6.17.Side-??-視察
ズダン、ズダン。
地面を強く殴る音がする。
音が聞こえるだけでそれ以外は何も見えない空間だ。
苛立ちを含めた唸り声は歯ぎしりも含まれていた。
力が大きく削がれたのを感じる。
いなくなったのだ……山姥が。
九つ山を支配する妖たちが跡形もなく消え去ってしまった。
妖術を操ることができる猫又でさえもいなくなったのだ。
そして……それを総括する自身の力が大きく削れた。
あってはならないことだ。
この世界で最も力を持っているとされる妖が……。
「異形に殺されただとぉ……!!」
人間に九つ山全ての妖を殺すことが出来る実力はない。
妖同士で殺し合いを行うことはないはずだし、あったとしてもすぐに分かる。
であれば異形が攻めてきたとしか思えなかった。
確認させたところ、やはり異形が妖を殺したということが判明。
苛立ちが再び込み上げてくる。
キィキィと鳴く獣が不安そうにしていることが分かった。
それを手で優しく移動させてやる。
少し冷静になった頭で考える。
今異形たちはどこで何をしているのか。
九つ山の何処かにいることは間違いない。
人間たちを襲うつもりなのか、それとも撤退するのか。
もう少し調査をする必要がある。
異形たちは妖を殺すことが出来る力を秘めてしまった。
なにがどうしてそうなったのかも知りたいところだが……今はそこまで求めない。
「……行け」
「キキキキ」
爪で地面を引っ掻きながら数十匹の獣が外へと走っていった。
気配を見送った後、ガリガリと頭を掻いて自分も外に出る。
硬い毛に覆われた毛むくじゃらの獣が月明りに照らされた。
鋭い牙が口から飛び出し、ギョロッとした目玉が大地を見下ろす。
大きな口を覆い隠すために唇も大きく、時々べろんっと捲れて白い牙を見せた。
巨大な猿の様な妖が、崖に作られた洞窟から、どうしてこんな所に生えてしまったのか分からない太い松を握って這い出した。
◆
一匹の妖が洞窟から出てくる所を、二体の妖が見学していた。
本当はもっと別のものを見に行く予定ではあったのだが、動きがあったのでついでに見ておくことにしたのだ。
天狗の肩に、狐耳の生えた女の子が座っている。
狐耳の少女は手を双眼鏡の様にして這い出してきた妖を見ていた。
「へぇ、狒々が出て来るんだ」
「さもありなん」
「知ってたの?」
「九つ山に住まう妖が死すれば狒々が出張るは必然」
「流石天狗。色々知ってるね~」
「……何故に知らぬか」
「興味ないもーん」
ケラケラと笑いながら天狗の結袈裟を弄る。
天狗はそれを鬱陶しそうに手で払いのけた。
「降ろすぞ」
「ごめんなさい」
こんなところで降ろされてはたまったものではない。
間髪入れずに謝って手を引っ込めた。
それからしばらくした後に、狐耳の少女はまた手で双眼鏡を作って遠くを見る。
ようやく見たいものを探しはじめたようだ。
「居たか?」
「もうちょっと待って~……。お! 見っけた! いやぁー結構遠いなぁ……」
「何処に?」
「九つ山の二山。異形と異形人と渡り者。異形は名付けしてもらってる個体が数体。うわ、僕より強いんじゃない?」
「抜かせ」
「……いや、本当に」
少女が見ているのは仮面をつけて魚の尻尾が生えている異形だ。
前を見ながら指を鳴らしていることがわかる。
その異形と……目があった。
「ふえっ!?」
「いかがした」
「ちょ、逃げて逃げて!」
「何故……?」
次の瞬間、風を切る音が響いた。
天狗は即座に反応して矢を叩き落とす。
目を見開きながら矢が飛んできた方向を凝視する。
「なん……何処からだ!?」
「九つ山の二山!」
「寝言は寝て言え……!」
ここから二山までは相当な距離がある。
そこから矢を放って来たなど考えられなかった。
他の敵が近くにいるだけだと天狗は考えて周囲を見渡すが……敵らしき気配は近くにない。
本当にあの距離から矢を……?
再び飛んできた矢を今度は握って止めた。
最速の名を冠する天狗に速度勝負で勝てはしない。
その矢を見てみれば、矢じりは人間が作ったものではなかった。
カチカチと矢尻が動いている。
何かの牙で拵えられたそれは、命中したあとに傷口を更に抉るだろう。
「なんだこれは……!」
「うええ、気持ち悪ぅ~……。いやだから異形だって!」
「ぬん!」
再び飛んできた矢を叩き落とす。
これだけしっかり狙ってくるのだ。
どんなに遠くにいても関係ない。
「参るぞ」
「そ、そうだね! ここは逃げて……」
「戯けたことを抜かすな」
「……え?」
天狗は翼を広げる。
ここで逃げてしまえば九つ山の妖と同じだ。
八角棒を握りこんだ天狗は一気に羽ばたいて加速する。
「にぎゃああああああああ!」
「口を閉じろ」
そんな言葉が聞こえるはずもなく、狐耳の少女は強制的に連行されてしまったのだった。




