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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第五章 最前線
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5.8.帰って来た津留


 津留の口から出てきた言葉に、古緑はひどく動揺した。

 その様子から心当たりがあるということが誰にでもわかる。

 そして異形人という単語を聞いた鏡夜も目を見開いて驚いていた。


 しばらくの沈黙が流れる。

 答えを待っている間に津留は腹部の痛みに耐えられなくなり、頭を下げて腹を押さえた。

 背中を鏡屋が再びさする。


「つ、津留。一体何を見てきたの? お腹はどうしたの? なにがあったの?」

「ぐ……。異形人と……異形に遭遇、しました……」

「異形人と異形だと!? 何処でだ!?」

「……二山……ぐ……!」

「ちょ、ちょっと津留!? 雪野さん手伝って!」

「は、はい!」


 倒れ込んだ津留を支えた鏡夜が、雪野を呼んで手助けしてもらう。

 二人で持ち上げて縁側に寝かせた。

 早瀬も手伝おうとしたが、未だに息が整わなくて立ち上がることができなかった。


 鏡夜が腹部を見るために服を脱がす。

 触って分かったのだが少し濡れている。

 手に付いたのは赤い液体だ。


 腹部を見てみれば、何者かに殴られた箇所の皮膚が真っ赤になっていた。

 穴が開いているというわけではない。

 いうなれば皮膚が少し削り取られて流血しているといった有様だ。

 軽く手当てをしてあるがおそらく自分でやったのだろう。

 だが医者には掛かっていないと見える。

 彼女はこのことをすぐさま知らせるため、古緑たちが帰ってくるのを待っていたのかもしれない。


 軽傷ではあるはずだが、津留は熱を持っている。

 これは異形人か異形に付けられた傷だろうが、もしかすると特異体質の存在と対峙したのかもしれない。

 となればその一撃が体を蝕む要因になっている可能性がある。

 この場合、一刻も早く治療をしなければならなかった。


「萩間様! 医者を呼んで参ります!」

「……分かった……」

「雪野さん、ちょっと見ててね……!」

「はい!」


 鏡夜は庭を走りながら屋敷にいる使用人に声をかけていく。

 しばらくすると数名の使用人が集まって来て、津留を運んで行ってしまった。

 雪野もついていこうとしたが、それは古緑に止められる。


「な、なんですか……?」

「津留は二山で異形人と異形を見たと言った……。そうだな?」

「確かにそうでした」

「異形が九つ山の妖をすべて殺していることになる……!」


 二口が異形に殺されている、というところまでは予測できていた。

 だが九つ山を越えられる力を持っているとは思っていなかったのだ。


 九つ山にはいくつかの妖が拠点にしている。

 その筆頭は九山にいる山姥。

 九つ山の中で最も強い力を持つ山姥に、最弱と言われている異形が勝てるはずがない。

 束になったとしても勝てることはないはずだ。


 だが……異形は二山にいたという。

 そのためには妖を倒して来なければならないのだ。

 一山を拠点にしていたろくろ首衆は死んだ。

 他の山を支配していた妖も討たれているならば……。


 異形の地に落ちた旅籠が、異形と共にこちらに向かってきている可能性が大いに跳ね上がる。


 九山を越えるためには一ヵ月の時間がかかる。

 だが異形たちのいる地からはそれに加えてあと数日必要となるだろう。


「旅籠殿とお主ら二人がこの世に降りてきた時期はそう変わらぬ……。旅籠殿の方が少し早いくらいか。だとしても二山まで来るのであれば九つ山を直進したはず……」

「な、なんか……マズい状況ですか……?」

「……半々といったところか」


 異形の目撃情報で確証を得たことがある。

 彼らは異形人と共に行動をしていた。

 今まで出張ってこなかった……あの異形人が何もなくしてただ前に出てくるとは考えにくい。


 あいつではない。

 あいつが、異形共を率いているのではないはずだ。

 であれば……。


「旅籠殿は生きている」

「本当ですか!?」

「生きていなければおかしい。異形がここまで来る時間、旅籠殿が異形の地に落ちた時期……。辻褄は合う」


 あの異形の地からここまで自力でやって来た渡り者を褒めなければならないだろう。

 しかし、異形が二山にいるというのであれば、今すぐにでも前線に向かわなければならない。

 いつ一山を降りて合流してくるのか分からないのだから。


 だが、一つどうしても引っ掛かった。


「……何故あいつが……!」

「あ、あの……萩間さん。異形人って誰なんですか……?」


 雪野が聞くと、ぴたりと動きが止まる。

 あまり思い出したい話ではない。

 だが彼が旅籠の味方をしているというのであれば、話さないわけにもいかないし、忘れているわけにもいかなかった。


「……継矢落水(らくすい)……」

「継矢? ……って先祖が異形を従えていたっていう一族のことですか?」

「元冬の颪。私より早く颪となった……人間の中で指折りに入る実力を持つ男だ。あいつは……家を燃やされ、一族を全員殺された」

「……なにに、ですか?」

「人間にだ」


 早瀬と雪野が押し黙る。

 ここは、そういう世界なのだという現実を今更ながら突き立てられた。

 何故そんなことが起きてしまうのか理解できない。


 そんな人間が何を思ってここに来るのか。

 大体の予想はついてしまう。

 だからこそ、古緑は落水と旅籠が繋がっていることを危惧しているのだ。


「それに津留がやられて帰って来た……。もし落水と対峙したなら生きて帰っては来られぬだろう。津留に手傷を負わせる力が異形にあるなら……厄介やもしれん」


 古緑は腰に携えている日本刀を握った。

 あの男がまだ生きているとは思っていなかったが、もし戻って来るのであれば……。


 彼は敵となる。


「早瀬殿、雪野殿。参るぞ」


 彼はそのまますたすたと歩いていく。

 だが今までと違い、纏っている気配が重かった。


 早瀬はようやく立ち上がり、少しふらつきながら付いていく。

 目の前にいる怪我人を放っておくわけにはいかない、と雪野は思ったが、古緑は深刻な様子だ。

 付いていかなければならない気がする。

 すぐに使用人に声をかけ、津留のことを任せてから二人の背中を追いかけたのだった。


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