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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第四章 九つ山
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4.14.妖の戦力


 空蜘蛛を怒鳴り散らした私は、若干の苛立ちを覚えつつも落水の下へ向かった。

 歩いている間に怒りは霧散し、気分がいくらか落ち着いてくる。

 さすがに言い過ぎたかもしれないが、生き死にに関わることなのでこれくらいの厳重注意が丁度いいはずだ。


 数名の異形たちと共に落水が稽古している場所へ向かうと、斬撃音が大きくなる。

 耳を塞ぎたくなるほどの連撃を見て、異形たちはもちろん私も驚いた。


 八本の日本刀を巧みに操りながら攻撃を繰り返す布房。

 しかしそれを全ていなし、逆に攻撃へ転じる落水。

 彼は息一つ切らしておらず、最低限の動きで布房の攻撃を御していた。


「……!」

「フン」


 少し力のかけ方を変えると、ガクリと布房の体勢が崩れる。

 踏ん張ろうとしたところを脚で掬われ、背中から地面に倒れた。

 すかさず日本刀の切っ先を喉元に向けて伸ばしたところで、稽古は終わりを告げた。


「同じ向きからしか刃が来ぬ。剣は米の字に斬れるのだ。多方向より攻めることを意識せよ」

「……」


 反省点を聞いた布房は日本刀を納刀しながら頭を掻いた。

 六本の腕が布に戻って腰回りに垂れる。


 私が見ていた限りだと、布房はいろんな方向から攻撃をしていたように思う。

 落水はもっと工夫しろと言っているようだが……この壁を乗り越えるのには時間が掛かりそうだ。


「兄様ー!」

「ふむ」


 日本刀を納刀し、こちらに歩いてくる。

 ばさっと袂を払うと水が飛び散り、服についた砂が払われた。


「どうした」

「手の目衆が逃げましてな。他の妖と結託すると思われますぞ」

「やはりそうなるか。では三山か四山で戦うことになるだろうな」

「ワシもそう考えますの」


 蛇髪が簡単に説明し、落水が次の戦場を予測した。

 残る妖は少ない。

 力が削がれて尚、単騎で挑む妖はいないだろう。


 なぜ戦場が三山か四山になるかというと……人間の勢力の影響だ。

 蛇髪が少し前に説明してくれたが、今妖は挟撃にあっている。

 人間に近づきすぎないように異形を仕留めるには、山を一つくらい開けておいた方がいい。

 だから落水は戦場がその二つの山どちらかになる、と予測した。


 今いる場所は七山であり、四山までは少々時間がかかる。

 敵には目の良い一つ目衆がいるので、近づけばすぐに見つけられてしまうだろう。

 攻めるときは姑息なことを考えず、正々堂々直進するのがいいかもしれない。


 だがこちらにはワタマリという気配を食らう異形がいる。

 隠密行動を集団で行うことができるのだ。

 これで監視の目も掻い潜れる。


「相変わらず狡いな……ワタマリの能力……」

「可愛いのに凄いですよね!」

「ね~」


 四山に接近した際には、ワタマリを使って近づくと良いかもしれない。

 相手も総出で立ち向かってくるかもしれないのだ。

 こちらもできるだけのことをして反撃しなければ。


 これは戦いだ。

 卑怯だ、とは言わせない。


「それで落水さん。妖の戦力について詳しく知りたいんですけど」

「一山のろくろ首衆が人間に討たれた今、主戦力となる妖は三つ。砂かけ、垢舐め、口裂け。情報を収集するは化け猫。見張りを担うは一つ目。そして戦術を考案するは手の目」

「うっ……。改めて聞くとなんかバランスいいな……!」

「ばらん……?」

「釣り合いがいい」

「ああ」


 やはり彼らはこういう言葉は通じないらしい。

 久しぶりにこんなやり取りをした気がする。


 さて、落水の話から分かるが確かに敵の構成は丁度いい。

 単体でやり合うならまだしも、束になって掛かってこられると厄介だ。

 これをどうやって弾き返すか。


「まず、一つ目を最初にこちらが見つけることだ」

「敵が何処にいるか分かると楽ですからね。でもこれは……」

「ワタマリに任せましょう!」


 月芽が元気よく言った。

 気配と音を喰らうワタマリがいれば、こちらの姿は認識されない。

 見張りを倒すことができれば、こちらから強襲を掛けることもできる。

 まず最初の課題は、ワタマリが居れば何とかなりそうだ。


 落水と蛇髪もそれに頷く。

 どうやら初手の動きはまとまった。


「道中と戦闘後は猫又に気を付けねばならん。いつの間にか入れ替わっていたり、乱戦後に紛れて本陣までついて来ることもある」

「うわぁ……面倒くさいですね……」

「そこで蛇髪だな。どの程度で判別できる?」

「そうですなぁ」


