7.8.海の異形
ヤガニ衆の言葉に三人は口を揃えた。
海坊主といえば妖怪の中でも相当有名で、その分力を持っているはずだ。
落水から話を聞いた時でさえ上位の方にめり込んでいたと思う。
それを……異形が退ける……?
凄まじい程の驚きと衝撃、そして異形が強くなれるという希望が差し込んだ。
シュコンからちょっとだけ話は聞いていたけど……やっぱり異形たちは強くなれる。
その生き証人がいるのだから間違いないだろう。
ただ……どんな異形なのかは気になる。
「それって……どんな異形?」
「彼は岩礁の異形です。その場から動くことはできませんが、ガガニ様をお守りし続けております!」
「岩礁……。岩の異形だ……」
先ほどサルの集団から助けたのは石や岩の異形たち。
彼らも十分に戦うことが出来る戦力になるはずであり、更に海坊主を退ける程の力を持つ異形と同じ石だ。
その場から動けないという縛りはあるが、継矢家に仕えて何百年と経っているのにも拘らずこうして生きているということは、相当守りに特化した異形なのかもしれない。
……しかし、継矢家は何故海に居る異形たちに名を与えたのだろうか?
共に戦うことが出来る陸上の異形たちがいれば充分だとは思うのだが……。
「なんでだろ?」
「そういえばどうしてでしょう? ヤガニさん。何か知っていますか?」
「継矢様は千年前……」
「「「千年前!?」」」
いや大昔にもほどがあるだろ!
このヤガニ衆ってそんな昔から人間に仕えてたんかい!
あ、でもシュコンも三千年前くらいは人間が力を求めてやって来るとかなんとか言ってたな……。
初めて会った時の話だからあんまり覚えてないけど、これで異形たちは強くなれるって分かったんだよね。
っとと話を遮ってしまった。
続きをどうぞ?
「えと、継矢様たちは我らに名を与えた時、海賊との戦に明け暮れておりました。仙島と呼ばれる島に送るだけの異形や継矢家配下もおらず困っていたところ、我らを見つけたといった次第です」
「それがガガニだったと」
「いえ、ガガニ様はその次です」
「てことは……」
「はい。海の異形で最初に継矢様にお仕えすることとなったのは、海坊主を退ける力を持つ異形、礁丸様です」
話を聞いていくと、その磯丸という異形は岩礁に精神を移動させることが出来るらしく、継矢家に発見されるまで相当な時間がかかってしまったとのこと。
そして彼の力はやはり守りの力。
ヤガニ衆のリーダーは上手く説明できないようだったが、磯丸が配下に加わった後で彼がガガニを紹介したらしい。
磯丸とガガニは同時期に継矢家へと仕え、今まで生き延びてきたということになる。
過去を思い出して気分が良くなってきたリーダーは、槍を掲げながら再び口を開く。
口は見えないのではあるが。
「磯丸様はガガニ様の真の力を知っていたらしく、こうしてヤガニ衆が誕生いたしました! それからは怒涛です! ガガニ様がヤガニ衆を生み出し、島へ乗り込みました! 孤島なので我らヤガニ衆でも島全体を移動することが出来ましたので、対人間特化の我らの戦法は見事に突き刺さり海賊共を蹴散らしたのです!」
「おおー……すごいでさねぇ……」
「私たちもそれくらい活躍したいものです!」
「いやもう十分活躍してくれてるけどね……? で、その時磯丸はどうしてたの?」
「磯丸様は……渦を起こしておりました」
渦?
「……あ、海賊たちが逃げられないようにするために……」
「御明察でございます! 磯丸様は名を授けられたことにより海流を支配しているのです! 海坊主とて己より大きい海に勝つことが出来ましょうか!」
「なるほど、どういうことか~」
……これ、津波なんかも起こすことが出来そうだな……。
磯丸を使う条件は結構限られているが、最終手段として取っておく分には申し分ない。
磯丸、そしてガガニとヤガニ衆にはまた今度お世話になるだろう。
そん時は頼むぞ。
とりあえず波返し村でやることは終わった。
これだけの戦力を整えることが出来れば充分だ。
「よし。じゃあ磯丸とガガニは用があるまで他の異形の村の探索をお願いできる?」
「海辺の村しか行けませんが、問題はありません! 偵察として海辺や川辺にもヤガニ衆を配置しておきます! 何かあればお声かけ下さい」
「めっちゃ心強いな。わかった、これから宜しくね」
「ハッ!」
ヤガニ衆は槍を地面に突いて音を立てた後、陣形を維持したまま海の中に戻って行ってしまった。
それを確認してから私たちは皆の元へと戻る。
道中で月芽が何度か振り返っていた。
彼女の苗字は継矢なので、何か思う事があったのかもしれない。
「月芽、どうしたの?」
「いえ。なんでもありません」
「……落水さんに任せておけばいいと思うよ。彼の方がそういうのには強そうだし」
「……そうですね。わかりました」
コクンと頷いた月芽は小さく笑う。
そう言ってもらえて安心したとでも言いたげな表情だ。
月芽の性格からして誰かを従えて指示を出す……というのは苦手だろうし、やはりそういうのは戦闘経験も指揮経験も豊富な落水の方が適任だろう。
適材適所である。
四人が戻ってくると、待機していた異形たちがすぐに顔を上げて笑顔を見せた。
異端村から来た異形たちはある程度の信頼があったので『ようやく帰って来たか』くらいの気持ちだろうが、岩の異形たちは心底安堵している様だ。
まったく大袈裟な、と言いたいところだが今までの事もあるし彼らはまだ自信をつけていない。
これから『自分たちでも戦えるんだ』と気付いてもらう必要がある。
ここが正念場だぞ岩の異形たち。
五昇が近づいてきて、近況を説明する。
「お帰りなさいませ。近辺で敵は確認できませんでした。一先ずここは安全です」
「分かった。んじゃちょっと会議しよう」
「かいぎ?」
「軍議」
「あ、分かりました」
名付けをした異形たちを中心に集まってもらい、今後の事について意見を貰いたい。
さすがに私一人の決定ってのは自信がないからね……。




