4.18.九つ山・異妖の乱③
集まったのはよく話す異形たちだ。
旅籠と落水をはじめとして、蛇髪、月芽、空蜘蛛に黒細である。
他の異形たちには周囲の警戒を任せることにした。
それぞれが組みを作って見張りにつく。
落水が額から流れる水滴を拭いながら口を開く。
「敵に狐がいる。そうなると手の目が取れる策も大幅に増えるはずだ」
「あの一斉突撃も策の一つでやすか?」
「可能性は十分にあり得る」
異形と戦うに策など不要。
そう思われて一斉に突撃してきたのかと思ったが、手の目は山姥が死んだことに気づいてすぐさま移動を開始した。
山姥を討てる存在に対し、このような単純明快な策を講じるとは思えない。
そこで思い出したようにして、蛇髪が黒細に視線を向ける。
「黒細や。砂かけ衆か垢舐め衆に生き残りはおるかえ?」
「三名ほどおりやすが、気絶して起きないんでさ」
「そうかえ」
人質がいるなら話をしたい。
とはいえ今は口を利ける状態ではないようなので、話を進めることにする。
「えーっと、ちょっと整理したいんですけど……。そもそも今回の襲撃って、普通に妖の戦力を無駄に消費しただけですよね?」
「そうなるな」
「でもその中に口裂けはいなかった。主力となる三種類の妖の中で、二種類の妖が騙されて攻撃に参加したって形になってますよね」
「そうだ」
まず今回、妖の主戦力になっているのは垢舐め衆、砂かけ衆、口裂け衆。
後方に指揮を担当する手の目が居て、監視を担当する一つ目、それと化け猫が待機している。
だが、口裂け衆は狐が作り出した幻覚だった。
そうなると垢舐め衆と砂かけ衆たちだけで異形たちに突撃したことになる。
結果としてこの二種類の妖は壊滅、もしくは全滅した。
大切な主戦力を二つも失った今の妖に、勝機はあるのだろうか?
そもそも、どうしてそんなことをしたのか疑問が残る。
内部争いでもしていたのだろうか?
「それが最も有り得そうな話じゃなあ」
「結託したんじゃないの……?」
「山姥が討たれ、次はどいつが主になるか……とでも考えておったやも知れぬな。削がれた力で何ができるか分かりませぬが」
「うーん、さすがに手の目はそこまで馬鹿じゃなさそうだけど」
簡潔にまとめてしまうのであれば、蛇髪の言う通り内部争いで片付けられる。
だがどうにもそんな感じはしなかった。
この襲撃で戦力を削った行為自体が、作戦であるように感じられたのだ。
狐がいることに、何か関係しているのかもしれない。
すると落水が何かに気付いたらしく、眉を上げる。
「……殿か?」
「え?」
「しんがりですか?」
旅籠と月芽が首を傾げる。
殿というと軍が退く時に最後尾で追って来る敵を防ぐことだ。
もしそれが本当なら……妖の本隊は四山から三山に逃げていることになる。
では、その理由はなんだろうか?
四山から三山に兵を削りながら逃げる理由は何?
しばらく考えていたが、答えが出るはずもなく落水と蛇髪を見た。
二人も考えこんでいるようで沈黙が続いている。
その静寂を破ったのは黒細だった。
「逃げた先に何があるんでやすかね」
「……人間……?」
「! 人間か!」
旅籠が呟いた言葉に、落水が反応する。
確信を突いたつもりは一切なかったのだが、彼は相手の意図を読み取ることができたらしい。
それも可能性の話なので確証はないが、今妖が討てる手で最もこちらに打撃を与えられるのはこれだ。
人間と戦わせること。
「え!? その為だけにあんなに犠牲を出したんですか!?」
「こちらは山姥を殺せるだけの力があると知られている。そんな奴らを残存勢力だけで叩くのは無理だと判断したのだろう。狐に関して若干の懸念は残るが……追わねばマズい」
今回の異形たちが目標とするのは“旅籠を人間と合流させること”だ。
それを妖に邪魔されては大変困る。
人間とかち合う前に、何としてでも妖の残存勢力を叩いておかなければならない。
もし妖を仕留められずに人間とかち合ってしまった場合……旅籠の立場が不利になる。
妖の目的は人間と異形を戦わせることなのだから、何処かで介入してくるはずだ。
そうなった場合 異形たちは旅籠を守るために前に出るだろう。
何故異形と人間が一緒にいるのか、と人間に危険視されてしまうと合流すること自体が難しくなるのだ。
今、異形の立場は妖の下僕。
敵陣営の中に人間がいるとなれば、警戒せざるを得ない。
「急ぎ支度する! 動けるものはすぐに四山を越えろ!」
「いやや、落水様! 今から行っても間に合いませぬ! こうなれば精鋭のみで向かうのが宜しいかと……」
蛇髪がそういうと、落水は眉を顰める。
確かに全軍が同じ速度で山を登るとなれば、どうしても先行している妖には追いつけない。
だが敵の戦力が未知数だ。
「敵の兵力は分からんぞ?」
「策があります」
すると、蛇髪は旅籠に視線を向けた。
「旅籠様、名付けを」
「そういうね!?」




