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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第五章 最前線
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5.9.夜中の最前線


 不落城から最前線までは、あまり時間はかからない。

 とはいえ馬で行くのでそこそこ距離はあるのだが、城はここからでもよく見えた。


 ここは簡素な兵舎が並んでおり、陣が多く敷かれている。

 柵や堀なども作られており、防衛設備も簡素ではあるがいくつかあった。

 本陣らしき場所にはうっすらとした結界が張ってあるようで、妖の攻撃を防ぐ役割を担っていた。

 どうやら巫女が一人、ここに滞在しているらしい。


 他にも幾つか大きな屋敷が建っているのだが……どうにも景観を無視しているような気がした。

 兵舎と陣が並ぶ場所に見事な屋敷は似合わない。


 秋の風と思わしき者たちが、古緑を見て驚きつつ挨拶をしに来る。

 それらを軽く流して彼はどんどん前に進んでいく。


 今は既に日が暮れており、周囲が暗い。

 かがり火がぼおぼおと燃える音だけがやけに大きく聞こえる。


「あ、あのー、萩間さん。これからどこに……?」

「一山に入る」

「今からですか!? も、もう暗いですし……」

「確認したいことがあるのだ。お主らにはそれを見てもらいたい」


 足を止め、二人を見る。

 こうして古緑からお願いをされるのは初めてだ。

 それに若干の興味が湧き、早瀬はコクリと頷いた。

 雪野はしばらく悩んでいたがすぐに頷く。


 松明を手にした古緑が、かがり火から火を貰う。

 それを一つ早瀬に渡し、もう一つは自分で持った。


 ここから先は九つ山の一山の麓への道だ。

 全てを飲み込みそうな森がぽっかりと口を開けているように見えた。

 今からここに入るのか、と一瞬腰を引きかけたがすぐに目的を思い出して覚悟を決める。

 雪野も手に力を入れながら、大きく一歩を踏み出した。


「今宵は偵察。本腰を入れて探りはせぬ。敵が現れたならば私が対処する。早瀬殿は火を絶やすな。雪野殿は守の御力を」

「「はい」」


 一山に足を踏み入れようとしたとき、後ろから数名の足音が聞こえた。

 振り向いてみれば、先ほど古緑に挨拶をした秋の風たちが松明を持ってこちらに向かってきている。

 急遽集結した者たちのため、人数は六名と少ない。


「萩間様! お供します!」

「……まぁよいか。敵の気配を感じても姿を確認するまで斬るなよ」

「承知!」


 人数も増えて少し安心した。

 夜の森でもこれだけの灯りと人数がいれば怖くない。


 ほっと息を吐いて脱力した、その瞬間だった。


 ガザガザガザガザ!

 上の方からなにかが草木を掻き分けて向かってくる音がした。

 誰もが肩を跳ね上げて驚きつつ抜刀する。

 早瀬は勇気を振り絞って松明をその音の方角へ向けた。


「な、なんだ!?」

「愚か者、声をあげるな」


 ピシャリと低い声で叱る。

 古緑もゆっくりと抜刀して音の方を注視する。

 未だになにかが動いている気配はあるが、姿を表す様子がない。


 秋の風に目配せをして、左右に展開しろ、と促す。

 彼らはすぐに意図を読み取って四名が左右に展開し、二名はそのまま残った。


「いってぇー……! ワタマリめぇ……急に分裂しなくたっていいだろ……。うわぁ、泥だらけだ……」

「……?」


 声がした。

 ここからでは何を言っているのか聞き取ることはできなかったが、向こうはこちらの存在を気にしていないらしい。

 その証拠に、草をかき分けてこちらに歩いて来る。


「あ、あのー。誰かいますかー? うわ眩し……」


 松明の光を手で遮りながら、ゆっくりとこちらに歩いて来る。

 格好はこの世界にいる者とほとんど同じであり、腰には直刀を携えていた。

 まったくの無防備で近づいて来るので、集まった秋の風たちは切っ先を少し降ろす。


 見たところ人間だ。

 抜刀もしていないし妙な気配もしない。

 そこで秋の風の一人が声をかけた。


「何者だ!」

「え。えーと……旅籠ですー……。旅籠守仲って言うんですけど……」

「「旅籠!!?」さん!?」

「へ?」


 早瀬と雪野が飛び出した。

 驚いて一歩引いた旅籠だったが、すぐに見慣れた顔と声に気付き笑顔になる。


「早瀬ぇ!!? 雪野さん!!?」

「お前ええええ!! 心配させやがってマジでもー!!」

「よかったー! 本当によかったぁー!」

「おわっふ!?」


 二人が飛びつき、旅籠は倒れる。

 それでも構うものか、と二人はそのまま抱き着いて離れない。

 どれだけ心配したかなど今までの旅籠には分からなかっただろうが、これで分かってくれたようだ。

 申し訳なさそうに笑ったあと、二人の背中を叩く。


「なんと……!」


 その後ろで古緑は目を見張っていた。

 他の秋の風たちも、意味が分からずに呆然としている。

 そんな彼らを無視して、三人は再会を喜んだ。


 だがそんな時もつかの間。

 上体を起こした旅籠は何故ここにこの二人がいるのか疑問に思った。


「いや待ってここ異世界だぞ!? どうやってきたのさ!?」

「お前が居なくなってから、あれこれやって何とか来たんだよ! この馬鹿野郎が!」

「旅籠さん……なんで自殺しようとしたのぉ……うええん……」

「してないが!? 自殺なんてしようと思ったことすらないが!? だから泣かないで!?」

「んじゃお前どうやって来たんじゃここに!」

「知らねぇよ! 連れてこられたんだよ! くっそでけぇしわがれた手に!」

「それは知ってるぞ!?」


 ぎゃあぎゃあと仲の良さそうな言い合いを繰り広げる。

 久しぶりに会った友人と、昔からやっていた会話をぶつけ合う。

 これが何とも心地がいい。


 今までの生い立ちを三人が話している間に、冷静さを取り戻した古緑が秋の風六名を先に帰した。

 この事を孫六に伝えてこい、と指示を出す。

 六名は会釈してそそくさとその場を後にした。


 本来はろくろ首衆の拠点に赴いて二山を確認するつもりだった。

 あそこまで行けば、気配である程度のことは察知できる。

 もし津留が言っていたことが本当だとするならば、継矢落水がいるはずだ。

 だが、もうそれを確認する必要はなくなった。


「……あり得ぬ……」


 旅籠が帰って来たのだ。

 これだけで奇跡的なことだったが、これは背後に何かいなければ成し得ない事。


 異形は……どうした。

 異形人はどこに行った。

 なぜ旅籠だけがここに送られてきたのだ。


 疑問が尽きない古緑は満面の笑みで笑い合う三人を見続けた。

 その中で一際異彩を放っている旅籠には、何か恐ろしいモノを感じる。


「旅籠殿」

「だから自殺はしようとなんて……え? あ、はい」

「異形を知っているか?」


 この問いの答えを聞いて、古緑は旅籠をどうするか決めることにした。

 脱力し、即座に日本刀を振り抜けるように集中する。

 だが攻撃することを悟られるような動きをしてはならない。

 自然体のまま、旅籠の答えを待った。


「……え? い、いぎょう? ってなんですか?」


 古緑は……静かに納刀した。


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