6.11.炎獄の異形鬼
人が魂蟲を喰らうと異形人となり、鬼が魂蟲を喰らうと死ぬ。
異形鬼。
鬼と人間の間に生まれた鬼人が魂蟲を食べた存在であり、人間の持つ器用さ、鬼の持つ怪力、そして異形の持つ異術を巧みに扱う。
何者にも属すことのない彼らは、人からも鬼からも忌嫌われる。
異形鬼の特徴は体の一部が変色すること。
継矢家にあった異形の文献を読み流していた為、それを思い出すのに時間がかかってしまった。
ようやく彼女の素性が判ったが、今まであの文献を眉唾物だと笑ったことを悔やむ。
もっとしっかり読んでおけば、対処法も判ったかもしれないのに。
赤雪が薙刀の石突きを地面に刺す。
しかし納得のいかない様子で首を傾げた。
「金巫女は異術を封じる時間も長いですねぇ。疲れませんか?」
「……全然」
「ありゃ、そうですかー」
これは困った、と頭を掻く。
炎を出して逃げる算段だったのだが、封じられてしまうとここにいる全員を始末してから逃げなければならない。
とても面倒くさいのであまりやりたくはない作戦だ。
となれば、巫女を殺すしかないだろう。
ニッと笑った赤雪は構えをとった。
その切っ先は雪野に向いている。
「炎獄の型、独楽落ちの音」
半歩踊る様に踏み込んだ瞬間、上半身を一気に伸ばして薙刀で突きを繰り出す。
瞬く間に雪野に吸い込まれようとしていた刃の前に古緑が立った。
「萩間流」
右手だけで持った日本刀を水平に寝かせる。
赤雪の突き技を払うわけでもなく、叩き落す訳でもなく正面から斬り合う。
「杭打ち!」
ヂギィンッ!!
薙刀の突きに真正面から飛び込んだ古緑の日本刀。
杭打ちは突き技を繰り出してきた敵に対する武器破壊のための型。
大きな得物であるほど破壊できる確率が上がる。
最低でも大きな刃こぼれを与えることはできるのだ。
その代わり、攻撃は失敗に終わればこちらが斬られる。
ハイリスクな型ではあるが武器を損傷させることができれば有利になるはず。
「おわぁっ!?」
「!? 欠けぬ……!?」
見事に刃に斬撃を繰り出すことに成功したが、薙刀は上にかち上げられるだけだった。
刃が欠けた様子はない。
こちらも刃こぼれはしていなかった。
少しでも鈍らであれば破壊は容易だったのだが、どうやら赤雪が使用している薙刀は名工が拵えた薙刀であるらしい。
それに体裁きも大したものだ。
四年間この城で貢献し続けていただけのことはある。
赤雪は素早い足捌きで後退しながら近くにいた者を斬った。
既に集まって来た秋の風と冬の風は半数以下になっている。
多対一でここまでやるか、と古緑は舌を打つ。
「異術が使えたらなぁ~」
「……それは妖術ではないのか」
「別に隠すことでもないから言うけど妖術じゃないですよー。難しく考えない方がいいです。妖が使う術は妖術。異形たちが使うのは異術。簡単でしょう?」
真っ黒な舌を出しながらおどける。
すると腰を折って地面に手を触れた。
「とはいえ……そろそろ逃げないときつそうなので」
「なっ……!? 下がれ皆の者!」
地面に罅が入る。
そこから炎が吹きあがって多くの者を炙っていった。
少しでも服に引火しようものなら、それを払おうと必死になる。
赤雪に注意が向かなくなったところで彼女は甘味処の外に置いてあった椅子に足をかけて跳躍し、屋根を掴んでぐんっと体を持ち上げた。
見事に屋根の上に登ったあと、軽快に走っていく。
後ろで何か声が聞こえるが、叫び声の方が大きくてよく分からない。
だがようやく解放されたような気がして気分が良かった。
これが羽を伸ばせるという事か、と笑いながら跳躍する。
「流石に颪は強いなぁ~。でもいい経験になった! ていうか巫女の守の御力って異術にも効果あるんだね~。地面の中は範囲外みたいだけど!」
先ほどの戦いを振り返す。
異術を使うことさえできればあの萩間にも勝利することができただろう。
やはり異術は強く扱いやすい。
それを阻害することができる巫女が厄介なので、先に狙うべきは巫女だ。
そんな振り返りをしたところで空を見上げる。
笑いが止まらないほど気分がいい。
ようやく……。
「ようやく! 人間と鬼を殺せるぞ!!」
屋根を踏むたびにその家屋を燃やしていく。
自分が移動した先を教えているようではあるが、これで足止めくらいは容易にできるだろう。
赤雪が授かった炎の異術。
鬼人に伝わる過去に学んだ炎獄の型。
これをようやく振るうことができる機会がやって来た。
四年間潜伏してこの不落城の地形はすべて理解している。
やろうと思えば一人で城攻めすらできる程に。
だがここには力の強い巫女がそこそこ存在する。
それをどうにかしなければならないのだが……丁度いい味方が近づいて来ているのだ。
これを利用しない手はない。
「継矢落水! 次は敵ではなく、味方として戦いましょうね~!」
甲高い笑い声を上げながら、彼女は一山へと走っていったのだった。




