5.3.鬼の領地
馬がゆったりと歩いている。
その上に萩間が座っており、その前に雪野が座っていた。
だが雪野はしきりに後ろを見ており、なんだか落ち着きがない。
「ぬぉおおおあ!」
「あ、あの……萩間さん? もう少し速度を落としてあげた方が……」
「修行の一環だ。甘えはさせぬ」
「そ、そうですか……」
萩間が操る馬の後ろに鏡夜が付いている。
昨日までは鏡夜が操る馬の前に早瀬を乗せていたのだが、今は走ってもらっていた。
少し可哀想に感じるが、それも彼のもう一つの力を強くさせるために必要なことだ。
荷物を少し背負っている鏡夜が馬を寄せて来る。
「大丈夫ですよ~。萩間様が言うに、走ることもずっとできるらしいですから~」
「そ、そんなに特別な体術なんですね」
「もちろん疲労は溜まるから、立ち止まったら倒れるだろうけど」
「やっぱりちょっと休憩しませんか!?」
雪野にしては大きな声でそう言うと、鏡夜が前を指す。
そちらの方を見てみると、また小さな村が見えてきた。
だが今まで見てきた村とは少し風格が違うように思う。
建物が少し大きいのだ。
「あそこまでは頑張ってもらいましょう。鬼の村です」
「鬼……」
二重の意味で口にした言葉だったが、鏡夜は気づかなかったようだ。
◆
鬼の村に到着して馬を止めるや否や、早瀬は予想通り倒れてしまった。
雪野が急いで水を持っていく。
それをせき込みながら何とか飲むと、幾らか落ち着いてきたらしく片手を上げて礼を言う。
どうやらまだ喋ることはできなさそうだ。
ここから先は馬を手で引いていく。
鬼たちは人間が来たことに気付くと、早速こちらに一人駆け寄ってきた。
「これは萩間さん! どうされたのですかこんな所に! 隠居したのではなかったでしたか?」
「老いぼれの最後の仕事をしに来たのだよ。孫六のことも不安ではあるしな」
「はははは、そうでしたか! ささ、まずは宿へご案内しましょうぞ! ……えーと、見ない顔ですな?」
「ああ」
一人の鬼がこちらに顔を覗かせる。
彼は意外と人間らしい姿をしているが、やはり角が頭に生えていた。
がっしりとした筋肉が服越しからでもよく分かる。
「やぁやぁどうも! 俺はこの村の里長やってるドウゴってんだ! よろしくな!」
「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます。私は雪野と申します」
「ぜぇ……早瀬、です……」
「なんで倒れてんだ?」
「修行だ。走らせた」
「……一個前の村からですかい!?」
そうだ、と萩間が頷くと目を見開いて驚いていた。
だがすぐにケロッと表情を変えて感心したように頷く。
「あそこから結構距離あるのに、よく走ってきたなぁ……。お前根性あるじゃねぇか! 気に入ったぞ早瀬!」
「ど、どうも……」
ドウゴは大変楽しそうに笑い、早瀬を担ぎあげた。
どうやらこのまま宿に運んでくれるらしい。
馬は他の鬼に任せることにして、一行は一度宿に向かった。
遠目から見ていても分かったのだが、やはり鬼の村の家屋は一回り大きい。
あまり器用ではないからだろうか。
そのため木材を大きくふんだんに使用しているのかもしれない。
とはいえ家の作りに悪い箇所はないようだ。
案内された部屋も、少し広いように感じられた。
家具もそれに合わせて少し大きい。
部屋を見せてくれた後、ドウゴが頭を掻きながら笑う。
「ちょっと人間さんには大きいかもなぁ」
「そうだな」
「萩間さんは容赦ないですね……。仕方ないじゃないですか~。鬼は人間より不器用なんですから」
「鬼人はどうした」
「鬼人の大工なんてそんなにいませんよい。鬼の大工も伝統だってんで小さくはしようとしませんで」
「それもそうか」
鬼の世界でも、色々あるらしい。
そんな風に見ていた雪野は純粋に少し大きく広い間取りを楽しんでいた。
大きくても造りはしっかりしている。
間取りも良く色合いも統一されているため、落ち着きがあった。
中でもこの書院造はこの部屋の中で異彩を放っている。
大きな掛け軸と違い棚。
地袋と天袋もこの書院に欠かせない物。
しゅっと引き締まった部屋の書院造もいいが、でんっと大きく作ってその存在を誇示する書院造も見事なものだった。
「わぁ……!」
「あらぁ? 気に入ったみたいね?」
「はい、とっても! 大きいっていうのもいいですね!」
純粋な感想を口にする雪野に、鏡夜は小さく笑う。
彼女を微笑ましく見ながら荷物を一箇所にまとめておいた。
因みに早瀬はドウゴの肩で眠ってしまっている。
流石に力尽きてしまった様だ。
ドウゴはそれに気付いて布団を敷き、そこに寝かせてくれた。
「悪いな」
「お客人ですからね。で? 萩間さんはどうして隠居生活を終えてこちらに?」
「そこの早瀬と雪野は渡り者でな」
「な、なんと!?」
「友人が異形の地に落ちたかもしれぬ。故に探しに、な」
最初こそ驚いた顔をして興味深そうにしていたが、萩間の言葉を聞いてその表情は次第に難しい物へと変わっていった。
やはり、異形の地に落ちた渡り者を救うというのは難しいというのが、この世界の常識なのだろう。
どう説明しようか悩んでいるようではあったが、この件を萩間が話していないはずがない。
ドウゴは萩間の顔を見る。
萩間は『もちろん説明した』と口にした。
「知って尚、諦めていないのですね」
「そうだな。しかし私は生きている可能性が高いと思う」
「? 何故ですか?」
腕を組みながら小さく笑う。
その様子からは、只ならぬ風格があふれ出る。
「それについて確認したい。ろくろ首衆が討たれたというのは本当か?」
「はい。そう聞き及んでおりますが……」
「何故秋の風がろくろ首衆を討てたのだ?」
「……萩間さん、その言い方は……。……? ……力が、削がれたから?」
「然り」
ドウゴはこの辺りのことに詳しい。
妖と戦う最前線が近いということもあって、情報は意外と流れてくるものだ。
ろくろ首衆は強かった。
あれに勝つためには、巫女が居ない限り今の風たちでは不可能だっただろう。
だが巫女が居ないのに勝つことができた。
その要因は、妖側にある。
「異形が、妖を?」
「今、手の者が調べている。どうだドウゴ。私が再び前に出て来る意味が分かったか」
「確かに面白そうな話ですね。それが事実なら、妖を仕留めることも可能かもしれませんし」
「その通り。私たちは明日にでも発つ。続報を待っていろ」
「楽しみにしておきますね」
話を終わらせて萩間は座る。
いつものように茶を淹れた後、それを飲んだ。




