6.4.彼は誰時
日が昇ると同時に目を覚ます。
久しぶりに布団で寝たというのに、なんだか寝付けなくて朝も早く起きてしまった。
欠伸をしながら布団を畳んで渡された服に着替える。
異形たちと共に過ごした時の服は、洗われているので着ることができなかった。
あれは是非とも持ち帰りたい。
あとで使用人に頼んで貰うことができないか交渉してみようと思いつつ、朝支度を整えた。
同室に早瀬も寝ているけど……起こすのは可哀想なのでやめておこう。
そういえば魂蟲は捨てていけって言われたな……。
その前に食べちゃったけどね。
襖を開けて廊下に出ると、冷たい空気が肌を刺す。
冬が近づいて来ている為寒暖差が顕著だ。
思わず身震いをして部屋の中に引っ込む。
「寒すぎん……?」
畳んだ布団が恋しくなってきた。
とはいえここに居ても暇なので、やはり外に出て庭でも楽しむことにする。
ひんやりとした空気が鼻孔を突く。
しばらく耐えていると意外と心地が良くなるもので、冷たい冬の匂いがした。
廊下を歩きながら庭を眺める。
綺麗な朝日が昇ってきており、見事な朝焼けを見せてくれた。
庭が暁色に染め上げられる。
「ちょっと不気味かも……」
「夕暮れは黄昏時。朝焼けは彼は誰時……って言うんだって。知ってた?」
「詳しいし、朝早いんだね」
「えへへ、ちょっと早起きしちゃった」
綺麗な格好をした雪野が旅籠の隣りに座って朝焼けを眺める。
彼女は旅籠の頭上を見上げた後、くすくす笑った。
亡霊が眩しそうに朝焼けを眺めたり、腕や脚が忙しなく動いている。
見ることができる亡霊を羨ましがっている様だ。
「皆元気そう。喜んでる」
「それ、怖がるから言っちゃダメって萩間さんに昨日言われてたじゃん」
「誰もいないでしょ。大丈夫」
人差し指を口元で立てる。
笑顔で小首を傾げる彼女に少しドキリとするが、すぐにそっぽを向いて愛想笑いを浮かべた。
美人だから困ってしまう。
しばらく会話することもなく昇っていく朝日を二人で眺めた。
こんなにも落ち着いて空を見上げられたのはいつぶりだろうか。
異形の地にいた時は、そんな余裕などなかった気がする。
旅籠は懐から巾着袋を取り出した。
薄汚れて汚いが、これを見ているといろいろ思い出す。
服を洗濯される時に没収されそうだったが、これだけは何としても肌身から離したくなかったので死守した。
異形たちが自分の為に作ってくれた巾着袋だ。
これは汚れたままの方がいい。
「それなあに?」
「思い出の品。これに少し助けられたんだよね」
「へぇ~」
穴が開きそうなほどにボロボロな巾着袋。
あるものを使って無理矢理作ったという手作り感がにじみ出ている。
興味深そうに見ていた雪野だったが、触れることはしなかった。
単に汚れているからという理由ではなく、旅籠がこんな所にまで持ってくるのだから相当大切なものなんだろうと悟って触れなかったのだ。
しばらくそれを眺めたあと、懐に仕舞い直す。
「どう助けられたの?」
「中にご飯が入ってたんだよね」
「ああ~なるほど……。大丈夫だった?」
「もちろんお腹壊した」
「だよね……あはは」
嘘と本当のことを言って誤魔化した。
おどけて見せて笑ってみてたところ、雪野はクスクスと小さく笑う。
こんな会話も懐かしいと感じてしまう。
昔のやり取りを楽しく思うが、なんだか心の中に引っ掛かるものがあった。
やはり、異形たちが恋しい。
今まで気丈に振舞って別れ際も涙は見せなかったが、どうしたことかここでは零れそうになる。
きゅう、と胸が締め付けられた。
自然と目が霞んで雫が落ちる。
「……どうしたの? 大丈夫?」
「ううーん……そう、そうだなぁ……」
ぐしぐしと涙を拭う。
心配して雪野が肩に触れ、背をさすってくれた。
それがなんだかとても暖かい。
「これは秘密なんだけどさ。私を助けてくれた人がいたんだ」
「うん」
「本当に親切で、私の為だけにいろいろ……工面してくれて」
「うん」
「でも一緒には行かないって……。いい人……だったなぁって……!」
「恩人なのね」
「うん……!」
涙が止まらず嗚咽が漏れる。
彼らのことを思い出すと、やはり心配になるし、なにより恋しい。
もう二度と会えないという事実が旅籠を苦しめた。
もう一度会いたい。
だがその願いは叶わない。
彼らに貰った巾着袋だけが、今までの旅を思い出す大切な品だった。
「旅籠さん。その人は旅籠さんの為に動いてたのよね?」
「……うん」
「じゃあ尚更帰らないと。旅籠さんが元の世界に帰ってもらうために、その人は頑張ったんだから。ね?」
「うん……!」
それが彼らの願いだった。
あの神への嫌がらせも含め、この世界から帰らなければならない。
それが今の総意である。
少し落ち着いたところで顔を上げる。
気をしっかり持って立ち上がり、どんと胸を叩く。
「よし……! 帰ろう!」
「うん」
「でもその前に……」
旅籠と雪野は早瀬をたたき起こすべく部屋に戻る。
古緑から朝一番で出立すると言われていたので、彼にも準備を整えてもらわなければ困る。
二人で布団を引きはがし、笑い合いながら早瀬を起こした。




