね……)
一緒にいるのが影響力抜群のムッシュである以上、それは仕方ないと割り切るしかないものの。……もう少しご威光の輝度を抑えてくれやしないかと、ラウールは切に願わずにはいられなかった。




