6.14.決別
巨大な地震が大地を揺らす。
大地が割れると、そこから甲高い奇声を上げて巨大なムカデが飛び出した。
その数三匹。
しかしこれだけでも地震を発生させるのは十分であり、地面に飛び出した一匹が家屋を踏み荒らす。
残る二匹は地形を破壊しながら地面を掘り進み、大地を隆起させながら持ち上げた。
旅籠たちがいた場所は見事に屋敷だけが吹き飛ばされ、残っている者は無傷だ。
時々近くに瓦礫が落ちてくるが、大したものではない。
怪蟲の一匹が火災が発生している方へ走っていく。
残り二匹は顔を出して旅籠たちがいる場所を守るようにとぐろを巻いた。
「な……! なんっだよこれ……!」
「陸さん!」
「雪野! 大丈夫だったか!?」
「け、結界のお陰で何とか……」
服装と髪の毛が乱れている。
巫女の結界を使って凌いだとはいえ、大きな揺れに足を取られて転んでしまった様だ。
手や顔に擦り傷が見えた。
痛がる様子もなく、彼女は旅籠を見る。
旅籠の背後にいる霊たちの色が、真っ赤に染まっていた。
非常に怒っているということがよく分かる。
彼らが旅籠の死を肩代わりし続け、残った魂は殺された魂を嘆き、彼らに手をかけた人間に激怒していた。
彼の周りに集まっている異形が異彩を放つ。
初めて見る怪異に驚き身を引いてしまいそうだったが、ここで声を掛けなければ旅籠が遠くへ行ってしまうような気がした。
ぐっと歯を食いしばって一歩前に出る。
すると黒細が細い指を伸ばして前に出た。
臨戦態勢を取ると他の異形も武器を構えようとするが、それを旅籠は止める。
「この二人はいいんだ」
「そうでやすか」
そう言って下がらせる。
怖気るそぶりを見せない雪野が、声をかけた。
「旅籠さん……。どこに行くの?」
「私と同じ境遇で死んだ人を探しに」
「その人たちは誰……? 仲間なの?」
「恩人かな」
「……どうやって……帰ってくるつもりなの?」
旅籠の中でそれは既に決まっていた。
だがこの二人に伝えるのは憚られる。
「先に帰っていいよ。あとで追いつくから」
素っ気なくそう言った。
彼らがいると非常にやりにくい。
だが二人はすぐにでも帰ることができるだろうし、自分のことはいったん忘れて欲しいというのが本音だ。
しかしそれは……二人にとって聞き入られないこと。
「出来るわけないだろ! お前の為にここまで来たんだぞ! お前を助けに来たんだぞ!」
「分かってる。けど……私はもう、この世界の人とは仲良くできそうにない」
「それはっ……!」
元の世界に帰る為には、人間の協力が必要不可欠だ。
富表神社は人間が管理しているのだから。
そんな彼らに忌み嫌われて、磔にされて何度も何度も殺されてしまった。
旅籠にとっては理不尽極まりないことだ。
早瀬もそれが分かっているからこそ、言葉が続かなかった。
同じ境遇によってこの世界に落ちてきた渡り者が、魂の一部だとしても旅籠の中から消えたのだ。
持ち帰ることができる魂だったはずなのに。
旅籠はそれが許せない。
異形人になったことで元の世界に帰ることができないというならば……。
自分で道を作るほかない。
幸い旅籠には異形たちがいる。
力尽くで道を切り開く方法は……持っていた。
「ごめんね二人共」
旅籠が最後に口にしたのはこれだけだった。
これが別れの言葉であり、決別を意味する言葉であると二人は直感する。
叫びながら手を伸ばす。
「ま、待って!」
「待て旅籠!!」
地面に伸びた継ぎ接ぎが大きな音を立てて開く。
躊躇なくそこに飛び込んでいく旅籠と異形たち。
あっという間に姿が消えてしまい、継ぎ接ぎが閉じていく。
出現した三匹の怪蟲も、地面に潜った。
それと同時に大きな地震が再び発生して足元を掬う。
地面に伏せなければならない程の大きな揺れに耐える。
しばらくすると地震は収まったが……顔を上げてみると、そこには何もなかった。
平坦だった道は大地が隆起してデコボコだ。
家屋は地面に持ち上げられてひっくり返ったり、怪蟲に踏み荒らされて瓦礫の山になっている。
復興するのに何年かかるんだ、という程の荒れ具合。
不落とされている不落城ではあったが……この惨状を見ると落城する日も近いのでは、と思わせる。
早瀬が地面を殴りつけた。
友人が自らの意思で離れて行ってしまったことに、憤りを隠せない。
笑いながら一ヵ月旅をして富表神社に行って、一緒に帰るはずだった。
だが、旅籠は聞いたこともないこの世界の人の禁忌に触れていた。
そんなもの知るはずがないだろう。
異形の地から自分の力だけで帰って来たのは奇跡だった。
その奇跡を……人は良しとしないのだ。
「くそぁ……! くそぉ! くそおおおお!!」
「……旅籠さん……!」
早瀬は感情のままに、郷を押し付ける人に怒っていた。
雪野は泣きながら、自ら離れていった旅籠に怒っていた。
旅籠は口にはしなかったが異形たちと共に人を襲うつもりだろう。
あれだけのことをされたのだ。
怒っていて当然だし、実力行使に出る理由も作られてしまった。
そしてなにより……それを成せるだけの力が異形たちにはある。
次起こることが分かっていて、元の世界に帰って逃げるのは違う気がした。
雪野は旅籠を止めなければならないと強く想う。
まだどこかに平和に事が進む方法があるはずだ。
完全に手を染め上げてしまう前に、何としても話し合いに持ち込みたい。
だがそれを実現するには……守る力に特化した雪野だけでは不可能だ。
雪野は涙を強めに拭い、早瀬の方に力強く触れる。
「陸さん……! 旅籠さんを説得したい……。そのために力を貸して!」
「……! もちろんだ……! あの野郎何としてでも一緒に連れて帰る!」
足を大きく踏み鳴らして立ち上がる。
強い意志を認識し合ったあと、先ほどの出来事を共有するために古緑と合流することにした。
赤く燃える街の方へ、向かっていく。




