4.5.山姥討伐戦
全員がやる気になったのはいいが、今の現状をもう一度把握しておく。
私たちはどちらかといえば不利な状況にあるのは間違いないだろう。
そう考える理由はいくつかある。
一つ、鳴り子を鳴らしてしまったこと。
これにより他の妖もこちらに集まってくる可能性がある。
長期戦になればなるほど敵の増援が駆けつける確率は上がってくるだろう。
二つ、地の利。
ここは九山で山姥が生活をしている場所だ。
地の利は圧倒的に相手の方が理解しているだろうし、こちらは今まで見て来た道しか知らない。
どこかに誘導でもされたら厄介だ。
できればこの場で仕留めたい。
三つ、山姥の肺活量。
あの範囲攻撃は凶悪な武器だ。
連発出来ないことを祈るしかないが、息を吸って吐くだけであそこまでの威力を出せる。
予備動作がほとんどないし、接近戦を仕掛けている最中に使用されては確実にこちらが深手を負う。
四つ、味方の力量が不透明。
ヌノフサが戦えるということは分かったが、それは今し方知ったことだ。
名付けと戦利品の褒美を与えてから、彼らが何処まで強くなったのか分からない。
誰に何を任せていいのか分からない状況だ。
異形たちも自分がどれだけ強くなっているか分かっていないだろう。
今求められるのは……集団で一気に山姥を叩く事。
だがその時にあの爆風を使われては困る……。
早期決着を決めたいところなのだが、なんとももどかしい。
すると、落水が前に出た。
姿勢を低くして地面を蹴り、滑り寄る様にして刃を振るう。
山姥とて直線的な攻撃で深手を負うことはない。
危なげなく防ぎ、不敵に笑う。
「異形人……はて、お前は不味そうじゃなぁ?」
「肉体は水でできている。井戸水よりましだと思うが」
「水の異形人かい。そりゃドブみたいなもんだねぇ」
山姥が大きく息を吸った。
どうやらあの攻撃は連発することが可能の様だ。
となれば接近し続けているのは良くない。
即座に体を水にして地面に逃げ込む。
その瞬間、爆風が発生した。
木々を吹き飛ばすほどの爆風が後方にいた異形たちに襲い掛かるが、これは蛇髪が阻止する。
一気に前に出て一瞬で印を組み、片手で空を押し出すかの如く素早く突き出す。
それと同時に飛んできた爆風が霧散した。
蛇髪から見て左右へ風が流され、大小様々な木々が揺れ、木の葉が大量に舞う。
「この程度であれば防げますなぁ」
「いや、あれ防げるんかい!」
逆にどの程度なら防げないのか気になるけど助けられた!
ありがとう蛇髪!
そこで落水が地面から出てきた。
体の再構築が異常に速く、山姥の背後に陣取ったらしい。
チャキリ、と日本刀を握りこむ。
「これは疲れるんだ」
「っ!」
後ろから声がしたことで、山姥は反射的に鉈を振るった。
片腕で危なげなくそれを受け止めたのは落水ではなくヌノフサだ。
残り七本の切っ先が山姥に向けられており、受け止めたと同時に突きを繰り出した。
すべての刀が腹部と胸部から突き刺さり、背中から刃が飛び出す。
たった一瞬の出来事ではあったが、ヌノフサは見事に攻撃を成功させた。
真っ赤な血液がしたたり落ちる。
刃をぎゅりっと捻じって傷口を広げ、乱暴に引き抜く。
引き抜いた勢いを殺すことなく一度回転し、上段から八本の日本刀を振り下ろして山姥を叩きつけた。
再び鮮血が舞い山姥は大きくのけ反る。
「こっからだぞ。妖は」
倒れるかに思われた山姥。
刃が体を貫通したので勝負あった、と誰もが思ったことだろう。
異形たちの歓声が轟くその刹那、山姥はズダンッと大きな足音を鳴らして踏ん張った。
ドロドロと零れ落ちる血などまるで気にしていないらしい。
無理矢理体勢を戻し、音がなるほど鉈を強く握りしめる。
狙うはヌノフサ。
眼球が飛び出しそうなほど目を見開き、忌々し気な表情を張り付けたまま鉈を振り上げた。
あまりの豹変ぶりに一瞬身を震わせたヌノフサだったが、すぐに気を確かに持って手にしている全ての刃を防御に回す。
横から振り抜かれたその斬撃を受け止めた。
が、ヌノフサは勢いよく吹き飛んでいった。
「……!?」
大木にぶつかって勢いを失ったが、体をしたたかに打ち付けたため、立ち上がることができないらしい。
武器だけは何とか手放さなかったものの、戦闘を継続できる状態ではなかった。
だが敵はそれを見逃さない。
凶悪な表情を張り付けたまま、鉈をヌノフサの頭上から叩きつける。
武器を持ち上げる事すらできないため、その攻撃は防ぐことができなかった。
ギャヂィイインッ……!
鋭い金属音が鳴り響く。
微動だにしない落水の刀と、力みまくってカチカチと揺れる山姥の鉈。
目の前で起きた数瞬の出来事を理解する前に、落水が口を開く。
「妖は深手を負った時、本性を表す。口で語らず、身で語る。身で語った時、お前が少しでも恐怖したならお前の負けだ。だが及第点はくれてやろう」
痛みに耐えるヌノフサに向け、背中越しにそう教えてやる。
落水は鉈を弾き返すと、瞬時に切り上げて手首を切った。
「ぬぐ……!?」
「妖の仕留め方を教えてやる。よく見ておけ」
静かに、ゆっくりと腰を落とす。
逆霞の構えを取って切っ先を山姥に向けた。
血みどろになりながらこちらに殺気を飛ばしてくるが、落水はそんな程度では恐怖しない。
あの時ほどの恐怖は……山姥から感じられなかった。
地面が抉れた。
山姥が力強く地面を蹴り飛ばし、土塊が宙を舞う。
瞬く間に肉薄し、鉈を大きく振り上げながらタイミングよく振り下ろす。
その際落水は一切動かない。
自分の間合いに入るまで、精神を統一した。
「紡ぎ流」
切っ先を持ち上げ、横から振るう。
「素出し門」
落水が一歩踏み込んで切り抜き、山姥が横を通り過ぎる。
キンッという音が聞こえ、何かが落ちた。
山姥の足元に落下したそれは……鉈の半身だった。
「……!? わ、わしの鉈が……ッ!?」
次の瞬間、今までで最も激しく血液が噴き出した。
喉が半分ほど切られているようで、大量の血が押さえ込んだ手の隙間から零れ落ちる。
立っていられなくなり地面に手を突くと、その衝撃で首が落ちた。
四つん這いになっている自分の体を見るという珍体験。
なにが起きているのか理解するのに時間がかかった。
だがこちらに向かって歩いてきている落水を見て、負けたと理解してしまう。
切っ先がこちらに向けられた。
何もできない山姥は、恐怖を抱きながら脳天に刃が突き刺さるのを待つしかなかったのだった。




