4.4.鳴子
二口が占領していた山城を放棄し、物資だけ回収して山の中を進む。
この辺りはあまり手入れがされていないようで、完全な自然林で構築されていた。
蔦や小枝などをバサバサと切り裂きながら獣道を広げ、なんとか荷車を通せる状態へと整えていく。
鉄製の武器を手に入れたので、こういう作業はとても楽になった。
今は日本刀を手に持てる異形が道を作っており、彼らはローテーションを組みながら進んでいる。
私たちが歩いている場所は九山だ。
山姥がいるので気が抜けないのだが……相手がどこにいるか分からないのはやはり痛い。
黒細に先行してもらって調査をさせているのだが、未だに帰ってくる様子はなかった。
山に入って随分経った。
額に浮き出た汗を拭い、冷たい風を感じ取る。
そろそろ休憩した方がよさそうだ。
「休みませんかー……?」
「敵地だぞ。気など抜けるか」
「まぁそうですけども……」
ピシャリと正論を言われて縮こまる。
というより、疲れているのは私だけらしい。
他の異形たちはまたぴんぴんしていて、足取りがとても軽やかだ。
これも名付けと褒美のお陰なのだろうか……?
前を歩いて道を作っていた異形が調子よく進むので、後ろをついてきている者たちも楽そうだ。
あれは木樹と、まぁまぁ人の姿に近い真っ黒な異形だろうか。
刀を手に持ってひょうひょうと空を切っている。
その時、張ってあった縄も切ってしまったようだ。
カランカランカラカラカラ!!
木の板と板が、激しくぶつかり合う乾いた音が山中に響き渡る。
この音には聞き覚えがあった。
「な、鳴り子……!!」
「隠されていたようだな」
鬱蒼と茂る低木や草花に隠れていたのだろう。
先頭で道整備をしていた異形が、それを切ってしまったようだ。
鳴り子はどんどん遠ざかっていくが、これでこちらの場所がばれてしまった。
敵が来る前に戦いやすい場所へ移動するか、それともここで迎え撃つか。
まずは周囲の状況を把握する。
鬱蒼と茂った雑木林や木々が並んでおり、視界が非常に悪い。
これでは敵の接近にもすぐに築けないし、なにより……。
「ここじゃ弩が使えない……!」
「移動だ」
落水の指示が全員に行き届く。
道を塞いでいる草花を蹴散らし、可能な限り素早くこの森を抜けるために走った。
鳴り子の音はもう聞こえないが、これがあるということは、この辺りは山姥の活動範囲内なのだろう。
九つ山最強の妖怪に先手を打たせてしまったことは、こちらにとって大きな痛手だ。
前方で小さな歓声が湧く。
なんだ、と思って遠目から見てみれば、一体の異形が回転しながら草を切り倒して進んでいた。
二口の山城から刀を八本貰ったらしく、それすべてを使っている。
器用な異形もいたものだ。
あれは確か、ヌノフサとかいう名前だっけ。
無事にここを抜けることができたら何か褒美を考えておこう……!
「!?」
ぞわり、とした感覚が旅籠を襲った。
明らかな警告を体が本能的に発している。
危険だと思う方を見てみれば、大木の上に老婆の脚が見えた。
「ヌノフサ!! 上だ!!」
「……!」
旅籠が警告をした瞬間、木を蹴って急速に落下してきた何かが、手に持っていた鉈でヌノフサを攻撃する。
鋭い金属音が鳴り響き、周囲に突風が吹き荒れた。
走っていた異形たちはその風から顔を庇う。
持っている全ての日本刀で重い一撃を受け止めたヌノフサは、ぐぐっと鉈を持ち上げた。
まさか押し返されるとは思っていなかった存在は、たたらを踏みながら後退する。
「……」
「とんでもないお客だねぇ……」
体躯の大きな老婆、という表現が正しいだろうか。
曲がった背中に老人特有のしわがれた肌。
幾つか欠けている歯を見せながら不敵に笑う老婆がそこにいた。
長く汚い白い髪から覗く飛び出しそうなほどの丸い目玉が、ギョロリギョロリと獲物を見据える。
これが、山姥だ。
やはりここでエンカウントしてしまった。
鳴り子が鳴ってからそう時間が経っていないところから察するに、予想より近場にいたのかもしれない。
音を聞いて一目散に走ってきたのだろう。
山姥は異形たちと見た後に、旅籠の姿と落水の姿を見つける。
スンスンと匂いを嗅ぎ、にたりと笑って欠けた歯を見せた。
「渡り者に異形人……!」
手に持っていた鉈をぐりんっと回し、強く地面を蹴ってこちらに飛んできた。
だがそれは……意外にもヌノフサが阻止する。
縦回転しながら多連撃を繰り出すと、山姥はそれを危険だと認識して鉈で防いだ。
凄まじい金属音が鳴り響く。
「え、なんだ戦えるじゃんヌノフサ!!」
「俺も驚いた。ここまで来たなら仕方ない……弩用意!」
こんなこともあろうかと、各々に一つ弩を常備させていた。
これだけ至近距離であれば弩も使用可能だ。
近場に居た異形たちはすぐにそれを手に取り、山姥にそれを向ける。
同時にヌノフサが最後に強い一撃を繰り出し、その場から離脱した。
「放て!」
数十本の矢が山姥に向かって飛んで行く。
掛け声でそれが遠距離武器だということが分かった山姥は、大きく息を吸う。
そして地面に向かって息を思いっきり吹きかけた。
ドウッ!!!!
爆発が起きたほどの衝撃が起こり、土煙が上がって周囲の木々も折れたり揺れたりと騒がしくなった。
爆風に耐えるため全員が姿勢を低くする。
体の軽い異形は吹き飛んでいき、弩も幾らか宙を舞った。
恐ろしいまでの肺活量。
その一撃だけで飛んだ矢は弾き返され、あらぬ場所に刺さった。
「昔より強くなっているな……!」
「まじですか!? でも……!」
「勝機は十分にある」
ついに落水も日本刀を抜刀した。
私も同じように抜刀すると、異形たち全員が臨戦態勢に入る。
砂煙が晴れ、周囲の木々も静けさを取り戻してきた。
山姥は相変わらずそこに居て余裕の表情を見せている。
さすが、この九つ山を統治する妖だ。
強いだろうとは思っていたが……これほどとは思っていなかった。
戦うにしてもあの肺活量にだけは気を付けたい。
「さぁ異形共」
落水が沸き上がる闘志を押さえ込みながら呟く。
だがそれは異形たち全員の耳に届いた。
「正念場だ」
ロウ、という掛け声が轟く。
山姥が一瞬怯んだ気がした。




