5.6.孫六の協力
立ち話もそこそこに、萩間は赤雪に別れを告げる。
彼女と別れてしばらくしたところで雪野は萩間に問う。
「す、すいません萩間さん。あの人はどんな人ですか……?」
「赤雪殿か? 夏と秋にこの場へ来て妖と戦う女武者だ。盲目で口が利けぬ女子だが、強い」
「盲目なんです?」
「と、聞いている。そうは見えぬがな」
地面にすらすらと文字を書いたり、杖も突かずに歩いていることから盲目ではないと萩間も理解はしている。
だが隠すということは何かしらの事情があるのだろう。
実力も確かで、妖と戦ってくれる貴重な戦力なので誰も彼女の生い立ちについては聞かない。
聞いたとしても答えてくれないのだ。
共に妖と戦って数年だが、彼女はすっかりこの地に馴染んだ。
自分の季節ではない時もここを離れることなく過ごしている。
もちろん自分の季節でない時は休暇を謳歌するらしく、戦いに参加しない。
「ずいぶん信頼されている方なんですね」
「私が颪を担っていた時もずいぶん助けられた。隠居前ゆえ、四年ほど前か。ふらっと現れて妖に襲われていた民を救い、今に至る」
「へぇー……」
まるでヒーローのような登場の仕方だ。
何か隠しているようではあるが、彼女は人間の味方。
それ以上でもそれ以下でもない。
人間たちにとって大切な仲間なのだ。
雪野は一応それで納得して、赤雪の頭上にいた亡霊のことは飲み込んだ。
味方であるなら問題はないはずだ。
萩間にここまで信頼されているのだから、ここは信じていいだろう。
「あ、萩間さん。一つ聞きたいんですけど」
「なにかね」
「まず日本刀、ありがとうございます。すいません、お礼を言いそびれて」
「構わぬよ。私はお主らの強い意志を買った。それだけの事。して、聞きたいことはそれではないだろう?」
「はい。最低でも二ヵ月後じゃないと……旅籠を探しに行けないんですよね……?」
装備無しの丸腰で敵と戦うなど無理な話だ。
だが日本刀ができるのは二ヵ月後。
それまで何もすることができないのだろうか、と早瀬は不安に思った。
その問いに、萩間は小さくため息をつく。
「お主はまだ流派を見つけておらぬ」
「本当にそれ見つけないと駄目なんです!?」
「必要だ。流派を見つけたのち、その動きに見合う師を付ける。それまで前には出せぬ」
「ぬぅ……」
要するに二ヶ月間は修行にあてるということだ。
結局、前線に出るのは二ヶ月後。
それでは遅すぎると思うのだが、ここまで来るのに一ヵ月も費やした。
もう既に遅いのだが……こればかりは旅籠を信じるしかない。
「もし……」
「……?」
「もし、早瀬殿が流派を見つけ、驚くべき速度で力を付けたならば……その限りではない」
「っ! やります! でも流派ってどう見つけるんですか!?」
「それは己で見つけるのだ」
ヒントもなければ助言もない。
やったことも見たこともない流派など、本当にどうやって見つければいいのか分からず頭を抱えた。
この辺に関してだけは萩間はずいぶん厳しい。
それだけ自分で見つけることが重要なのだろうが、渡り者という異世界人にとっては難易度が高すぎた。
これはもう体を動かして考えるしかなさそうだ。
早瀬が一人で悩んでいる内に、目的地に到着したらしい。
顔を上げてみれば大きな門が鎮座している。
その奥に見えるのは立派な屋敷だった。
なんだか代果城で見た萩間の屋敷に似ている気がする。
中に入るや否や、萩間に面影が似ている男が慌てて駆け寄ってきた。
腰に二振りの日本刀を携えており、茜色の羽織を着ている。
ずいぶん派手で良く目立つ。
「父上!」
「久しいな孫六。颪には慣れたか?」
「慣れるもなにもありませぬよ。やるべきことをやるだけなので。それより父上。此度の一件ですが不可解です」
「お前もそれに気付いていて安堵した。中で話そうか」
「はっ」
萩間古緑を父と口にしたのは、その息子の孫六という人物だ。
萩間が隠居するにあたって颪を引き継いだようで、彼が秋の風たちを率いている。
だがそろそろ秋が終わる。
その間際で萩間古緑が戻ってきたのだから、随分驚いていた。
彼は挨拶を終えると、こちらに目をやった。
しばらく考えたところで会釈する。
「お初にお目にかかります。萩間古緑の息子、萩間孫六です。以後お見知りおきを」
二人は返事を返し、名前を名乗る。
あまり馴染みのない名前を聞いて彼は眉を寄せた。
「……父上? もしや渡り者でございますか?」
「然り」
「このような所に渡り者を連れて来るなど、何を考えておられるのですか」
「分からぬか?」
「……分かりかねます」
明らかに不満を持った口調のままそう言った。
孫六も渡り者のことは知っているようだが、やはり渡り者は元の世界に還すべし、と考えているらしい。
だからなぜこんな戦場に連れてきたのか理解できないようだ。
興味本位で滞在し続けた渡り者は多かったが、結局この世界についていけず帰っていった。
役に立たない者など不要なのだ。
孫六は二人を睨む。
「……雪野殿は強い巫女の力をお持ちの様ですね。服装から分かります。早瀬殿も渡り者としての力が発現しているらしいですね。それをもってして、あなた方は何をしにこちらへ?」
「「友達を助けに」」
「……友、達……?」
迷いのない言葉に面食らう。
ここまで意志がはっきりしている渡り者は、今まで見たことがなかったのだ。
そこで二人の言葉から察するに、もう一人渡り者がこの世界に来ているということが分かった。
「……そのご友人はどちらに?」
「異形の地らしいです」
「なんと……」
そこでなにか気付いたらしく、少し目を瞠って古緑を見る。
彼は小さく頷いた。
「異形の地に落ちた渡り者が生きていると……?」
「確証はないがな。だがろくろ首衆を秋の風が討ったのだ」
「妖の力が何かしらの要因で削がれたからですか。それが異形の地に落ちた渡り者である、と?」
「確証はない。可能性は高いがな。さて、秋の颪よ。渡り者を救うにはお主の協力が必要だ」
秋の風を束ねているのは孫六だ。
隠居した古緑はその権限を有していない。
孫六は暫く考えたが、小さくため息をついて力を抜いた。
ここに渡り者を連れてくるということは、この二人は古緑を説き伏せることに成功したのだろう。
なにより古緑が乗り気だ。
自分では渡り者を元の世界に帰すように説得できまい、と諦めた。
「承知しました」
「うむ。では現状の話を中で聞こうか」
「はっ」
話がようやくまとまり、屋敷の中へと入ることになった。
早瀬と雪野も、それに続いた。




