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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第六章 再会・決別
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6.13.救いに


「で、私はどうしたら?」

『魂共が死を肩代わりしたとても、肉体は痛む。我が先に代わり、治癒を施したのちに変わるとしよう』


 任せろ、とでも言いたげに拳で胸をどんと叩く。

 二人はいつものこの空間で時が来るのを待っていた。

 だがその前に幾つか伝えておかなければならないことがあるので、シュコンは旅籠に細かく説明していく。


 まず肉体の損耗。

 魂はいくつあったとしても肉体は一つだ。

 魂が変わる時に可能な限りは元に近い形になるが、完全に元に戻るというわけではない。

 少なからずどこかが損傷している。


 それをシュコンは癒すことができる。

 旅籠に倒れてもらっては困るので、先に彼が表に出て治療を施す。

 だが、少々リスクがある。


『治癒は苦手でな。一度使えばほとんどの力を失う。一日はなにもできん。我が使える異術は使えぬと思ってくれ』

「異形たちが来てくれるから大丈夫」

『それもそうだな。異形は夜に来る算段の様だ。一山にて待機している』

「てことは月芽が異術を使って助けに来てくれるのか」


 ふと上を見上げてみると、魂の列が止まっていた。

 どうやら執行人が休憩に入ったらしい。

 これで暫くは魂が減らないはずだ。


『主殿』

「ん?」

『ここを出たら、魂蟲を喰らいなされ。主殿の代わりに死んだ魂の一部、是が非でも持ち帰る様にしていただきたく』

「もちろんだよ」


 良い返事を聞いて、シュコンはニコリとほほ笑んだ。

 青い炎を少し強く燃やしながらふわりと動く。


『夜まで時間がある。暫し待つとしよう』

「そうだね」



 ◆



 人間の里が真っ赤に燃えていた。

 月明りすら拒む森の中からだとその様子がよく分かる。

 木々に登ったり、大きな異形の背に乗ってその光景を楽しむ異形たち。


 なにが原因であそこまでの大火事になったかは分からないが、これは好機だった。

 人間は消火活動に人員を取られて警備が薄くなっている。

 これを狙わない手はないだろう。

 だがもう少しすれば、炎の手はもっと広がりそうだ。


 木夢の頭に乗ってその様子を見ている案山子夜が、目を細めながら様子を伺っていた。

 火事を見たのはこれが初めてだ。

 夜を覆すほどの大火事をその瞳で捉えて焼きつけた。


「頃合いですな。木夢、頭を下げてくれますかな?」

「ガココッ」


 巨大化した木夢が獣の頭を地面につけ、大型犬程の大きさに戻る。

 木夢から飛び降りた案山子夜はすぐに報告した。


「月芽。そろそろいいと思いますぞ」

「分かりました。場所は……」

「私にお任せくださいませ」


 五昇がパンッと手を叩く。

 そのまま暫く動かなかったが、顔を上げると同時に地面にがりがりと地図を描いていった。

 黒細の様に精巧なものではないが距離と方角が分かればそれでいい。


「ここより丁度一山と二山の中腹程度の距離に、旅籠様は居られます。確認を」

「分かりました!」


 足を鳴らすと継ぎ接ぎが地面に伸びる。

 凄まじい速度で目的地に到着した継ぎ接ぎから、三つ目の目が出現して周囲を確認した。

 一つの家屋。

 その中にも潜り込んで確認したところ、磔にされている旅籠を見つけた。


「! 兄様の言う通りでした……!」

「人間め……! よくも旅籠様を……!」


 異形たちに怒りが伝染する。

 布房は今すぐにでも飛び出しそうな勢いで日本刀八本を握り込んでいるが、それを落水が止めた。

 不満そうに手を払いのけて布房はそっぽを向く。


 気持ちは分からないでもない。

 誰しもが同じ気持ちなのだろう。

 だが救いに行く人選は選ばなければならないのだ。

 布房のように理性を抑え込めない奴を連れていくことはできない。


「月芽、黒細、木夢、案山子夜、ケムジャロ。行くぞ」

「はい!」

「承知でさ」

「ガガコッ」

「御意」

「……」


 すると、角が前に出て多足の足を一本持ち上げる。


「落水様。僕は異端村に一度戻ります」

「空蜘蛛!?」


 他の異形たちがその言葉に反応する。

 旅籠がこんなに大変な目に合っているというのに、今この段階で帰るとはどういうことなのか、と誰もが思っているのだろう。

 だが角には考えがあった。


「この力で皆が、旅籠様が帰る場所を守りに行きます」

「……いいだろう」


 その言葉を聞いて、誰もが小さく頷いた。

 これに反対できるものは誰一人としていない。

 それを確認した角は、暗闇に紛れて帰路についたのだった。


 それを見送ってから月芽が手を上げる。

 ベリリッと破ける様に開いた継ぎ接ぎの中に、六名が飛び込んだ。

 一瞬で景色が変わると、そこは屋敷の庭だった。

 周囲の確認をするが月芽だけはずんずんと前に歩いていき、縁側の奥にある障子と襖を開ける。

 そこには握り飯を頬張る人間が、呆けた顔でこちらを見ていた。


 月明りのせいで月芽の顔が見えないのだろう。

