6.6.発覚
秋の風がこちらににじりよってくる。
随分と警戒しているようで、丸腰であるのにも関わらず急に襲ってくることはなかった。
だがそれも時間の問題だ。
間合いに入ってしまえば、すぐにでも斬りかかってきそうな面構えをしている。
彼らは本気だ。
ようやくその事に気づいた旅籠は、ようやく一歩身を引いた。
その前に早瀬が立ちふさがる。
「ちょっと待てよ! こいつが何したっていうんだ!」
「魂蟲喰らいを知らんのか!? こやつは人間の魂を喰らった下手人! 人様の命を喰らって生きながらえ、はたまた死を肩代わりさせた!」
「なに言ってんだお前! 魂なんて食えるはずないだろ!」
「喰らえるのだ……! 邪魔立てするなら貴様も斬るぞ!」
怒気を含んで放った言葉に早瀬はたじろぐ。
こちらは丸腰でなにもできない。
どうすればいいか悩んでいると、いつの間にか後ろに回っていた秋の風が旅籠を捕らえた。
「うわっ!?」
「旅籠……うぐっ!」
早瀬は思い切り突き飛ばされる。
捕らえられた旅籠に日本刀が突き刺された。
声もあげることができずに、彼は意識を手放す。
鮮血が地面に飛び散った。
「旅籠!!」
彼はまた生気のない顔で刺さった日本刀を抜こうと動く。
だが力が弱いらしく、取り押さえた秋の風になす術なく運ばれていった。
早瀬はすぐに追いかけようとしたが、古緑に肩を掴まれて止められる。
「なんですか萩間さん! 離してください!」
「すまぬ……! すまぬ早瀬殿……!」
古緑の力は想像よりも強く、もがいても引きはがせる気がしなかった。
そうしている間にも突き刺されたままの旅籠が連れていかれてしまう。
雪野も馬から転げ落ちて追いかけるが、着流しの和服では追いつけそうになかった。
途中で転倒してしまい、痛みに顔を歪める。
「どうして……! どうして!!」
「説明する……! 説明する故……今は堪えてくれ……! 頼む!!」
「やっと会えた友達が殺されて!! 黙っていられるわけないだろうがあ!!」
ついに早瀬が古緑を殴る。
だがそれを巧みにかわして、逆に早瀬を固めてしまう。
完全に身動きが取れなくなるが、友人の名前だけは叫び続けた。
転倒していた雪野が立ち上がる。
怒りを含んだ表情のまま古緑に近づいた。
「説明してください……! 萩間さん!!」
「……旅籠殿は……! 異形人だ……!」
「異形人ってなんですか!」
「魂蟲を喰らった人間のことだ。魂蟲とは、人間の魂が蟲の姿になった物。人様の魂を喰らうことは、人の世では禁忌とされている」
「旅籠さんが虫を食べたって言うんですか!?」
「そうだ。雪野殿が旅籠殿の背後に霊を見た、と口にした時、彼が異形人であると知った」
「……っ! 萩間さん……貴方……」
ぶつけられる言葉にしっかりと答えていく。
彼女の怒りは最もだ。
それが分からない古緑ではない。
「すまぬ……!」
「……」
早瀬の動きを封じながら、古緑は真剣に謝った。
その苦しそうな表情を見て雪野はすこしだけ冷静さを取り戻す。
だが早瀬はそうではなかった。
「離せってんだよ!! 雪野! 手伝ってくれ!」
「……ごめんなさい、陸さん。私は萩間さんに手を出せない……」
「なんっでだよ!! 旅籠が殺されたんだぞ!? 連れていかれたんだぞ!? 黙って見ているつもりかよ!! お前何のためにここに来たんだ!!」
「……萩間さん、旅籠さんが異形人だってわかったのに……皆に隠したんだよ? 三人で一緒に……帰らせようとしてくれたんだよ……?」
ぴたりと動きを止めて古緑の顔をようやく見た。
目をつぶりながら歯を食いしばっているのがよく分かる。
抵抗をようやくやめたことが分かったのか、彼は早瀬を解放した。
古緑は大きく息を吐きながら顔を片手で覆う。
最悪な事態になってしまったのだ。
これが……恐らく落水の作戦の内の一つであるはず。
だがまずは、早瀬を暴れさせないように説得しておかなければ。
そう思って片手を顔から離すと、彼は旅籠が連れていかれた方角を見ていた。
「早瀬殿……。魂蟲を喰らうことは禁忌なのだ……。ゆえに……」
「旅籠はこれからどうなるんですか」
「……喰らった魂を全て抜くまで……拘束される」
「抜く方法ってどんなですか」
「…………先ほど、お主が見ていた通りのやり方だ」
「「っ!」」
魂を抜くには……“殺す”しかない。
魂蟲を食べた分だけ殺さなければならないと昔から定められている。
しかし、これはほとんど成功したことがない。
彼が幾つ魂蟲を食べたのか分からないからだ。
殺し過ぎて結局本人の魂すらも殺してしまう事例は山ほどある。
だが、それが禁忌を破った者に与えられる罰だとして誰も何も言わない。
これが……この世界での魂蟲喰らいに対する罰し方だ。
「そんな……そんなこと許されるわけないだろ!!」
「これがこの世の郷なのだ……」
「だったらその郷が間違ってる!!!!」
足を踏み鳴らしながら叫ぶ。
その言葉に古緑は面食らった。
何か言い返そうと思ったが、上手く言葉がまとまらない。
宥めるのは違うし、注意するというのもここでは違う。
郷に入っては郷に従えというが、彼らは渡り者であり言うなれば無理矢理連れてこられた被害者だ。
自分の意思でここに来たならまだしも、連れてこられた者に郷を従わせるというのは違う気がした。
この二人は旅籠を助けるためにここに来たので自分の意思で来たことになるが、こちらの都合で友人を帰せないことに古緑は疑問を感じた。
最後には諦め、ため息を吐く。
その通りだ、と口にして頷いた。
「そうだな……お主らにとってこの世の理は、理不尽だろう」
「……どうやって助けたらいいですか」
「今は無理だ。人目を集めすぎた。一度戻るぞ……」
彼らの周りでは、多くの人々がこちらを見て何やら話している。
ここで旅籠を助け出す算段を話し合うわけにはいかない。
三人は馬を連れて、一度人目を避けるために移動した。




