6.15.ご友人
不落城が火の海に包まれている。
大きな地震で家屋が多く倒壊したこともあり、火の手は更に速く回っているように思う。
そんな様子を、旅籠は一山の山頂から眺めていた。
月芽が継ぎ接ぎを使って移動できる距離は長い。
だが旅籠の希望によって一山の山頂に出ることにした。
最後に人が作り上げた町が燃えていく様を眺めながら物思いに耽る。
今は邪魔をしてはいけない気がする。
助けに来た異形たちは旅籠と距離を取り……落水に詰め寄っていた。
案山子夜が代表して言葉を発する。
「落水様、一つ聞きたいことがありますぞ」
「……何故旅籠が人間に捕まって殺され続けると知っていて、なにも言わずに放り出したのか、と聞きたいのか?」
「その通りですぞ」
落水は元人間だ。
人間の理については詳しいはずであり、旅籠が人と合流するならばその危険性も教えておくべきだった。
そうすれば取れる選択肢も変わったはずだ。
だが落水はなんの説明もせずに放り出した。
納得のいく理由がほしい。
案山子夜は槍を握っている手に力を込めた。
それを不安そうに見守っている月芽と木夢。
黒細とケムジャロは案山子夜の様に少し不満げだ。
落水は一つ息を吐く。
「旅籠はあのままでは帰れなかったからだ」
「何故」
「巫女。奴らは異形人を見抜く力を持っている。魂蟲を一匹喰らった時点で、人間からは異端とされる」
月芽が目を見張った。
案山子夜が落水の言葉を読み取り、月芽に駆け寄る。
「月芽! お前のせいではないですぞ!」
「で……でも……。私が……旅籠様に魂蟲を……。今までの……渡り者様にも……! 私が……!」
「わてらは知らなんだのですぞ……。あの善意は罪ではありませぬ……」
近くにいた木夢も月芽に寄り添う。
異形の地に人間が食べられる物は、本当に魂蟲くらいしかない。
異形の認識だと魂蟲は人間が食べる物だったので、これが人間の理に逆らうものだとは知らなかった。
これに関しては、誰も悪くはない。
黒細が頭を掻く。
「にしても落水様……。もっとやりようはあったんじゃありゃんせん? 食べてたとしても、知ってたら立ち回りも変わったでヤスよ」
「それでは一生、旅籠は帰れぬ。故に発破をかける必要があった」
「なんででやすかぁ!?」
「我ら異形が巫女に見つからず富表神社に辿り着くのは不可能だからだ」
異形は人間の敵。
それは今も昔も変わっていない。
人と戦わない道を選んで富表神社に向かうには距離がありすぎるし、巫女は異質な存在の接近に敏感だ。
どう慎重に動いたとしても、戦闘は避けられない。
故に戦うという明確な意志が旅籠に芽生えない限り、元の世界に戻ることはおろか人間の領地に足を踏み入れることもできないだろう。
落水は実質、旅籠が確実に帰ることができる道を与えたのだ。
「だとしても……辛すぎやすよ……!」
「これしかなかった。元人間だったからこそ、これしかないと断言できる」
「ぐぬ……」
一度颪の座に着いたことがある落水は、人間の内情をよく知っていた。
代果城は巫女を抱えている数が多く、力の強いものばかりが揃っていたはずだ。
ろくろ首衆を何年も突破できていなかったことから、未だに力の強い巫女を前線に出していないということがわかる。
人は巫女が居て本来の力を発揮するのだ。
彼女たちが多く住まう代果城に足を踏み入れようものなら、すぐにでも発見されて討伐隊が組まれてしまう。
攻撃されても尚戦う意志がないのならば、結末は決まっている。
その場で斬られるか拘束されるか。
捕まったとしても最後に訪れるのは確実な死のみである。
案山子夜は完全に納得はできなかったものの、落水の言うことも一理あるとして憤りを静かに鎮めた。
恐らく落水の口にしている言葉はすべて本当のことだ。
彼以上に人間を知っている人物はいない。
「……とりあえず、理解はしましたぞ」
「案山子夜!? 本当に言っているんでやすか!?」
「黒細。旅籠様の言葉を思い出すのですぞ。我ら異形の使命は……なんですかな」
「……旅籠様を……あっしらが……富表神社に……」
「そうですな。もう起こってしまったことを掘り起こしても何も出てきますまい。次を見るのですぞ」
若干の苛立ちを残しながら槍の石突を地面に刺す。
ここで止まっていてももう意味はない。
今から異形たちは旅籠を元の世界に帰すため、人間と全面的に戦うことを選んだのだ。
そのために必要な戦力は明らかに少ない。
戦う前から内部でいざこざを持ちだして議論している暇はもうないのだ。
やるべきことは多くある。