 警戒することなく、なぜこんな時間に子供が訪れたのか心底疑問に思っているようだった。


「……子供?」

「旅籠様に手をかけたのは貴方ですか」

「旅籠? ……? んっ!? 異形!!?」


 月芽の背後にいる異質な存在をようやく目視する。

 脇に置いてあった日本刀を掴み抜刀したが、その瞬間……脚に猛烈な違和感が走った。

 それは腰から脇腹を通って首元まで続いていく。


 月芽が一歩歩いたところで、ようやく燭台の灯りが彼女の顔を照らす。

 顔や手に継ぎ接ぎがある女の子。

 だがその表情は……怒りに満ち溢れていた。


 バヂュッと鈍い音が男の体から鳴る。

 彼の体に走った継ぎ接ぎが無理やり引きちぎられて、中身がぶち撒かれた。

 抵抗することもできずにその場に倒れ、息を引き取る。


 死体を一瞥した後、廊下に続く襖を開ける。


「行きましょう」

「ああ」


 異形たちは月芽に続く。

 出会った人間は尽く始末していき、目的地へと足早に向かった。

 本当であれば月芽の異術で旅籠のいる場所までは飛べたはずだが、これは彼女の怒りを少しでも鎮める方法だ。

 月芽は自分から人間を殺すことを選択した。

 殺さずにはいられないのだ。

 だからあえて少し離れた場所に出てきたのである。


 数名を殺しながら牢がある廊下を歩く。

 そして目的地に辿り着いた。

 牢の中には……磔にされている旅籠がいた。


「旅籠様!」

「……」


 ケムジャロが月芽の肩を優しく触り、前に出る。

 牢の扉をしっかりと握り、ガァンッと音を立てて無理やりこじ開けた。

 金物が地面に転がって高い音を出す。


 無事に扉が開いたところで、全員が中に入る。

 生きているかどうか落水が確認した時……旅籠の顔つきが変わった。

 バッと首を動かして落水を睨む。


『継矢落水(らくすい)。主殿がうぬを許そうと、我は許さぬぞ』

「……誰だ貴様」

『我が名はシュコン。今はそれだけ名乗っておこう』


 カチッと歯を鳴らす。

 すると淡い青の光が旅籠を包んですぐに消えた。

 次第に力を失ったように項垂れたあと、しばらくしてまた顔を上げる。


「お、痛くない。……ねぇーちょっと助けに来たなら早くこれ解いてよ~!」

「あ、わわわわ! ごめんなさい旅籠様!」

「なんだ無事でやすねぇ~! ちょっと吃驚しやしたぜ……」

「不思議な声でしたな……?」


 月芽と落水が急いで縄を解く。

 その後ろで初めて見た旅籠の様子に驚いていた案山子夜と黒細だったが、いつも通りに戻って心底ほっとした。

 小さくなった木夢が周囲を走り回っている。

 カコカコと音が鳴っていて少しうるさい。


 ようやく解放された旅籠は手首をさする。

 ボロボロになった上着を乱暴に脱ぎ捨てると、落水が新しい上着を渡してくれた。

 礼を言ってそれを着る。


「はぁ~長かったぁ~」

「は、旅籠様……お体は……」

「私は大丈夫。魂が私の死を肩代わりしてくれたんだ。今は違和感もないし絶好調」

「したらば、早くここから逃げやしょう。今大火事が起きてやして、逃げるのは容易でさ」

「へぇー、丁度良かった」


 外が火事だというのであれば、逃げるのは確かに難しくないだろう。

 それにこちらには月芽がいる。

 彼女の異術でいつでもどこへでも逃げることが可能だ。


 だが、どうにも腹の虫が収まらない。

 同じ人間に、大量の渡り者の魂を殺されてしまった。

 自分の為に死を肩代わりした魂の一部だとしても、旅籠の中から魂が多くいなくなったことに寂しさと苛立ちを覚えていた。


 私が……何をしたというのだ。

 ただ彼らと一緒に帰りたかっただけなのに、これでは帰ることができない。

 失った魂はまだ魂蟲としてどこかに生きている。

 それらを回収するまで、帰ることはできそうもない。


 それがダメだというならば……。


「ねぇ皆」

「なんですかな、旅籠様」


 この地に呼ばれて死んでしまった渡り者の魂を持ち帰ることができないのならば。

 一つ、手を打ちたい。


「皆で……私を富表神社まで連れて行ってくれる?」


 人間に対する明確な敵対意思。

 異形たちはその言葉を聞いて深く頷く。

 ここまで来ることができたのは旅籠のお陰であり、異形を立ち上がらせた偉人の頼みとあらば断わる事などできるはずもない。


 落水は旅籠の言葉を聞いて密かに歓喜した。

 これぞ……彼が求めていた物だったからだ。


 新しい目標ができた。

 そこに向かうためにはまだ準備が必要だ。

 月芽が継ぎ接ぎを伸ばして帰る準備をしたところで、ケムジャロが牢の外に出る。

 何かを見つけたようでぐっと拳を握り込んだ時、旅籠が声をかけた。


「殺すなケムジャロ」


 ケムジャロを制止し、外に出る。

 すると昔馴染みの顔を見ることができた。

 無理矢理笑顔を作って見せるがどうにも彼を安心させることはできそうもない。


「旅籠、大丈夫か……?」

「もちろん」

「……旅、籠……?」


 友人だけは巻き込みたくない。

 彼ら二人は知らなくていい話だ。

 これは自分の中だけで完結させる。


 だから何の説明もなしに、無理やり話を途切らせた。


「怪蟲。壊そっか」


 指を鳴らして怪蟲を呼ぶ。

 大きな地震が……彼らを襲った。


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