5.1.Side-津留-二山にて
第5章です
この章は人間組の視点となります
9話ほどで完結する予定です
人間の領地を出て鬼の領地を少し横断すると、妖と戦う最前線基地が見えてくる。
自然豊かな場所に作られた平山城は大きい。
ここ数十年かけて作り上げられた基盤を存分に使用している城の名は、不落城。
妖の攻撃を受けても落ちることのない城……という意味でそう名付けられた。
最近、この地で長年人間たちを足止めしていたろくろ首衆を討ったことで、秋の風たちは自信に満ち溢れている。
活気が以前のそれとは全く違うのだ。
この実績によって不落城城主もご満悦の様で、民衆もその報せを知って喜んでいた。
その証拠に方々で祭りの準備が進められている。
大きな成果を出せたことで浮足立っているだけかもしれないが……一時の喜びを祭りで表現するのは悪くない。
そんな彼らの輪に混じることなく、馬でこの地まで来た津留は鬼や秋の風たちへの挨拶もせずに任務へ向かう。
馬と身一つだけで移動してきたので、到着したのは予想よりも少し早い。
ここまでの移動を手助けしてもらった愛馬を馬小屋に預けたあと、単身で森の中へと入った。
津留は休憩することもなく、すぐさま森の中に入って九つ山という山の一つ、一山を越えた。
忍びであるが為に山の歩き方などは熟知している。
そのため一日も経たず山を越えることができた。
この辺りにろくろ首衆は既にいないということなので、何も警戒することなく進める。
問題は二山からだ。
ここには砂かけという妖がいる筈。
今回目的としている場所は九つ山を越えたさらに奥、二口衆が拠点にしている山城だ。
また一ヵ月ほどの旅になる予定なのだが……。
「……? 気配がない?」
津留は耳を澄ませる。
いつもであれば聞こえる砂かけ衆の声が聞こえない。
さらに言えば砂を集める音も、微かに漂っているはずの毒の臭いも感じなかった。
原因を確かめるために山を駆ける。
木々を蹴って飛び移っていき、あっという間に山頂までやって来た。
一山を越えた後だったために既に日が暮れ始めているが、まだ見える。
そこには砂かけ衆が拠点としていた洞窟があった。
だが何も聞こえないし、何も感じない。
ここはもぬけの殻となっているようだった。
洞窟を眺めながら一つ息をつき、腕を組む。
「……ろくろ首衆が討たれて逃げたか?」
「否」
「!」
独り言に返事をする存在が近くにいると気付かなかった津留は、すぐさま距離を取りながら二振りの小太刀を取り出した。
声の主は一体どこにいるのか。
目だけ動かして探していると、意外と早く現れる。
パシャッと水溜りを踏むような音を立てた後、足元から肉体が形成されていく。
水だけで体が構築されているらしく、最後には人間らしい姿になった。
腰には日本刀が携えられており全身はびしょ濡れとなっている。
「何奴……」
「む? その気配……秋の者か。萩間の兄者は息災か?」
「……」
「沈黙か。まっこと忍びらしい」
水に濡れた男はこちらに体をようやく向ける。
だが視線は未だに合わせない。
「して、何しに来た」
その瞬間、津留が動いた。
地面を蹴って肉薄し、手に持っている二振りの小太刀を思い切り振るう。
この攻撃は見事直撃したが……バチッと水の体に沈んで通り抜けた。
驚いてすぐさま後退しようと飛び退くが、その瞬間に男の拳が腹部にめり込んだ。
下がったのでまともに喰らうことはない。
しかしそれでも痛みを覚えた。
「ぐ……」
「ろくろ首衆が討たれ、二口衆を探りに来たか」
「……異形人……!」
「出会い頭から分かっていた事だろう?」
男は笑う。
なぜこんな所に異形人がいるのか疑問ではあるが、今は倒せそうにない。
今すぐにでも逃げ出してこの事を報告しに向かいたいところだが、そう簡単に逃がしてくれるような相手ではないはずだ。
彼はこちらから情報を少しでも引き出したいのか、なにやら饒舌になって話はじめる。
「そういえば、お前は見たことがないな。秋の風であれば萩間の手の者だろう。あのお人好しは変わっていなさそうだな」
「……」
「目が動いたな。沈黙は時に金より価値があるぞ」
肩を揺らして小馬鹿にする様に笑った。
この余裕はそれだけの力量を携えているという事。
彼のような人間がどうして異形人になったのか。
何かあるに違いないと思い、津留は沈黙を辞めた。
「名を何という」
「俺か? 落水だ。お前は?」
「津留」
「ほう、名乗るか。まぁいい。何か聞きたいことがあるようだな」
「萩間の兄者とは誰のことだ」
「? 萩間古緑のことだが」
「!?」
その台詞を聞いて、ようやく違和感の正体に気付いた。
萩間家現当主は優しい口調をしているが厳しい人で、お人よしではない。
だから落水が言った特徴に違和感を感じていたのだ。
なにより落水が『兄者』と言っていたから分かりにくかった。
落水の年齢は見た目で言うと二十代後半。
兄者というのだから若い人物……二十台か三十台前後の人物を指していると思っていたのだが、どうやら年齢に誤差がある。
異形人が普通より長く生きるということを忘れていた。
落水は異形人になってから歳を取っていないのだ。
萩間古緑と古い友人であり、尚且つ異形人に落ちた人間。
そんな人物思いつかないし、聞いたこともない。
「お前……! 何年生きている……!」
「む? ああ……七十四年」
(古緑様と同い年……!?)
この若い時の姿が異形人に落ちた時の姿だとするならば。
少なくとも四十年前に彼は異形人になったはずだ。
萩間古緑と同世代で急に居なくなった人物。
そんな話は古緑の口から一度も聞いたことはないが、落水は古緑のことを知っている。
この人物は一体誰だ?
津留の記憶の中に該当する人物はいなかった。
ここで聞いた話は是が非でも持ち帰らなければならない。
二口衆のことよりも重要だ。
「逃げるか」
バレたが構うものか。
忍びの足に追いつける武士はいない。
踵を返して一気に跳躍し、木々を蹴って移動する。
一度通って来た道なのでどこに飛び移ればいいかよく分かる。
一つ木の枝を選んで着地し、再び跳躍しようとした瞬間、視界の中で何かが急速に近づいて来ていることに気付く。
咄嗟に身を屈めると、頭上を槍が通過した。
再び来るであろう攻撃を防ぐために小太刀を構えると、刃が既に迫って来ていた。
驚異の反射能力でそれを叩き落す。
「やりますな?」
「……!? 異形!?」
案山子が槍を持って木の上に立っている。
まるで一本下駄を履いた天狗のようだ。
姿を目視した後、やはり津留は逃走を図る。
案山子は声を出して追撃しようとしたが、そこで落水に止められた。
「落水様? よろしいのですかな?」
「構わん。旅籠を見られなかったからな」
「まぁ、良いなら良いですが」
少し不満げに、案山子夜は持ち場に戻る。
誰もいなくなった後、落水は一人で小さく笑った。
「気付けよ萩間。俺が来たとな」
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