「月芽、旅籠様を呼んでくれますかな。もう行かねばなりませぬぞ」
「……分かり、ました……」
「まずは戦力を整えますぞ。幸い九つ山は異形たちが制圧しました故、五山辺り、もしくはあの山城に本陣を置きますぞ。黒細は九つ山の地形を。ケムジャロと木夢は撤収。落水様とわてはこの場を持ちますぞ」
「いいだろう」
この場に残る二人は、殿と一山の維持を目的として滞在する。
恐らく落水と案山子夜であれば人間を相手にできると、案山子夜が自分で判断した。
それは強がりでも何でもない。
案山子夜は……名を与えられて本当に強くなっている。
他の者も指示を聞いて動き出す。
だが他に異形たちがいるのは二山なので、月芽を待つことになった。
彼女はそっ……と旅籠の側に座る。
「旅籠様……」
「んー?」
「あの……。少し聞きたいことが……」
「なんだい?」
座ったまま月芽に顔を向ける。
いつも異形たちに向けてくれていた馴染みのある顔の筈だったが、今はどうしたことか影が落ちているように思えた。
暗い何かを抱えている。
それに気付いて少し言葉を詰まらせたが、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あの二人は……は、旅籠様の……ご友人……だったのでは?」
「そうだよ。私のサークル仲間。男の方が早瀬陸で、女の方が雪野彩。あの二人も渡り者だね」
「……旅籠様を探しに……来られたと……?」
「だと思う」
焼けていく街を眺めるのにも飽きたのか、服に付いた土を払いながら立ち上がる。
明るい光を見ていたせいで夜の山が一層暗く感じた。
「どうやって来たのかは分からないけど、会えて嬉しかったな。あの萩間さんも私を守ってくれようとしたし、悪い人じゃない。悪い人は少ないけど、人の理が帰るべき魂たちをこの地の留めてるのは納得いかない」
「旅籠様」
旅籠に魂蟲を食べさせ、人の理を逸脱した存在にさせてしまった自分が言うのは違うかもしれない。
どんなに彼の為に尽くそうと決意しても、この罪は消えないだろう。
だが、旅籠はこれから多くの罪を重ねようとしているということは分かった。
それに付き合おうとしている異形たちも、罪を重ねるだろう。
これはまるで……。
「今から進む道は、修羅です。力尽くで欲しいものを手に入れるためには修羅に落ちるほかありません。私たちは、何があっても同じ道を歩みます。ですが旅籠様は……それに耐えられますか?」
「そうだなぁ」
同族を殺すことになる。
怒りで勢いのままに異形たちに頼んだことではあったが、よく考えてみればこれは戦争だ。
今から多くの者たちが命を落とすだろう。
それは人間も妖も、異形も変わらない。
異形たちの筆頭となるのは旅籠である。
たった一つの指示が、数百数千という生物を殺すことになるだろう。
自らの手で始末をつける時もあるかもしれない。
だが正直、耐えられるかどうかなど分からない。
月芽の言っていることはよく分かるが、やった事もないことを想像だけで気持ちの判断をする事は不可能だ。
この場ではその答えを持ち合わせていない。
しかし……旅籠はブレることのない目的を持っていた。
「私は……神に嫌がらせするために帰るんだよね」
「……え?」
「私を連れてきた神は『僕の世界の養分になってよ』っつって私を異形の地に落とした。違う世界から死んでも問題ない人間をこっちに引っ張って来て、この世界で殺させてるんだ。その魂が魂蟲。つまり魂蟲は全部渡り者。蟲の形に人の魂丸々一個は入らないみたいだから分裂してるらしいけど、一つ取り込んで元の世界に帰れば、残りの魂も引っ付いて戻って来る」
私が経験したことと、シュコンから聞いたことを交えるとこのようになった。
渡り者の魂を元の輪廻に戻すのが自分の役目だと思う。
シュコンから異形人としての力を教えてもらった。
魂蟲を無限に保持することができるだけの力だが、要するにそれは不死身の力。
だがこれさえあれば、数多くの魂を元の世界に戻すことができるし、あの神が作り上げた基盤を崩すことができるかもしれない。
この世界を治める神は邪神だ。
少なくとも私はそう思う。
なにより……。
「あいつの身勝手な行いのせいで、私と同じような人がまた生み出されるのは我慢ならない」
「……」
神への抵抗。
自分で最後にしようという強い意志が感じられた。
これを説得できるような言葉を、月芽はもちろん他の異形たちも知りはしないだろう。
旅籠が不落城に背を向ける。
異形たちの方へ向かって伸ばした一歩が、修羅の道を踏み出す一歩目だった。