 偽物を判別することのできる蛇髪が、少し距離を取った。

 大体十メートル程だろうか。


「この辺りからであれば、判別できるかと」

「十分だな」


 この距離から判別できるなら、もし見破られて襲い掛かってきたとしても対処できる。

 月芽を護衛に付けることとし、あと数名護衛が居てもいいかもしれない。


 だが問題なのは、入れ替わりが発見された瞬間だ。

 空蜘蛛の時と同様縛られるだけならいいのだが、最悪殺されている可能性もある。

 そうならないように何か対策を講じたいところだ。


「であれば、今すぐにでも蛇髪に全員を調べてもらうことだ。その後に組を作ればいい」

「ツーマンセルかスリーマンセルで動いてもらうか……。んじゃ三人組にしましょう。蛇髪、頼める?」

「承知しましたぞ」


 蛇髪はすぐに異形たちをかき集めに行く。

 一人一人丁寧に調べる必要はないらしく、半径十メートル以内に入ってしまえば、本物かどうか分かるようだ。

 これなら相手にも警戒心を与えない。


 結果としては潜んでいた化け猫はあの一体だけだったようだ。

 それから三人一組を作ってもらい、これからしばらく一緒に行動する様にさせる。

 もちろん化け猫対策の為にやっていると説明し、合言葉も今一度教えておく。


 あとは任せておいた大丈夫だろう。


「えっと、あとは……」

「敵は人間の進行にも気を使わねばならんはずだ。とはいえ、挟撃することはなければ共闘することもないだろうな」

「え、そうなんですか?」

「人間は堅実で臆病だ。妖を討つために必要な存在を箱入りにしている。故に妖にはいつまで経っても勝てぬのだ」

「へぇ……」

「ろくろ首衆を討って祭りでも楽しんでいるだろうが、二山までは来ぬだろう。一山を最前線にすべく、時間を掛けて家屋を建てる」

「悠長すぎません!?」


 落水は鼻で笑って『そういう奴らだ』と吐き捨てた。

 元人間であるとはいえ、復讐に燃える落水は人間など不快な存在でしかないのかもしれない。


 ……あれ?

 そういえば落水さんって人間の領地に用があるんだよね。

 今向かっている場所が妖と戦っている最前線なら、多分そこは人間の領地じゃない。

 どちらかといえば鬼の領地に近いはず……。


「落水さんって、どこまで行きたいんですっけ?」

「我が生まれ故郷」

「それって人間の里……? ですよね? 異端村から妖の領地を通って、九つ山を越えて、鬼の領地を越えた先にあるっていう」

「左様」

「でも九つ山を越えたら人間たちに会えますよね。大丈夫なんですか? ていうか異形人って人間たちと一緒に居て大丈夫……なんです……?」


 異形は勢力的にいえば妖の配下だ。

 それを人間が敵対視している可能性は充分にある。

 であれば人間から異形に堕ちた異形人も、敵という区分に入ってしまうのではないだろうか。

 そんな疑問がふと湧き出た。


 異形たちが妖を嫌い、人間に大いに期待しているということから忘れかけていたが、実際は敵同士だ。

 旅籠が普通の人間だからと言って、簡単に受け入れてくれるかどうかわからない。

 これに気付いた瞬間、一気に不安が押し寄せてきた。


 私……異形に与する人間として殺されたりしないよね……?


「馬鹿を言え」

「え」


 あほらしい、とでも言いたげに落水は肩を揺らす。


「人間は、己らと少しでも違う奴を嫌悪する」

「……じゃあ駄目じゃないですか!」

「旅籠、忘れるな。この戦いは、お前を人間に逢わせるためだけにあるものなのだ。他人のことまで考えるな馬鹿者め」


 パンッと肩を叩かれる。

 意外と強い衝撃に思わず体勢を崩すが、すぐに持ち直した。

 叩かれた箇所を押さえながら、振り返る。


「俺のことは気にするな。策はある」

「そ、そうですか」

「最終的に人間と合流するのはお前だけだ。俺と異形たちは、その場には居合わせん」

「ちょ、ちょっと寂しいなぁ……」

「最悪戦う可能性もある。それを避けるためには致し方ない」


 それはそうだ。

 何処まで行っても、異形は妖の配下というレッテルが貼り付けられている。

 それを今剥がそうとしているところではあるが、人間がそれを知ることはないだろう。


 彼らとの別れはもう少しかもしれない。

 元の世界に帰る為にここまで来たが、いざ別れが近いと気付くと、寂しく感じると同時に名残り惜しくもある。


 だが、まだ安心してはいけない。

 まだ進んでいる最中なのだから。


「……よし! じゃあ行きましょう!」

「簡単な策しか講じていないがいいのか?」

「そ、それもそうですねぇ……」


 意気込んだは良かったが、そういえば戦力の確認をしただけで何も作戦などは決めていない。

 化け猫対策を講じたくらいだ。

 もう少し煮詰めてから、七山を出立することにする。


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