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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第五章 最前線
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5.2.馬での移動


 萩間の屋敷から出発してしばらく経った。

 道中の景色を楽しみながら移動するこの旅は、二人にとって刺激的で本当に江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚を覚える。

 城を出て城下町を過ぎ、田畑が広がる田園風景を後にすれば、深い森の中に入ったり出たりを繰り返した。


 街道は大きな城から離れる度に寂れたものとなっていくが、また少し移動すれば村が見つかる。

 移動距離が長引きそうな時はそこの宿で一泊し、明日に備えた。

 幸いにも野宿を経験することはなく、鬼の領地に入るか否か、というところでまた一泊することになった。


 そこで木刀を打ち合う音が響く。

 早瀬はこの道中ずっと萩間からの稽古を受けていた。


「もう一本!」

「よし、こい」


 横に大きく振りかぶった早瀬は、そのままこちらに走って来る。

 普通の大降りに見えるが彼の動きは予測がつかない。

 間合いに入る手前で逆手に木刀を持ち換え、片足を軸にして回転し遠心力を付けながら木刀を反対側から振り抜く。

 萩間はそれを危なげなく受け止める。


(ふむ……)


 普通はできそうもない動きだ。

 これに萩間は可能性を感じていた。


 早瀬は四季の風という力を持っている。

 普通は一つの風しか持っていないが、これがあることで一年を通して身体能力が向上するのだ。

 渡り者にしては微妙な力だと最初は思っていた。


 だが、こうして稽古をしている内にまだ何かあるのではないか、と確信するようになった。

 それが何かは未だに分からない。

 稽古を通して発見できればいいのだが……と考えている内に旅路は残りわずかとなってしまった。

 できれば最前線に到着する前に発見してやりたい。


 木刀を逆手に持ったまま、早瀬は連続で回転しながら攻撃を繰り出す。

 こういう押し込みの相手には不動を貫くのが一番良い。

 その場から動くことなく攻撃を受け流す。


 思うように前に進めない早瀬ではあったが、脚を器用に動かしてその場で攻撃を続ける。

 しばらくしたところで一度後退した。


 だがそれを見逃す萩間ではない。

 体が後ろに傾いた瞬間には前に足を踏み込み追撃する。

 居合切りの要領で攻め込んだが、早瀬は体をのけぞらせてそれを回避した。


「あぶねぇ……!?」

「む?」


 すぐさま木刀を切り返して上から攻撃する。

 すると無理な体勢で何とか体を捻り、それも回避した。


「フー……」

「……」


 今、萩間は本気で木刀を振るったつもりだった。

 もちろん寸止めはするつもりだったが、今のを回避するのは予想外だ。


 そこで一つ、思い出したことがあった。


「早瀬殿」

「はい?」

「今から私の剣をすべて躱してみせよ」

「え? あ、はい。……って真剣!!?」


 すらりと抜いた日本刀を片手で構える。

 左手を柄頭に添えてゆっくりと握り込み、腰を落として滑るように肉薄した。


 空を切る音が早瀬に迫る。

 鋭い切先が届くか否かといったところで、飛んで回避した。

 地面に足が付いた瞬間に転がって次の攻撃を躱し、更に追撃してきた斬撃を手の力だけで体を押しのけて避ける。

 怪我がないことに安堵しつつ、転がりながら立ち上がって次の攻撃に備えた。

 上段から斬撃が向かってきていたので半身で躱し、そこから切り上げられた斬撃をのけぞって回避する。

 その勢いを使ってバク転して距離を取った。


「あぶなっ!?」

「なるほど」

「なにがっ!?」


 真剣で稽古するとは思っておらず、早瀬の心臓は跳ねまわっていた。

 先ほどの緊張感が今も尾を引いている。

 なかなか鳴りやまない心臓と整わない息で次第に苦しくなってきた。

 一体何だというのだ。


 無理な動きをしたためか、体に疲労が溜まった気がする。

 早瀬が膝をついて息を整えていると、日本刀を納刀した萩間が近づいてきた。


「思考体術か」

「え? ……なんて?」


 息を整えながら問い返す。

 聞いたこともない言葉だったが、萩間はようやく納得できたようで満足げにしている。


「早瀬殿の渡り者としての力は地味過ぎた」

「わ、悪かったですね……」

「故にもう一つないか、と思うていたがやはり持っていたようだな」

「……えーと、それがその思考……体術?」

「左様」


 思考体術。

 過去に話だけ聞いたことがある特別な体術であり、本当に存在するものだとは思っていなかった。

 この体術はその肉体で可能な行動を行えるというものだ。


 例えばパルクールやブレイクダンスなど、慣れていなければできない動きを“やりたい”と思考するだけで思う通りに行える。

 だから先ほどの稽古も、早瀬は萩間の攻撃を“避けたい”と思ったからこそできたのだ。

 以前鏡夜と仕合った時も、この体術が発動していたからこそ、素人同然の早瀬が鏡夜の攻撃をすべて防ぐことができた。


 だが、欠点が一つある。

 それが、身体能力以上のことはできないということ。

 動きたいが体が付いていかない場合がある。

 体を作ればそれらも可能になるので不可能というわけではないのだが、できることとできないことをはっきり理解しておかないと、戦いでは不利になるのだ。


 以前鏡夜と仕合った時に、早瀬は最後の三連撃を防ぎきることができなかった。

 あれは三連撃を防ぐだけの筋力がなかったのだと推察できる。


 体さえ作ってしまえば、様々な動きに対応することができる体術だ。

 これは渡り者しか持ちえない力。

 格段に生存能力が上がる力なので、今から稽古の方向性を大きく変える。


「早瀬殿。剣術は後だ」

「えっ」

「走れ」

「……え?」

「これより早瀬殿は、馬から降りて走って移動せよ」

「ええええええええ!!?」


 とんでもなく過酷な稽古が始まると予測できた早瀬は、とりあえず叫んだのだった。


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